考える波 第 25 回 / 第 X 部・仮定を壊す
第 18 回の「箱」を、本物に取り替える
強い力を波として見る ──
閉じ込めは箱ではなく、弦だった
ハドロンの質量を直線に並べるだけで、弦の張力が 14 トンと出ます。
そして弦の太さを決める \(\Lambda_{\rm QCD}\) は ── 無次元の結合定数から生まれていました。
★ 身の回りの質量の 99 % は、無次元量が次元を獲得したものだったのです。
前回はいちばん弱い力(重力)を見ました。今回は反対側 ── いちばん強い力です。
そして第 18 回で「桁は合ったが 1.5 倍 ずれた」と書いた見積もりの、理由が分かります。
01第 18 回の「箱」を、本物に取り替える
| 力 | 場の形 | ポテンシャル | 振る舞い |
|---|---|---|---|
| 電磁気 | 場が全方向へ広がる | \(V\propto-1/r\) | 力は \(1/r^2\) で弱くなる |
| 湯川(第 6 回) | 遮断より下は減衰 | \(V\propto-e^{-r/\lambda}/r\) | \(\lambda\) より遠くへ届かない |
| ★ 強い力 | ★ 場が弦に絞られる | \(V\propto+\sigma r\) | ★ 距離によらず一定の力 |
01節の中心
電磁気も湯川も「遠ざかると弱くなる」。強い力だけは、遠ざかっても弱くならない。
だから閉じ込められる ── 第 18 回で使った「箱」は、本当は弦(フラックスチューブ)でした。
02ハドロンの質量から、弦の張力を測る
\(\sigma\) が弦の張力。実測のハドロンを並べて傾きを測る
| 粒子 | 質量 \(M\) [GeV] | \(M^2\) [GeV²] | スピン \(J\) | 直線の予言 |
|---|---|---|---|---|
| \(\rho(775)\) | 0.77526 | 0.60103 | 1 | 0.9770 |
| \(a_2(1320)\) | 1.31820 | 1.73765 | 2 | 2.0174 |
| \(\rho_3(1690)\) | 1.68880 | 2.85205 | 3 | 3.0374 |
| \(a_4(1970)\) | 1.96700 | 3.86909 | 4 | 3.9682 |
02節の中心
★★ 弦の張力は 14.4 トン重。
クォーク 1 組を引き離すのに 14 トンの力が要り、しかも距離によらず一定です。だから絶対に引き離せない。
★ ハドロンの質量を直線に並べただけで、この数字が出ました。
03弦の梯子 ── 第 6 回の導波管と同じ構造
| 系 | 関係式 | 梯子の番号 | 正体 |
|---|---|---|---|
| 導波管(第 6 回) | \(\omega^2=\omega_c^2+c^2k^2\) | モード番号 \(n\) | 遮断周波数の梯子 |
| 箱(第 18 回) | \(E=2.04\hbar c/R\) | 節の数 | 境界条件の梯子 |
| ★ 弦(本回) | \(M^2=(J-\alpha_0)/\alpha'\) | ★ 角運動量 \(J\) | ★ 回転モードの梯子 |
三つとも「境界条件が離散的なモードを作る」という同じ話です。違うのは境界の作り方だけ ── 壁、箱、そして弦の張力。
| \(J\) | 弦が予言する \(M\) [GeV] | 実測の候補 |
|---|---|---|
| 5 | 2.2353 | \(\rho_5(2350)\) \(M=2.33\) |
| 6 | 2.4676 | \(a_6(2450)\) \(M=2.45\) |
| 7 | 2.6798 | ── |
04色の数を測る ── 断面積の比という無次元量
| エネルギー帯 | 素朴な \(R\)(\(N_c=3\)) | QCD 補正込み | 実測の目安 |
|---|---|---|---|
| \(\sqrt s=2\sim3\) GeV(u,d,s) | 2.000 | 2.159 | 約 2.2 |
| \(\sqrt s=5\sim10\) GeV(+c) | 3.333 | 3.556 | 約 3.6 |
| \(\sqrt s=20\sim40\) GeV(+b) | 3.667 | 3.830 | 約 3.9 |
04節の結論
\(N_c=3\) を入れると、三つの帯すべてが実測と合います。\(N_c=1\) なら \(R\) は 1/3 になり、まったく合いません。
★ 「色が 3 つある」は、無次元の比として直接 測られた事実でした。
第 19 回(タウの寿命)と本回(R 比)── 独立な二つの測り方が一致します。
05漸近的自由 ── なぜ QED と逆向きに走るのか
| \(n_f\) | \(\beta_0=11-2n_f/3\) | 結合の向き |
|---|---|---|
| 0 | 11.000 | ★ 漸近的自由 |
| 6(現実) | 7.000 | ★ 漸近的自由(近づくと弱い) |
| 16 | 0.333 | ぎりぎり |
| 17 | \(-0.333\) | ★ QED と同じ向きになる |
\(n_f<16.5\) なら漸近的自由。現実は 6 種類なので余裕で成立します。「クォークが 17 種類あったら閉じ込めは起きなかった」── ただし紙一重ではありません。
06★ 次元転移 ── 無次元量から、質量が生まれる
06節の中心 ── この回いちばん重要なところ
入力は無次元の \(\alpha_s\) だけ。
なのに、次元を持つ質量スケール \(\Lambda_{\rm QCD}\) が出てくる。
これを次元転移と言います。第 5 回の「定数は \(\ln\mu\) の積分」の、もっとも劇的な帰結 ── 積分の結果として、新しい次元が生まれます。
