考える波 第 28 回 / 第 XI 部・仮説に決着をつける
鎖の最後の輪 ── 指数そのものの出どころ
なぜ自然は指数関数だらけなのか ──
進めない波と、独立な出来事。それだけでした
トンネル効果も、湯川ポテンシャルも、表皮効果も ── すべて \(k^2<0\) という一つの符号から。
ボルツマン因子も崩壊則も ── 「足し算を掛け算に変える関数は指数しかない」から。
★ そして前回の経験式が、調整パラメータ 1 個で核物理から再現できます。
前回の答えは「対数一様は指数写像から自動的に出る」でした。すると次の問いが立ちます ── ★ なぜ自然はこんなに指数関数だらけなのか。
波として見ると、答えは二つしかありません。
01源① 進めない波 ── 第 6 回のエバネッセント波
この解は \(\psi\propto e^{\pm\kappa x}\) しかありません
01節の中心
「二階微分が自分自身に比例する」関数は、これしかありません。
★ だから進めない波は必ず指数になる ── 選択の余地がないのです。
数値で見ます ── WR-90 導波管(長辺 22.86 mm、遮断 \(f_c=c/2a=6.5571\) GHz)。
| 周波数 [GHz] | \(k^2\) の符号 | \(\kappa\) [1/m] | 減衰 [dB/m] | 中身 |
|---|---|---|---|---|
| 1.0 | \(k^2<0\) | 135.8 | 1180 | ★ 指数減衰 |
| 3.0 | \(k^2<0\) | 122.2 | ★ 1061 | ★ 指数減衰 |
| 6.557 | \(k^2<0\) | 0.899 | 7.81 | 遮断のすぐ下 |
| 8.0 | \(k^2>0\) | ── | 0 | 進む波 |
★ 遮断の下では 1 m で 1061 dB(3 GHz)── 指数の凶暴さです。
第 6 回ではこれを「質量=遮断周波数」と読みました。湯川ポテンシャルの \(e^{-r/\lambda}\) も、同じ \(k^2<0\) から来ています。
02同じ指数が、トンネル効果になる
障壁の中では \(E<V\) なので、やはり \(k^2<0\) ── 同じ話です。矩形障壁は厳密に解けるので、指数だけの近似と比べます。
電子、\(E=0.5\) eV、\(V=1.0\) eV → \(\kappa=3.6226\) /nm
| 障壁の厚さ [nm] | 厳密 \(T\) | 指数近似 | 比 |
|---|---|---|---|
| 0.1 | 8.79e−1 | 1.94e+0 | 2.204(★ 近似が破れる) |
| 0.5 | 1.01e−1 | 1.07e−1 | 1.054 |
| 1.0 | 2.85e−3 | 2.85e−3 | 1.0014 |
| 2.0 | 2.04e−6 | 2.04e−6 | 1.00000 |
02節の中心
薄い障壁では近似が破れます(0.1 nm で \(T>1\) ── 意味をなさない値)。使えるのは \(\kappa a\gg1\) の側だけ。
★ そこから先は比が 1.00 に張りつきます ── 前係数 \(16E(V-E)/V^2=4.00\) は 1 の桁で、残りはすべて指数が決めています。
★★ 厚さを 10 % 変えるだけで \(T\) は 2.06 倍 落ち、1 桁 変えるのに要る差は 0.32 Å ── 原子より小さい。走査トンネル顕微鏡が原子 1 個 を見分けられるのは、この指数のおかげです。
03★ 前回のガイガー=ナタルを、指数から作り直す
第 27 回では \(\alpha\) 崩壊の半減期を「\(Z/\sqrt Q\) の直線」に乗せました ── 経験式です。今回はそれを波の言葉だけから作ります。
調整パラメータは \(r_0\)(核半径の係数)ひとつだけ。\(r_0=1.20\) fm を使います
| 核種 | \(\eta\) | \(x=R/b\) | \(G\) | \(\log_{10}T_{1/2}\) | \(G/\ln10\) |
|---|---|---|---|---|---|
| \(^{232}\)Th | 27.44 | 0.1487 | 89.91 | 17.647 | 39.047 |
| \(^{226}\)Ra | 24.55 | 0.1804 | 73.43 | 10.703 | 31.888 |
| \(^{222}\)Rn | 22.39 | 0.2109 | 61.40 | 5.519 | 26.665 |
| \(^{214}\)Po | 18.46 | 0.2998 | 39.37 | −3.784 | 17.098 |
| \(^{212}\)Po | 17.27 | 0.3418 | 32.60 | −6.524 | 14.158 |
03節の中心
★★ 傾きが 0.996 ── 予言 1 とほぼ一致。
第 27 回の経験式 \(1.5065\,(Z/\sqrt Q)\) が、指数の中身そのものだったと分かりました。
