考える波 第 30 回 / 第 XII 部・次元を動かす

方程式を一文字だけ変えてみる

次元を動かすと、階数が半階ずつ動いた ──
3 次元だけが \(\alpha=0\) だった 波動方程式で \(d\) の一文字だけを動かします。すると ── 偶数次元では波が尾を引き、奇数次元では鋭く通り過ぎる。
尾の階数は \(\alpha=(d-3)/2\)。次元と階数は同じ梯子で、一次元がちょうど半階でした。
★★ そして第 26 回の仮説が、真空の幾何という まったく別の分野で検証されます。

必要な道具:第 2, 13, 26, 29 回計算:kenshou/jigen.js

第 29 回で「二階とは両方向のことだった」と分かりました。今回は方程式をほとんど変えません。球対称にすると、\(d\) はたった一か所にしか出てきません ── 係数 \((d-1)\) だけ。これを動かします。

変えるのは一文字だけ $$\frac{\partial^2u}{\partial t^2}=c^2\left(\frac{\partial^2u}{\partial r^2}+\frac{d-1}{r}\frac{\partial u}{\partial r}\right)$$

01厳密解を並べる ── 遅延グリーン関数

点源への応答は次元ごとに知られています。\(c=1\)、\(s=t-r\)(前面からの経過)と書きます。

\(d\)グリーン関数前面の後ろ階数 \(\alpha\)
1\(\tfrac12\theta(s)\)★ 段差が永久に残る−1
2\(\dfrac{1}{2\pi\sqrt{t^2-r^2}}\)★ 尾を引く \(s^{-1/2}\)−1/2
3\(\dfrac{\delta(s)}{4\pi r}\)★ 鋭い(尾なし)0
4\(\propto\partial_t\big[\theta(s)/\sqrt{t^2-r^2}\big]\)★ 尾を引く \(s^{-3/2}\)+1/2
5\(\propto\delta'(s)/r^3+\delta(s)/r^2\)鋭いが微分される+1
6──★ 尾を引く+3/2

階数 \(\alpha\) の定義は \(G\propto D^\alpha\delta(s)\)(\(D=d/dt\))。\(\delta\) そのものが \(\alpha=0\)、\(\theta(s)\) は \(\delta\) の積分だから \(-1\)、\(s^{-1/2}\) は半階の積分(第 2 回のワールブルグと同じ形)で \(-1/2\)。

★ 右端の列を読むと $$\boxed{\ \alpha=\frac{d-3}{2}\quad\Longleftrightarrow\quad d=2\alpha+3\ }$$

02前面の指数を数値で測る

\(G\propto s^\lambda\) とすると \(\lambda=-\alpha-1\) のはずです。厳密解から測ります。

\(d\)\(s=t-r\)\(G\)測った \(\lambda\)予言
1\(10^{-6}\)5.0000e−10.000000
2\(10^{-6}\)1.1254e+2−0.50000−0.5
4\(10^{-6}\)3.5355e+8−1.50000−1.5

02節の中心

\(\alpha=-\lambda-1\) に直すと \(-1,\ -1/2,\ +1/2\) ── \((d-3)/2\) と一致します。
★ そして\(d=3\) だけは \(s^\lambda\) の形になりません(\(\delta\) そのもの、幅ゼロ)── これがホイヘンスの原理です。

03★ なぜ半階が出るのか ── 次元を一つ消すと半階になる

ここが本回の中心です。アダマールの降下法 ── \(d\) 次元の解は、\(d+1\) 次元の解を一方向に積分したもの。2 次元の波は「3 次元で \(z\) 軸に一様に並べた線源」を見ているのと同じです。

降下法 $$G_2(r,t)=\int_{-\infty}^{\infty}G_3\!\left(\sqrt{r^2+z^2},\,t\right)dz$$

\(G_3\) は鋭い \(\delta\) なのに、\(z\) で積分すると尾が出る

\(r\)\(t\)降下法の積分2 次元の厳密解相対誤差
1.02.00.091888880.091888158.0e−6
1.05.00.032487390.032487377.1e−7
2.06.00.028134900.028134885.9e−7

