考える波 第 26 回 / 第 XI 部・仮説に決着をつける

第 2 回の仮説を、25 回 ぶんの道具で採点する

分数階は、粗視化の結果なのか ──
反例が一つ、見つかりました 整数階の部品だけで半階を作れます。分数階は必ず一階の緩和に分解できます。
ところが ── 粗視化しても整数階にしかならない系が実在しました。
足りなかったのは「自己相似性」です。分数階とは、スケール不変な自由度を消した痕跡だった。

必要な道具:第 2, 10, 11, 13, 14, 15, 22 回計算:kenshou/sokushi.js

第 2 回で、こう書きました ── 【仮説】分数階が現れる系は、必ず隠れた自由度を粗視化(積分で消去)した結果である。
そして「反例を一つ挙げれば否定できる ── 反証可能」とも。25 回 かけて道具が揃ったので、ここで実際に確かめます。

01三つに割る ── 「必ず」はどちら向きか

仮説の文には、じつは二つの向きが混ざっています。分けないと採点できません。

実験問い向き
整数階の部品だけで組んだ系から、分数階が出せるか作れるか(存在)
分数階は必ず整数階の重ね合わせに分解できるか分数階 → 粗視化
★ 粗視化すれば必ず分数階になるのか粗視化 → 分数階

01節の中心

仮説が言いたかったのは②(分数階を見たら、裏に消した自由度がある)。
★ でも読み方によっては③にも聞こえます ── そして本当の勝負は③にあります。

02実験① 整数階の部品だけで、半階を作る

抵抗とコンデンサだけで梯子を組みます。部品はどちらも整数階です ── 抵抗は \(Z=R\)(階数 0)、コンデンサは \(Z=1/(i\omega C)\)(階数 \(-1\))。半階の部品はどこにもありません。

\(N\) 段 重ねた入力インピーダンス ── 連分数 $$Z_n=R+\cfrac{1}{i\omega C+\cfrac{1}{Z_{n-1}}}$$

\(R=1,\ C=1,\ \omega=10^{-4}\)

段数 \(N\)\(|Z|\)位相 [度]\(-45^\circ\) との差
110000.000−89.9943−44.9943
101000.010−89.7794−44.7794
50201.012−85.1018−40.1018
20089.697−46.8584−1.8584
1000100.3542−44.79750.2025

半無限ラダーには厳密解があります ── 連分数の不動点(\(Z_\infty\) を自分自身に代入して解いたもの):

半無限ラダーの厳密解 $$Z_\infty=\frac{R}{2}+\sqrt{\frac{R^2}{4}+\frac{R}{i\omega C}}$$

\(\omega=10^{-4}\):\(|Z|=100.354181\)、位相 \(-44.7974^\circ\) ── \(N=1000\) の数値と一致

残る \(0.2^\circ\) のずれは \(R/2\) の項です(低周波ほど小さくなる)。振幅の傾きも測ります。

\(\omega\)\(|Z|\)傾き [dB/dec]半階の予言
\(10^{-4}\)100.354−9.977−10
\(10^{-3}\)31.978−9.934−10
\(10^{-2}\)10.360−9.790−10

02節の中心

★★ 整数階の部品だけで組んだのに、半階が出ました。

\(-10\) dB/dec \(=-3.01\) dB/oct \(=6\alpha\) で \(\alpha=-1/2\)、位相 \(-45^\circ=90\alpha\) 度 ── 第 3 回の梯子の、ちょうど半段目。
これが第 2 回のワールブルグ・インピーダンスの正体です。粗視化(無限段を一つのインピーダンスに畳む)で、分数階は確かに作れる。

03実験② 逆向き ── 分数階は必ず分解できるか

こんどは逆です。分数階の応答を、「ふつうの一階の緩和」の重ね合わせで書けるか。

スペクトル表示 ── 分数階 = 一階の連続重ね合わせ? $$(i\omega)^{-\alpha}\ \stackrel{?}{=}\ \int_0^\infty g(\tau)\,\frac{1}{1+i\omega\tau}\,d\tau$$

右辺の \(1/(1+i\omega\tau)\) は、時定数 \(\tau\) の一階の緩和 ── れっきとした整数階

解は知られています(\(0<\alpha<1\))。数値で確かめます(\(\tau\) を対数等間隔に切って和を取る)。

分布の形 $$g(\tau)=\frac{\sin\alpha\pi}{\pi}\,\tau^{\alpha-1}$$
\(\alpha\)\(\omega\)重ね合わせ\((i\omega)^{-\alpha}\)相対誤差
0.25\(10^{-1}\)1.641178 − 0.680518\(i\)1.642916 − 0.680518\(i\)9.8e−4
0.50\(10^{0}\)0.707104 − 0.707104\(i\)0.707107 − 0.707107\(i\)3.4e−6
0.75\(10^{1}\)0.068052 − 0.164118\(i\)0.068052 − 0.164292\(i\)9.8e−4