切片は「障壁を叩く頻度」を意味します(\(T_{1/2}=\ln2/(\nu e^{-G})\))。これを核の中の往復頻度 \(v/2R\) と比べます。
| 核種 | 切片から出る \(\nu\) [1/s] | \(v/2R\) [1/s] | 比 |
|---|---|---|---|
| \(^{232}\)Th | 1.74e+21 | 7.60e+20 | 2.29 |
| \(^{226}\)Ra | 1.06e+21 | 8.36e+20 | 1.27 |
| \(^{222}\)Rn | 9.70e+20 | 9.00e+20 | 1.08 |
| \(^{212}\)Po | 3.34e+20 | 1.15e+21 | 0.29 |
| \(^{235}\)U | 7.04e+18 | 8.10e+20 | ★ 0.009 |
03節の続き ── 外れ値も残す
9 核種のうち 8 つで \(\nu=3.3\times10^{20}\)〜\(1.7\times10^{21}\) /s ── わずか 5 倍 の範囲で、幾何学的な見積もり \(v/2R\) とも 3 倍 以内。
★★ 24 桁 にわたる半減期が、一つの指数と一つの「往復の速さ」で説明できました。
★ ただし \(^{235}\)U だけが 200 倍 外れます。これは既知の現象で「阻害遷移」と呼ばれます ── \(\alpha\) が基底状態どうしをまっすぐ結べず、角運動量や核構造の壁が余分にかかる場合です。
外れ値を消さずに残しておきます ── ★ 指数で説明できるのは障壁の部分だけで、前係数には別の物理が入る、という境界がここに見えています。
04源② 足し算を掛け算に変える ── ボルツマン因子
もう一つの源は、波とは無関係です。掛け算の構造から来ます。
| 事実 | 形 |
|---|---|
| 独立な二つの出来事が同時に起きる確率 | 掛け算 \(P(A\wedge B)=P(A)P(B)\) |
| 二つの系を合わせたエネルギー | 足し算 \(E=E_A+E_B\) |
| ★ この二つをつなぐ関数 | \(f(x+y)=f(x)f(y)\) |
連続な解は \(f(x)=e^{cx}\) だけです。数値で確かめます ── \(f(1)=0.5\) と \(f(x+y)=f(x)f(y)\) だけから、半分に割り続けて \(f(1/2^n)\) を作り、そこから任意の \(x\) を組み立てます。
| \(x\) | 規則から作った \(f(x)\) | \(2^{-x}\) | 相対誤差 |
|---|---|---|---|
| 0.5 | 0.707106781187 | 0.707106781187 | 1.6e−16 |
| \(\sqrt2\) | 0.375214227246 | 0.375214227246 | 7.4e−16 |
| 3.7 | 0.076946525834 | 0.076946525834 | 7.2e−16 |
04節の中心
無理数の点でも一致します ── 規則が関数を完全に決めていました。
★ だからボルツマン因子 \(e^{-E/kT}\) は「導く」ものではなく、「足し算と掛け算をつなぐ唯一の形」として強制されています。
★ 同じ論法が崩壊にも効きます ── 無記憶性(これまで生き延びたかが、これからに影響しない)\(\Leftrightarrow S(t+s)=S(t)S(s)\Leftrightarrow S(t)=e^{-\lambda t}\)。第 19 回の「崩壊定数は虚数の周波数」の、確率側の裏づけです。
05二つの源が出会う場所 ── 熱か、トンネルか
障壁を越えるには二通りあります ── 熱で乗り越える(源②、\(e^{-E_b/kT}\)、温度に依存)か、掘って抜ける(源①、\(e^{-G}\)、温度に依存しない)か。低温では必ずトンネルが勝ちます。
\(\omega_b\) は障壁の頂上の曲率
| \(\hbar\omega_b\) [eV] | \(T_c\) [K] | 例 |
|---|---|---|
| 0.010 | 18.5 | 重い原子の移動 |
| 0.050 | 92.3 | 水素の拡散 |
| 0.100 | 184.7 | 分子の回転 |
| 0.400 | 738.8 | C–H 伸縮 |
05節の中心
★ 室温(300 K)で見えるトンネルは \(\hbar\omega_b\gtrsim0.16\) eV の系 ── 軽い粒子だけ。だから水素・電子はトンネルし、重原子はしません。
★★ そしてアレニウス直線(\(\log k\) 対 \(1/T\))は、\(T_c\) の下で水平に折れます ── これは実測できる。指数の出どころが切り替わった証拠です。
06★★ 統合 ── 指数を重ねると、べき乗になる
指数は「スケールがある」関数です(時定数 \(\tau\) が一つ決まる)。べき乗は「スケールがない」関数です(自己相似)。正反対に見えます。ところが ──
| \(a\) | \(t\) | 指数の重ね合わせ | \(\Gamma(a)t^{-a}\) | 相対誤差 |