なぜ \(1/\sqrt{\ }\) なのか。\(z\) 軸上の各点からの「到着の遅れ」を数えます。

遅れの分布 $$s(z)=\sqrt{r^2+z^2}-r\quad\Longrightarrow\quad z=\sqrt{s^2+2rs},\qquad \frac{dz}{ds}\xrightarrow[s\to0]{}\sqrt{\frac{r}{2s}}\propto s^{-1/2}$$
\(s\)\(dz/ds\)(数値)\(\sqrt{r/2s}\)
\(10^{-3}\)22.37744722.3606801.000750
\(10^{-5}\)223.608475223.6067981.000008

03節の中心 ── ★★★ 第 26 回の仮説が、別分野で検証された

第 26 回【書き直した仮説】:分数階が現れるのは、粗視化した自由度がスケール不変に(べき乗で)分布しているとき。

本回:消した自由度は「\(z\) 軸の直線」、その遅れの分布は \(s^{-1/2}\) のべき乗。出てきた階数はちょうど \(-1/2\)。仮説どおりです。
★ しかも第 26 回の反例(一様なばね鎖は整数階)とも矛盾しません ── \(z\) 軸は「空間として」は一様ですが、遅れに直すとべき乗になります。効くのは「何について一様か」。光円錐の幾何が、べき乗を作っていました。

04★ 尾はどこから来るのか ── 階数が \(1/r^2\) ポテンシャルとして現れる

\(d\) を含む項は一つだけでした。それを消してみます。

\(v=r^{(d-1)/2}u\) と置く $$\frac{\partial^2v}{\partial t^2}=c^2\left(\frac{\partial^2v}{\partial r^2}-\frac{l(l+1)}{r^2}\,v\right),\qquad l=\frac{d-3}{2}$$

一次元の波動方程式 + \(1/r^2\) のポテンシャル。\(d\) は \(l\) にしか残りません

★★★ そして \(l=(d-3)/2\) は、01 節で出した階数 \(\alpha\) そのものです ── \(\alpha=l\)。階数が、\(1/r^2\) ポテンシャルの強さとして現れました。

\(d\)\(l=\alpha\)\(l(l+1)\)第 13 回の \(\lambda=-l(l+1)\)中身
1−100★ ポテンシャルなし
2−1/2−0.250.25★★ 第 13 回の臨界 \(\lambda=1/4\) ちょうど
3000★ ポテンシャルなし
4+1/20.75−0.75斥力
5+12−2斥力
7+26−6斥力

04節の中心 ── ★★ 第 13 回に戻ってきた

\(d=1\) と \(d=3\) だけ、ポテンシャルがちょうど消えます。そこでは方程式はただの一次元の波動方程式 ── 尾が出ようがありません。

★★★ そして \(d=2\) は、第 13 回の臨界 \(1/r^2\) ちょうどです。
\(l(l+1)\) は \(l=-1/2\) で最小値 \(-1/4\) をとるので \(\lambda=-l(l+1)\le1/4\) ── どの次元も臨界を超えません。等号になるのは \(l=-1/2\)、つまり \(d=2\) だけ。
第 13 回では \(\lambda>1/4\) で指数が複素数になる(虚数階・エフィモフ)と書きました。空間の次元からは、そこへは行けません ── \(d=2\) がぎりぎり端です。

この形で数値を走らせます(吸収境界つき、\(r=10\) から外向きパルスを出して \(r=30\) で受ける)。

\(d\)\(l=\alpha\)+2 秒/ピーク+10 秒+20 秒尾の行方
1−13.7e−62.7e−135.1e−12★★ 完全にゼロ
2−1/28.7e−39.6e−31.2e−2★ 残り続ける
303.7e−62.7e−135.1e−12★★ 完全にゼロ
4+1/22.5e−22.3e−21.3e−2★ 残り続ける
5+16.6e−24.3e−22.2e−3減っていく
6+3/21.2e−14.6e−21.2e−2★ 残り続ける

\(d=1\) と \(d=3\) は \(10^{-13}\) ── 丸め誤差の水準。尾は本当にありません。それ以外は尾が出て、偶数次元(\(l\) が半整数)では残り、奇数次元(\(l\) が整数)では減っていきます。