03節の中心

★★ \(0<\alpha<1\) の分数階は、必ず一階の緩和の連続重ね合わせで書けます。
これは仮説の②の、実質的な証明です ── 分数階の散逸的な応答には、必ず「隠れた自由度の分布」を割り当てられる。
★ そしてその分布は \(g(\tau)\propto\tau^{\alpha-1}\) ── べき乗、つまりスケール不変です。この一行が、あとで効きます。

04実験③ 粗視化すれば、必ず分数階になるのか

★ ここが本当の問いです。反例を探します。もっとも素直な粗視化 ── 半無限のばね・質点の鎖から、端の 1 個だけを見る。

一様な鎖と、端に残る「媒質からの力」 $$m\ddot x_n=k(x_{n+1}-2x_n+x_{n-1}),\qquad Z=\frac{F}{v}$$

帯域の上限 \(\omega_{\max}=2\sqrt{k/m}\)。\(m=k=1\) で \(\omega_{\max}=2\)

\(\omega/\omega_{\max}\)\(|Z|\)位相(力に対して)中身
0.0011.000000純抵抗
0.1001.000000≈ 0°純抵抗
低周波極限\(\sqrt{km}=1\)★ ふつうの摩擦

04節の中心 ── 反例

★★ 位相が 0° ── 整数階です。分数階ではありません。

無限個の自由度を消したのに、出てきたのはただの摩擦係数 \(\sqrt{km}\)
「自由度を消せば必ず分数階になる」は誤りです。第 2 回の仮説は、このままでは成り立ちません。

05では何が階数を決めるのか ── 自由度の「分布」だった

①と③は、どちらも「無限個の自由度を一つのインピーダンスに畳む」操作です。違いは並び方でした。

自由度の並び方密度結果
① RC ラダー★ 自己相似(各段が同じ形)べき乗★ \(\alpha=-1/2\)
② 緩和の重ね\(g(\tau)\propto\tau^{\alpha-1}\)べき乗★ 分数階 \(\alpha\)
③ ばね鎖一様(すべての段が同じ)一定整数階

一般化します。消した自由度(=浴)のスペクトル密度が \(J(\omega)\propto\omega^s\) のとき、残った 1 自由度が感じる自己エネルギー \(\Sigma(\omega)\) の階数はいくつか。

\(s\)\(\omega\)傾き [/dec]位相 [度]\((i\omega)^s\) の予言
0.5\(10^{-3}\)0.509045.5645.0
1.0\(10^{-3}\)1.000089.9690.0
1.5\(10^{-3}\)1.4941133.82135.0

05節の中心

★★ 消した自由度のスペクトル密度の指数が、そのまま階数になる(\(\alpha=s\))。

\(s=1\)(オーム的)→ ふつうの摩擦。\(s=1/2\) → 半階。\(s=2\) → また整数階。
ばね鎖が整数階だったのは、低周波で \(J(\omega)\propto\omega\) だったから ── 一様な鎖は、たまたまオーム的だったのです。

06仮説を採点し、書き直す

主張判定根拠
分数階 → 粗視化で説明できる◎ 成立実験②。\(0<\alpha<1\) なら必ずスペクトル表示がある
粗視化 → 必ず分数階になる× 不成立★ 実験③。ばね鎖は整数階
粗視化で分数階を作れる◎ 成立実験①。RC ラダーで半階
書き直した仮説

分数階が現れるのは、粗視化した自由度が
★ スケール不変に(べき乗で)分布しているときである。

単なる粗視化では足りません。自己相似性が要る。── そして、ここで連載が一本につながります。

見つけたこと共通の鍵
第 13 回虚数階 = スケール変換の生成子スケール不変性
第 22 回ウェーブレット = \(\ln\omega\) で等分解能スケール不変性
本回分数階が出る条件 = 隠れた自由度がスケール不変スケール不変性

06節の中心

★★ 分数階とは、スケール不変な自由度を消した痕跡だった。

07実在の系を、この基準で並べ直す

階数消された自由度自己相似か
ワールブルグ(第 2 回)\(-1/2\)半無限拡散★ 拡散は自己相似(\(\sqrt t\))
粘弾性(第 10 回)0〜1高分子の緩和時間分布★ 鎖の長さがべき乗分布
熱伝導(第 11 回)\(-1/2\)半無限媒質★ 拡散なので自己相似
コール=コール0〜1誘電緩和の分布★ べき乗分布
ふつうの摩擦1オーム的な浴自己相似でない → 整数階
1/f 雑音(第 2 回)\(-1/2\)時定数が対数一様★ なぜ対数一様かは未解決

07節の中心 ── 第 15 回の扉

「分数階は必ず粗視化の結果か」は ── 条件つきで閉じました。
「1/f の起源」は ── 開いたままです。ただし問いの形が変わりました
「なぜ自然には、対数一様な時定数分布がこれほど多いのか」。