|---|---|---|---|---|
| 0.5 | 1 | 1.77245185 | 1.77245385 | 1.1e−6 |
| 1.5 | 1 | 0.886226925 | 0.886226925 | 2.1e−14 |
| 1.5 | 10 | 0.0280249561 | 0.0280249561 | 2.1e−14 |
★★ べき乗は、指数の連続重ね合わせだった。そして第 26 回のスペクトル表示 \(g(\tau)=\sin(\alpha\pi)/\pi\cdot\tau^{\alpha-1}\) は、まさにこの \(\lambda^{a-1}\) を \(\tau\) で書き直したもの ── 同じ定理です。
特別な場合として、速さが対数一様(\(g(\lambda)\propto1/\lambda\)、つまり \(a\to0\))だと、べき乗ではなく対数になります。
| \(t\) | 対数一様な重ね合わせ | \(\ln(1/\lambda_{\min}t)-\gamma\) | 差 |
|---|---|---|---|
| 1 | 20.14605017 | 20.14605017 | 1.0e−9 |
| 100 | 15.54088009 | 15.54087999 | 1.0e−7 |
| 1000 | 13.23829589 | 13.23829489 | 1.0e−6 |
06節の中心
対数緩和 ── ガラスや残留分極でよく見る「いつまでも少しずつ」の正体です。
★ 第 27 回の「1/f は対数一様から」と、時間側で同じことを言っています。
07指数の出どころを並べる
| 現れる場所 | 形 | 出どころ | 例 |
|---|---|---|---|
| エバネッセント波(第 6 回) | \(e^{-\kappa x}\) | ★ 源① \(k^2<0\) | 導波管・全反射 |
| 湯川ポテンシャル(第 6 回) | \(e^{-r/\lambda}\) | ★ 源① 質量=遮断 | 核力 |
| トンネル効果 | \(e^{-2\kappa a}\) | ★ 源① | STM・\(\alpha\) 崩壊 |
| 表皮効果(第 11 回) | \(e^{-x/\delta}\) | ★ 源① 虚数の \(k\) | 銅の表皮 |
| ボルツマン因子 | \(e^{-E/kT}\) | ★ 源② 加法⇒乗法 | 熱活性化 |
| 崩壊(第 19 回) | \(e^{-\lambda t}\) | ★ 源② 無記憶性 | 放射能 |
| ゲイン・減衰 | \(e^{gz}\) | 源② 微小量の積 | レーザー |
07節の中心
物理の指数は、この二つに尽きます。
★ 源① は波の方程式が二階だから(\(k^2<0\) なら指数しか解がない)。
★ 源② は確率が掛け算でエネルギーが足し算だから。
── そしてどちらの指数も、中身を散らせば対数一様になり(第 27 回)、対数一様を重ねれば分数階になります(第 26 回)。
練習問題
- 走査トンネル顕微鏡が「原子 1 個 の凹凸」を見分けられる理由を、本回の数字で。
答えを見る
電流が指数だから、距離の分解能が指数の逆数になるからです。\(T\propto e^{-2\kappa a}\) で \(\kappa\approx3.6\)/nm なので、電流が 1 桁 変わるのに要る距離差は \(\ln10/2\kappa=0.32\) Å。
★ 原子半径(約 1 Å)よりずっと小さい。10 % の高さの違いが電流の 2 倍 として出ます。
★ 「指数は測定器になる」 ── 感度が欲しければ指数の中に量を入れればよい、というのは本シリーズで何度も出た構図です(第 27 回の \(\alpha\) 崩壊もまったく同じ)。 - \(^{235}\)U の \(\nu\) が 200 倍 小さいことは、本回の枠組みの何を意味するか。
答えを見る
指数(障壁)は説明できても、前係数(叩く頻度)には別の物理が入る、という境界を示しています。ガモフ因子は「クーロン障壁をまっすぐ抜ける」話しかしておらず、\(\alpha\) が核内でどう組み上がるか(前形成因子)や角運動量の障壁は入っていません。
\(^{235}\)U の \(\alpha\) 崩壊は基底状態どうしを直接 結ばない阻害遷移なので、そこが効きます。
★ 本回の主張は「24 桁 の変化はすべて指数が説明する」であって、「前係数まで説明する」ではありません。外れ値を消さないのは、この区別を見せるためです。 - 「指数はスケールがある関数、べき乗はスケールがない関数」なのに、指数を重ねるとべき乗になるのはなぜ矛盾しないか。
答えを見る
スケールが一つに決まらないからです。指数 \(e^{-\lambda t}\) は \(\lambda\) というスケールを持ちますが、\(\lambda\) 自体をあらゆる桁に散らすと、「どの \(\lambda\) が主役か」が \(t\) によって変わります ── \(t\) を 10 倍 すれば主役の \(\lambda\) が 1/10 になるだけで、形は同じ。
