考える波 第 31 回 / 第 XII 部・次元を動かす
舞台を \(s\) 平面から \(z\) 平面へ
階数をデジタルで作る ──
整数階は FIR、分数階は IIR だった
\(D^\alpha=(1-z^{-1})^\alpha\) を展開すると グリュンワルト=レトニコフの分数階微分そのもの。
★ 整数階のときだけタップが有限で終わり、それ以外は \(k^{-\alpha-1}\) のべき乗で無限に続きます。
★★ そして前回の「次元」も、まったく同じ勘定でした ── 空間の次元は、フィルタのタップ数だった。
ここまで 30 回、ずっとアナログで考えてきました ── 微分は \(\times(i\omega)\)、階数は \((i\omega)^\alpha\)、安定性は「左半平面に極」。
標本化して離散にすると、舞台が移ります。
| 概念 | アナログ(\(s\) 平面) | デジタル(\(z=e^{sT}\) 平面) |
|---|---|---|
| 周波数軸 | 虚軸 \(s=i\omega\) | ★ 単位円 \(z=e^{i\omega T}\) |
| 安定 | \(\operatorname{Re}s<0\) | ★ \(|z|<1\) |
| 微分 | \(s\) | ★ \((1-z^{-1})/T\) |
| 積分 | \(1/s\) | ★ \(1/(1-z^{-1})\) = 累算器 |
| 遅延 \(\tau\) | \(e^{-s\tau}\) | \(z^{-n}\) ── ★ 整数しか作れない |
| 定数(第 5 回) | \(\omega=0\) | ★ \(z=1\) の極 |
| 分数階 | \((i\omega)^\alpha\) | ★ \((1-z^{-1})^\alpha\) ← 本回の主役 |
01★ 分数階のデジタル版 ── グリュンワルト=レトニコフ
漸化式は \(w_0=1,\ w_k=w_{k-1}\left(1-\dfrac{\alpha+1}{k}\right)\)。\(w_k\) がフィルタのタップです
| \(\alpha\) | \(w_0\dots w_5\) | タップ |
|---|---|---|
| −1 | 1, 1, 1, 1, 1, 1 | ★ 無限(累算器) |
| −1/2 | 1, 0.5, 0.375, 0.3125, 0.2734, 0.2461 | ★ 無限 |
| 0 | 1, 0, 0, 0, 0, 0 | ★ 1 本で終わる |
| 1/2 | 1, −0.5, −0.125, −0.0625, −0.0391, −0.0273 | ★ 無限 |
| 1 | 1, −1, 0, 0, 0, 0 | ★ 2 本で終わる |
| 2 | 1, −2, 1, 0, 0, 0 | ★ 3 本で終わる |
| 3 | 1, −3, 3, −1, 0, 0 | ★ 4 本で終わる |
01節の中心
★★ \(\alpha\) が非負の整数のときだけ、タップが有限で終わる(FIR)。
★ \(\alpha=-1\) は全部 1 の累算器 ── 一度 入れた値が永久に残る。
★ \(\alpha=0\) は素通し(\(\delta\))。★ \(\alpha=1\) は差分 \([1,-1]\) で 2 本。
★ \(\alpha=\pm1/2\) は終わりません。
02尾はべき乗で減る ── 第 26 回・第 27 回と同じ形
| \(\alpha\) | \(k\) | \(w_k\) | \(k^{-\alpha-1}/\Gamma(-\alpha)\) | 比 |
|---|---|---|---|---|
| −0.50 | \(10^{5}\) | 1.7841e−3 | 1.7841e−3 | 0.999999 |
| 0.50 | \(10^{5}\) | −8.9207e−9 | −8.9206e−9 | 1.000004 |
| 1.50 | \(10^{5}\) | 1.3381e−13 | 1.3381e−13 | 1.000019 |
| −0.25 | \(10^{5}\) | 4.9048e−5 | 4.9048e−5 | 0.999999 |
02節の中心
分数階のデジタルフィルタは、係数がべき乗で減る「終わらない記憶」を持ちます。これは第 26 回・第 27 回と同じ形です ──
第 26 回:分数階 ⇐ 時定数がべき乗分布 \(g(\tau)\propto\tau^{\alpha-1}\)