正直に書いておくこと

この 1 次元に落とした計算だけでは、ホイヘンスの原理の証明にはなりません。原点を吸収境界で置き換えているので、「奇数次元で厳密にゼロ」を示せているのは \(d=1\) と \(d=3\) だけです。
\(d=5\) 以上の鋭さの根拠は、01〜02 節の厳密なグリーン関数のほうです。

05★ なぜ 3 次元だけが特別なのか

\(d\)\(\alpha=(d-3)/2\)前面の後ろ聞こえ方
1−1段差が永久に残る鳴りっぱなし
2−1/2\(s^{-1/2}\) の尾池の波紋が消えない
30★ \(\delta\) そのもの★ 歪まず、通り過ぎたら終わり
4+1/2\(s^{-3/2}\) の尾尾が出る
5+1\(\delta'\)(微分される)鋭いが波形が歪む
7+2\(\delta''\)(二回 微分される)鋭いがさらに歪む

05節の中心

鋭い(尾がない)のは奇数次元の \(d\ge3\) だけしかし奇数でも \(d\ge5\) では \(\alpha\ge1\) ── 波形が微分されて歪みます。

★★★ \(\alpha=0\) ちょうどになる次元は \(d=3\) しかありません。

★ つまり 3 次元は「波が歪まずに届き、しかも通り過ぎたら消える」唯一の次元です。会話ができるのも、音楽が濁らないのも、これが理由。2 次元なら、話すたびに部屋に音が溜まり続けます。

06★ 第 29 回で学んだ作法 ── この \(\alpha\) は、あの \(\alpha\) と同じか

第 29 回で「第 15 回は二つの \(\alpha\) を混ぜていた」と訂正しました。だから本回も自分で点検します。気になる一致があります ── 第 29 回の受動性の帯は \(\beta\in[-1,+1]\)(幅 2)、本回の \(\alpha=(d-3)/2\) が \([-1,+1]\) に入るのは \(1\le d\le5\)。同じ幅 2 の帯です。

\(d\)\(\alpha\)\(\cos(\alpha\pi/2)\)受動性の判定実際はどうか
301.00000受動──
5+10.00000受動(境界)──
7+2−1.00000★ 能動 = 禁止?★ でも 7 次元の自由場は何も湧かせない

06節の中心 ── ★★ 却下します

これは意味のある一致ではありません。
受動性 \(\operatorname{Re}Z\ge0\) は「媒質が持つインピーダンス」についての条件です。一方 \(\alpha=(d-3)/2\) は「何もない空間の幾何」から出る指数で、そもそも散逸する相手がいません。7 次元の自由場は歪むだけで、エネルギーを湧かせたりしません。
★ 幅 2 が両方に出たのは、どちらも「\(\delta\) から \(\pm1\) 階ぶん」という同じ数え方をしているからで、同じ制約から来たのではありません。
── ★★ 第 29 回で覚えた作法を、さっそく自分に使いました。同じ数字を見たら、まず「何で割ったか」を確かめる。

練習問題

  1. 2 次元で暮らすと、会話はどうなるか。\(\alpha=-1/2\) から言え。
    答えを見る
    音が消えず、溜まり続けます。\(G_2\propto1/\sqrt{t^2-r^2}\) は前面のあとも \(t^{-1}\) 程度でしか減らないので、ひとこと話すたびに残響が残る。
    しかも尾は \(s^{-1/2}\) の半階の積分 ── 第 2 回のワールブルグと同じ形です。★ 2 次元の部屋は「半階のフィルタ」として鳴ります。
    ★ 実際、水面波(2 次元)の波紋が長く残るのはこれです。ただし水面波は分散もあるので、原因は一つではありません。
  2. \(\alpha=(d-3)/2\) を逆に解くと \(d=2\alpha+3\)。半階(\(\alpha=1/2\))に対応する次元は 4 だが、\(\alpha=-1/2\) に対応する次元は 2。第 2 回のワールブルグはどちらか。
    答えを見る
    どちらでもありません。ワールブルグの \(-1/2\) は半無限拡散から来ていて、空間次元とは別の由来です。
    これが本回 06 節と同じ注意です ── 同じ \(-1/2\) でも、出どころが「拡散の \(\sqrt t\)」か「光円錐の幾何」かで別物。数値が同じことは、同じ原因の証拠になりません。
    ★ ただし構造は同じです:どちらも「べき乗で分布した自由度を消した」結果(第 26 回)。原因は違うが、仕組みは同じ ── ここが本回の収穫です。
  3. \(d=2\) が第 13 回の臨界ちょうどだと分かった。では虚数階(\(\lambda>1/4\))に対応する「次元」はあるか。
    答えを見る
    ありません。\(\lambda=-l(l+1)\) で \(l(l+1)\) は \(l=-1/2\) で最小値 \(-1/4\) をとるので、\(\lambda\le1/4\) が常に成り立ちます。等号は \(l=-1/2\)、つまり \(d=2\) のみ。
    空間の次元を実数まで許しても、臨界を超えることはできません。
    ★ 第 13 回でエフィモフ状態が \(\lambda>1/4\) に住んでいたのは、あちらのポテンシャルが幾何ではなく粒子間の引力だったからです。同じ \(1/r^2\) でも、幾何が作るものには上限があった。