★ これがスケール不変性の作られ方です。\(\int e^{-\lambda t}\lambda^{a-1}d\lambda=\Gamma(a)t^{-a}\) の \(\lambda^{a-1}\) が、まさに「どの桁にも同じ重み」を表しています。
★★ スケール不変性は、スケールを持つものを重ねて作られていた ── これが第 XI 部の結論です。
まとめ 指数は二つからしか来ない
前回が残した問い ──「なぜ自然はこんなに指数関数だらけなのか」に答えました。答えは二つだけです。
★ 源① 進めない波。\(d^2\psi/dx^2=+\kappa^2\psi\) の解は \(e^{\pm\kappa x}\) しかありません。WR-90 導波管の遮断下では 3 GHz で 1 m あたり 1061 dB。同じ符号が、トンネル効果でも効きます ── 矩形障壁の厳密解と指数だけの近似は \(\kappa a\gg1\) で完全に一致し、前係数は 1 の桁。厚さ 1 桁 分の差はわずか 0.32 Å(STM の感度の正体)。
★★ そして第 27 回の経験式が、核物理から再現できました。ガモフ因子 \(G=4\eta[\arccos\sqrt x-\sqrt{x(1-x)}]\) を計算して \(\log_{10}T_{1/2}\) と比べると傾き 0.996(予言 1)、\(R^2=0.9934\)。切片から出る「叩く頻度」は 9 核種のうち 8 つで \(3.3\times10^{20}\)〜\(1.7\times10^{21}\) /s ── 核内の往復頻度 \(v/2R\) と 3 倍 以内。24 桁 の半減期が、一つの指数と一つの往復速度で説明できます。(\(^{235}\)U だけ 200 倍 外れるのは阻害遷移で、前係数には別の物理が入るという境界を示しています。)
★ 源② 足し算を掛け算に変える関数。\(f(x+y)=f(x)f(y)\) の連続解は指数しかなく、\(f(1)=0.5\) と規則だけから作った値は無理数点でも 15 桁 一致しました。ボルツマン因子も崩壊則も、導くものではなく強制されたものです。二つの源が出会うのが熱とトンネルの境目 \(T_c=\hbar\omega_b/2\pi k_B\)(0.1 eV で 184.7 K)── だから水素と電子はトンネルし、重原子はしません。
★★ そして指数を、速さを散らして重ねると ── べき乗になります。
\(\int_0^\infty e^{-\lambda t}\lambda^{a-1}d\lambda=\Gamma(a)t^{-a}\)(14 桁 で確認)
★ 第 XI 部の三回で、鎖が一本つながりました ── 第 26 回「分数階 ⇐ スケール不変な自由度」、第 27 回「スケール不変 ⇐ 指数写像」、第 28 回「指数 ⇐ 進めない波 + 独立性」。★★ スケール不変性は、スケールを持つものを重ねて作られていた。
★ 次回はそこを掘ります ── なぜ二階なのか。一階では何が起きるか、三階では何が壊れるか。第 12 回の前加速(三階で因果律が壊れる)と、第 15 回の「\(\alpha\in[-1/2,2]\) の狭い長方形」が、ここで正面からぶつかります。
この文書は「考える波」シリーズ第 28 回です。計算は kenshou/shisuu.js で行っています。本回の数値について:導波管の減衰・矩形障壁の透過率・ガモフ因子と最小二乗・関数方程式の構成・重ね合わせの積分は、すべて本稿で数値計算したものです。\(\alpha\) 崩壊 9 核種の \(Q\) 値・半減期・質量数は文献値です。ガモフ因子の式、\(T_c=\hbar\omega_b/2\pi k_B\)、コーシーの関数方程式(\(f(x+y)=f(x)f(y)\) の連続解が指数だけであること)、\(\int e^{-\lambda t}\lambda^{a-1}d\lambda=\Gamma(a)t^{-a}\) は、いずれもよく知られた結果で本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、これらを「指数の出どころは二つだけ」という形に並べ、前回の経験式が指数から再現できることを数値で確かめたことです。05 節のトンネル速度は模型で(\(T_c\) でちょうど熱と等しくなるよう置いた)、実際の交差の形は系によります。核半径の \(r_0=1.20\) fm は代表値で、これを 1.1〜1.3 の間で動かすと \(\nu\) は 2〜3 桁 動きます(\(^{232}\)Th で \(4.9\times10^{22}\to7.3\times10^{19}\)) ── \(\nu\) の絶対値は \(r_0\) に強く依存するので、「\(10^{21}\) の桁」以上の精度は主張していません。07 節の表の分類は本稿の整理です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。