★ 本回 :分数階 ⇐ タップがべき乗分布 \(w_k\propto k^{-\alpha-1}\)
連続か離散かの違いだけで、同じことを言っています。
03半階を二回かけると一階になるか
| \(n\) | \((w^{½}*w^{½})_n\) | \(w^{(1)}_n\) | 差 |
|---|---|---|---|
| 0 | 1.000000000000 | 1 | 0 |
| 1 | −1.000000000000 | −1 | 0 |
| 2〜7 | 0.000000000000 | 0 | 0 |
★ 無限に続くフィルタを二回 通すと、2 本で終わるフィルタになる ── 半階は確かに「一階の平方根」でした。
04周波数で見る ── どの離散化が階数を保つか
\(s\) を \(z\) に置き換える流儀は一つではありません。単位円 \(z=e^{i\theta}\)(\(\theta=\omega T\))に乗せて位相を見ます。
| \(\alpha\) | \(\omega/\omega_N\) | 後退差分 | 双一次 | アナログ \(90\alpha^\circ\) | 後退差分の誤差 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1.0 | 0.01 | 89.100 | 90.000 | 90.000 | −0.900° |
| 1.0 | 0.30 | 63.000 | 90.000 | 90.000 | −27.000° |
| 1.0 | 0.90 | 9.000 | 90.000 | 90.000 | −81.000° |
| 0.5 | 0.50 | 22.500 | 45.000 | 45.000 | −22.500° |
| −0.5 | 0.50 | −22.500 | −45.000 | −45.000 | +22.500° |
04節の中心
★★ 双一次は、どの周波数でも位相がぴったり \(90\alpha^\circ\)。
「階数とは位相のこと」(第 1 回)が、そのまま離散化を選ぶ基準になりました。
★ 後退差分はナイキストに近づくほど位相がゼロへ倒れ、一階でも位相誤差 1° 以内はナイキストの 1 % まで(\(\alpha=2\) なら 0.6 %)。階数が大きいほど厳しい。
05★★ 前回とつながる ── 次元は「タップ数」だった
第 30 回は「\(d\) 次元のグリーン関数の階数は \(\alpha=(d-3)/2\)、奇数次元は鋭く偶数次元は尾を引く」。本回は「\(\alpha\) が非負の整数のときだけタップが有限」。重ねます。
| \(d\) | \(\alpha\) | GL のタップ | 第 30 回の尾 | デジタルの言葉 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | −1 | 無限(減らない ── 全部 1) | \(\theta(s)\) 段差が永久に残る | ★ IIR |
| 2 | −1/2 | 無限(\(k^{-1/2}\) で減る) | \(s^{-1/2}\) の尾 | ★ IIR |
| 3 | 0 | ★ 1 本 [1] | \(\delta\) そのもの | ★ FIR |
| 4 | +1/2 | 無限(\(k^{-3/2}\) で減る) | \(s^{-3/2}\) の尾 | ★ IIR |
| 5 | +1 | ★ 2 本 [1, −1] | \(\delta'\)(微分される) | ★ FIR |
| 7 | +2 | ★ 3 本 [1, −2, 1] | \(\delta''\) | ★ FIR |
05節の中心
★★★ 空間の次元は、フィルタのタップ数として数えられました。
★ 奇数次元 = 整数階 = FIR(タップが \((d-1)/2\) 本で終わる)
★ 偶数次元 = 半整数階 = IIR(タップがべき乗で無限に続く)
── ★★ 「ホイヘンスの原理が成り立つ」=「そのフィルタが FIR である」。
一つずつ読むと ── \(d=1\) は全部 1 の累算器で入れた音が永久に残り(\(\theta(s)\))、\(d=3\) は 1 本の素通しで歪まず通り過ぎたら終わり(\(\delta\))、\(d=5\) は 2 本の差分で鋭いが微分される(\(\delta'\))。
062 次元の残響を、実際に鳴らしてみる
\(d=2\) のタップ(\(\alpha=-1/2\))を残響として聞くとどうなるか。ステップ応答(ずっと鳴らし続けたときの溜まり方)を計算します。