まとめ 次元と階数は、同じ一本の梯子だった

波動方程式の \(d\) の一文字だけを動かしました。

★ 尾の階数は \(\alpha=(d-3)/2\)。前面の指数を厳密解から測ると \(d=1,2,4\) で \(\lambda=0,\ -1/2,\ -3/2\) ── 予言 \(\lambda=-\alpha-1\) とぴったり。\(d=3\) だけは \(s^\lambda\) の形にならず \(\delta\) そのもの(ホイヘンスの原理)。

★★ 半階の正体はアダマールの降下法でした。\(G_2=\int G_3\,dz\) が厳密解と \(10^{-7}\) で一致し、\(z\) 軸上の点からの遅れの分布が \(dz/ds=\sqrt{r/2s}\propto s^{-1/2}\) ── 消した自由度がべき乗で分布していた。

★★★ これは第 26 回の仮説の、独立な検証です。電気化学でも粘弾性でもなく真空の幾何から、同じ半階が出ました。しかも第 26 回の反例(一様なばね鎖)とも矛盾しません ── \(z\) 軸は空間としては一様でも、遅れに直すとべき乗になる。効くのは「何について一様か」でした。

★ 尾の原因も分かりました。\(v=r^{(d-1)/2}u\) と置くと一次元の波動方程式 + \(l(l+1)/r^2\) のポテンシャルになり、\(l=\alpha\) ── 階数がポテンシャルの強さとして現れます。\(d=1\) と \(d=3\) ではこれがちょうど消え(数値でも \(10^{-13}\))、★★ \(d=2\) は第 13 回の臨界 \(\lambda=1/4\) ちょうどそしてどの次元も臨界を超えません(\(l(l+1)\ge-1/4\))。

★ \(\alpha=0\)(歪まず、残らない)になるのは \(d=3\) だけ。
3 次元は「波が歪まずに届き、通り過ぎたら消える」唯一の次元でした。

最後に、第 29 回で覚えた作法を自分に使いました ── 受動性の帯(幅 2)と本回の帯(幅 2)の一致は偶然です。自由場に散逸する相手はいないので、別の物。同じ数字を見たら、まず「何で割ったか」を確かめる。

この文書は「考える波」シリーズ第 30 回です。計算は kenshou/jigen.js で行っています。本回の数値について:前面の指数の測定、降下法の積分、遅れの分布、1 次元に落とした波の数値解は、すべて本稿で計算したものです。各次元の遅延グリーン関数、ホイヘンスの原理(奇数次元 \(d\ge3\) で強い形が成り立つこと)、アダマールの降下法、\(v=r^{(d-1)/2}u\) による \(1/r^2\) ポテンシャルへの帰着は、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを階数 \(\alpha\) という一本の軸に載せ、\(\alpha=(d-3)/2\) と \(\alpha=l\) を明示し、第 26 回の仮説の検証に使ったことです。04 節の数値実験は原点を吸収境界で置き換えているため、ホイヘンスの原理の数値的証明にはなっていません(厳密にゼロを示せたのは \(d=1,3\) のみ)。\(d=6\) のグリーン関数は表に形を書いていません(階数のみ)。「2 次元では音が溜まる」は \(G_2\) の形から述べた定性的な帰結で、実在の 2 次元系(水面波など)は分散も効くため本稿の計算だけでは説明できません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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