練習問題

  1. RC ラダーの各段を、段ごとに \(R\to2R,\ C\to C/2\) と変えていったら階数はどうなるか(定性的に)。
    答えを見る
    半階から外れます。本回の半階は「各段がまったく同じ形」= \(RC\) 積が全段で等しいことから来ています(自己相似の一番単純な形)。
    段ごとに時定数 \(\tau_n=R_nC_n\) を等比数列にすると、消される自由度の分布は対数軸で等間隔になり、階数は \(\tau\) 比で決まる別の値に動きます。
    「階数は、隠した時定数の分布が決める」という 05 節の結論がそのまま効きます。
  2. ばね鎖(実験③)を分数階にするには、鎖をどう作り替えればよいか。
    答えを見る
    質量かばね定数を、位置のべき乗で変えればよい(例:\(m_n\propto n^{p}\))。そうすると低周波の状態密度が \(J(\omega)\propto\omega^s\)(\(s\ne1\))になり、05 節の表のとおり階数 \(s\) が出ます。
    あるいは枝分かれさせる(フラクタルな鎖)── 分岐すると状態密度がフラクタル次元で決まる冪になります。
    一様な鎖が整数階なのは「一様だから」であって、「粗視化したから」ではありません。
  3. 第 2 回の仮説は「誤り」だったのか。科学的にどう言うのが正確か。
    答えを見る
    片方向は正しく、逆方向は誤りでした。「分数階 → 隠れた自由度の分布が書ける」は実験②で実質的に証明されています。「粗視化 → 必ず分数階」は実験③の反例で否定されます。
    そして反証されたことで、仮説はより強い形に書き直せました ── 「スケール不変に分布した自由度を消したとき」。
    ★ これは第 15 回の採点表に足すなら「◎ 条件つきで成立」です。反証可能だと宣言した仮説が、実際に反証されて鍛えられた ── それが本回の成果です。

まとめ 仮説は半分 正しく、書き直された

第 2 回の仮説 ──「分数階が現れる系は、必ず隠れた自由度を粗視化した結果である」を、三つに割って採点しました。

実験①:抵抗とコンデンサ(どちらも整数階)だけの梯子を 1000 段 重ねると、位相が \(-44.80^\circ\)、傾きが \(-9.98\) dB/dec ── 半階が出ました。半無限ラダーの厳密解 \(Z_\infty=R/2+\sqrt{R^2/4+R/(i\omega C)}\) とも一致。整数階の部品だけで分数階は作れる。

実験②:\(0<\alpha<1\) の分数階は、必ず一階の緩和の連続重ね合わせで書けます(\(g(\tau)=\sin(\alpha\pi)/\pi\cdot\tau^{\alpha-1}\)、相対誤差 \(10^{-3}\)〜\(10^{-6}\))── 分数階を見たら、裏に自由度の分布を必ず割り当てられる。

実験③ ── ★ 反例:一様なばね・質点の半無限鎖から端の 1 個だけを残すと、インピーダンスは位相 0° の純抵抗 \(\sqrt{km}\)。無限個の自由度を消したのに整数階でした。「粗視化 → 必ず分数階」は誤りです。

違いは消した自由度の分布でした。浴のスペクトル密度が \(J(\omega)\propto\omega^s\) なら階数はそのまま \(s\)(傾き \(s\)、位相 \(90s\) 度を数値で確認)。一様な鎖はオーム的(\(s=1\))── だから整数階だったのです。

★ 書き直した仮説:分数階が現れるのは、粗視化した自由度が
スケール不変に(べき乗で)分布しているときである。

そして第 13 回(虚数階 = スケール変換)、第 22 回(ウェーブレット = 対数軸)と合わせて ── 三つとも鍵はスケール不変性でした。分数階とは、スケール不変な自由度を消した痕跡だった。第 15 回の扉のうち一つは条件つきで閉じ、1/f の起源だけが形を変えて開いたまま残ります ── 「なぜ自然には、対数一様な時定数分布がこれほど多いのか」。

この文書は「考える波」シリーズ第 26 回です。計算は kenshou/sokushi.js で行っています。本回の数値について:RC ラダーの値・スペクトル表示の照合・ばね鎖のインピーダンス・浴の自己エネルギーは、すべて本稿で数値計算したものです(\(R=C=m=k=1\) の無次元単位)。半無限ラダーの厳密解とスペクトル表示の \(g(\tau)\) は既知の結果で、本稿はそれを数値で確認しただけです。浴のスペクトル密度と階数の対応(\(\alpha=s\))は、カルデイラ=レゲット型の模型でよく知られた結果で、本稿の発見ではありません ── 本稿がしたのは、それを第 2 回の仮説の採点に使ったことです。\(s=1.5\) で位相が予言から 1〜4° ずれるのは、カットオフ \(\omega_c\) を有限にしているため(\(\omega/\omega_c\) の高次項)。07 節の表の「自己相似か」の欄は定性的な整理で、各系について本稿が計算したものではありません。1/f 雑音の起源は未解決の問題であり、本稿は問いの形を変えただけです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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