| 標本数 \(n\) | \(d=1\)(\(\alpha=-1\)) | \(d=2\)(\(\alpha=-1/2\)) | \(d=3\)(\(\alpha=0\)) | \(\sqrt n\) との比 |
|---|---|---|---|---|
| \(10^{2}\) | 101.0 | 11.3260 | 1.0 | 1.132604 |
| \(10^{3}\) | 1001.0 | 35.6959 | 1.0 | 1.128802 |
| \(10^{5}\) | 100001.0 | 356.8262 | 1.0 | 1.128383 |
06節の中心
\(d=3\) は 1 のまま ── 溜まりません。\(d=1\) は \(n\) に比例。★ \(d=2\) は \(\sqrt n\) で溜まる ── 中間。
比は \(2/\sqrt\pi=1.128379\) に収束します。
★ 「2 次元の部屋では音が \(\sqrt{\text{時間}}\) で溜まる」── 1 時間 話すと 1 分の 7.7 倍。
07デジタルで初めて出てくる問題 ── 分数の遅延
アナログでは \(e^{-s\tau}\) で \(\tau\) をいくらでも細かく取れます。デジタルでは遅延は \(z^{-n}\) ── \(n\) は整数しか作れません。では「半標本ぶん遅らせる」フィルタ \(z^{-1/2}\) はどんな形か。
| \(k\) | \(D=0\)(整数) | \(D=0.5\)(半標本) | \(D=1\)(整数) |
|---|---|---|---|
| −1 | 0 | −0.212207 | 0 |
| 0 | 1.000000 | 0.636620 | 0 |
| 1 | 0 | 0.636620 | 1.000000 |
| 2 | 0 | −0.212207 | 0 |
| 3 | 0 | 0.127324 | 0 |
07節の中心
整数の遅延は 1 本だけ。半標本の遅延は無限に尾を引き、しかも \(1/k\) でしか減りません。
★ これは 01 節とまったく同じ構図です ── 整数 → 有限本(FIR)、分数 → 無限本(IIR)。
★★ 階数でも、遅延でも、次元でも、整数から外れた瞬間に尾が生えます。
練習問題
- 音響機器で「半階のフィルタ」を実装したい。後退差分と双一次、どちらを選ぶか。
答えを見る
双一次です。後退差分は位相が \(\alpha(90^\circ-\theta/2)\) とずれ、ナイキストの 1 % を超えると 1° 以上 狂います。可聴域の上端(48 kHz 標本化ならナイキスト 24 kHz、20 kHz は 0.83)では、後退差分の位相はほぼ倒れきっています。
★ 双一次は \(\tan(\theta/2)\) が純虚数なので、位相はどの周波数でもきっちり \(90\alpha^\circ\)。代わりに周波数が \(\omega\to(2/T)\tan(\omega T/2)\) と歪みます(周波数プリワープで補正するのが定石)。
★ 第 1 回の「階数とは位相のこと」が、そのまま設計の判断基準になりました。 - \(\alpha=-1/2\) のタップは全部 正、\(\alpha=+1/2\) のタップは 2 本目から全部 負。なぜか。
答えを見る
漸近形 \(w_k\approx k^{-\alpha-1}/\Gamma(-\alpha)\) の符号が \(\Gamma(-\alpha)\) で決まるからです。\(\alpha=-1/2\) では \(\Gamma(1/2)=\sqrt\pi>0\)、\(\alpha=+1/2\) では \(\Gamma(-1/2)=-2\sqrt\pi<0\)。
★ 意味としては ── 積分側(\(\alpha<0\))は過去を「足し込む」ので全部 正、微分側(\(\alpha>0\))は過去を「差し引く」ので負。
★ \(\alpha=-1\)(完全な積分=累算器)で全部 1 になるのが極端な例で、第 30 回の \(d=1\)「段差が永久に残る」そのものです。 - 「ホイヘンスの原理が成り立つ = FIR」と言えるなら、逆に FIR でない次元に住む生き物は何に困るか。
答えを見る
過去の音がいつまでも混ざるので、時刻を切り分けられません。\(d=2\) では残響が \(\sqrt n\) で溜まる(06 節)ので、話すほど背景が上がる。
★ 「いつ鳴ったか」を聞き分けるには、インパルス応答が有限でなければならない ── これは第 9 回の帯域幅定理(\(\Delta t\Delta\omega\ge1/2\))とは別の制約です。帯域が広くても、フィルタが IIR なら時刻は濁ります。
★ 3 次元だけが \(\alpha=0\)(タップ 1 本)なので、会話が成り立つのは 3 次元の特権でした(第 30 回)。
まとめ 階数は、タップの本数として目に見える
舞台を \(s\) 平面から \(z\) 平面へ移しました。\(D^\alpha=(1-z^{-1})^\alpha\) を二項展開するとグリュンワルト=レトニコフの分数階微分そのもので、係数 \(w_k\) がそのままフィルタのタップです。
★ \(\alpha\) が非負の整数のときだけ、タップが有限で終わります(FIR)。\(\alpha=0\) は 1 本、\(\alpha=1\) は \([1,-1]\)、\(\alpha=2\) は \([1,-2,1]\)。それ以外は無限に続き、\(w_k\approx k^{-\alpha-1}/\Gamma(-\alpha)\) とべき乗で減ります(\(10^{5}\) 番目まで 6 桁 一致)。★ これは第 26 回の \(g(\tau)\propto\tau^{\alpha-1}\) と同じ形 ── 連続か離散かの違いだけ。
検算もしました ── \(D^{1/2}\) のタップを自分自身と畳み込むと、ぴったり \([1,-1]\)。無限のフィルタを二回 通すと 2 本で終わる。半階は確かに「一階の平方根」でした。
離散化の選び方も、階数が決めます ── 双一次(タスティン)はどの周波数でも位相を厳密に \(90\alpha^\circ\) に保ちます(\(\tan(\theta/2)\) が純虚数だから)。後退差分は一階でもナイキストの 1 % を超えると 1° 以上 狂う。★ 第 1 回の「階数とは位相のこと」が、設計の基準になりました。
★★★ そして前回の「次元」も、まったく同じ勘定でした。
奇数次元 = 整数階 = FIR(\((d-1)/2\) 本)、偶数次元 = 半整数階 = IIR。
空間の次元は、フィルタのタップ数として数えられる。
\(d=1\) は全部 1 の累算器(\(\theta(s)\))、\(d=3\) は 1 本の素通し(\(\delta\))、\(d=5\) は 2 本の差分(\(\delta'\))── 第 30 回の表と一行ずつ対応します。そして \(d=2\) の残響は \(\sqrt n\) で溜まり、比は \(2/\sqrt\pi=1.1284\) に収束しました。
最後に、デジタルで初めて出る問題も同じ構図でした ── 整数の遅延は 1 本、半標本の遅延は \(1/k\) でしか減らない無限の尾。階数でも、遅延でも、次元でも、整数から外れた瞬間に尾が生えます。
★ まずはヒッグス。負の質量項とは虚数の遮断周波数のこと(第 19・28 回)で、場は振動せずに指数で育ち、非線形(第 23 回)が止めた場所が真空です。
★★ そして ── ヒッグス粒子は振幅変調、南部=ゴールドストーン粒子は位相変調。音声の AM と FM そのものでした。
この文書は「考える波」シリーズ第 31 回です。計算は kenshou/dejitaru.js で行っています。本回の数値について:GL 係数とその漸近形、半階の二乗の畳み込み、離散化ごとの位相、ステップ応答、分数遅延のシンク係数は、すべて本稿で計算したものです。グリュンワルト=レトニコフの定義、その係数の漸近形 \(w_k\sim k^{-\alpha-1}/\Gamma(-\alpha)\)、双一次変換が単位円を保つこと、理想分数遅延がシンク関数になることは、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを第 30 回の「次元=階数」の表と一行ずつ突き合わせ、「奇数次元=FIR、偶数次元=IIR」という対応を明示したことです。この対応は「グリーン関数の形が一致する」という意味であって、\(d\) 次元の波動方程式が文字どおり GL フィルタで書けるという主張ではありません(前者は時間方向の階数、後者は離散時間の作用素)。04 節の位相誤差の表は 1 次の後退差分についてのもので、より高次の離散化では改善します。06 節の「\(\sqrt n\) で溜まる」はステップ応答の話で、実際の室内音響には吸音も効きます。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。