対応する長さは \(\hbar c/\Lambda\)。一ループでは 2.26 fm ですが、文献値の \(\Lambda=210\) MeV なら 0.94 fm ── 陽子の電荷半径 0.84 fm とほぼ同じです。
| \(\alpha_s(m_Z)\) | \(\Lambda_{\rm QCD}\) [MeV] | \(\hbar c/\Lambda\) [fm] |
|---|---|---|
| 0.1100 | 53.0 | 3.723 |
| 0.1150 | 73.3 | 2.693 |
| 0.1179 | 87.3 | 2.260 |
| 0.1200 | 98.6 | 2.001 |
| 0.1250 | 129.6 | 1.523 |
06節 ── 第 18 回が、ここで完成する
\(\alpha_s\) が 6 % 動くだけで \(\Lambda\) は 2 倍 近く動きます(指数関数だから)。陽子の大きさは、無次元の結合定数に指数関数的に敏感。
★★ そして第 18 回とつながります ──
陽子の質量の 99 % は「閉じ込め」= \(\Lambda_{\rm QCD}\) 由来。
★ その \(\Lambda_{\rm QCD}\) は、無次元の \(\alpha_s\) から次元転移で生まれた。
── ★ 身の回りの質量の 99 % は、無次元量から生まれている。
第 7 回の「意味があるのは無次元量だけ」が、「次元を持つ量は、無次元量から作られる」にまで進みました。
07質量ゼロなのに届かない ── 第 6 回の例外
| 媒介粒子 | 質量 [GeV] | 到達距離 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 光子 | 0 | \(\infty\) | 線形。場が広がる |
| W ボソン | 80.4 | \(2.5\times10^{-3}\) fm | 第 6 回。質量による遮断 |
| ★ グルーオン | 0 | ★ 約 1 fm | ★ 非線形。場が弦に絞られる |
07節の中心 ── 第 23 回が効いてくる
第 6 回の「質量=遮断」は、線形理論の話でした。非線形では、質量なしでも閉じ込めが起きます ──
グルーオンが色を持つ → グルーオン同士が引き合う
→ 場が広がらずに弦に絞られる → 力が距離によらず一定
★★ 第 23 回の非線形が、ここで場の形そのものを変えています。
対比をまとめると ──
線形 + 質量あり → 指数関数的に減衰(湯川、第 6 回)
線形 + 質量なし → 無限遠まで届く(電磁気)
★ 非線形 + 質量なし → 弦になって閉じ込め(QCD、本回)
08粒子を共鳴として見る ── 第 9 回の線幅
| 粒子 | 質量 [GeV] | 幅 \(\Gamma\) [GeV] | \(\Gamma/M\) | 寿命 [s] |
|---|---|---|---|---|
| \(\Delta(1232)\) | 1.2320 | 0.117 | \(9.5\times10^{-2}\) | \(5.6\times10^{-24}\) |
| \(\rho(770)\) | 0.7753 | 0.1476 | \(1.9\times10^{-1}\) | \(4.5\times10^{-24}\) |
| \(J/\psi\) | 3.0969 | \(9.26\times10^{-5}\) | \(3.0\times10^{-5}\) | \(7.1\times10^{-21}\) |
| Z ボソン | 91.188 | 2.4955 | \(2.7\times10^{-2}\) | \(2.6\times10^{-25}\) |
| ヒッグス | 125.25 | 0.0041 | \(3.3\times10^{-5}\) | \(1.6\times10^{-22}\) |
08節の中心
\(\rho\) の幅は質量の 19 % ── ★ 一周期 振動する前に崩れます。
第 9 回の言葉では「\(\Delta\omega\) が \(\omega\) と同じ桁」── 波として数えられる限界です。
逆に \(J/\psi\) は \(\Gamma/M=3\times10^{-5}\) ── 強い相互作用で崩壊するのに、\(\rho\) の 6400 倍 細い。
★ 理由は「行き先が閉じている」こと(OZI 抑制)── 第 19 回の \(^{187}\)Re とまったく同じ構造です。終状態のモードが使えないと、遷移率が落ちる。
練習問題
- 第 18 回の「箱」の見積もりが 1.5 倍 ずれた理由を、本回の言葉で。
答えを見る
境界の形が違ったから。箱では場が三次元に広がり、エネルギーは \(\hbar c/R\) に比例します。
弦では場が一次元に絞られ、エネルギーは \(\sigma R\)(張力 × 長さ)── まったく別の \(R\) 依存です。
★ 実際の陽子は両方の性質を持ちます(近距離はクーロン的、遠距離は弦的 ── コルネル・ポテンシャル \(V=-4\alpha_s/3r+\sigma r\))。
本回で分かったのは、遠距離側が弦だということです。 - 「色が 3 つ」の証拠を二つ挙げ、それぞれが何を測っているか言え。
答えを見る
① R 比(本回):\(e^+e^-\) からハドロンができる断面積と、ミューオン対ができる断面積の比。「クォークの状態が何通りあるか」を数えています。
② タウの寿命(第 19 回):崩壊路の本数が 5.6 本と出て、うち 3 本がハドロン。「崩壊の行き先が何通りあるか」を数えています。
★ どちらも「終状態の数」を数えていて、どちらも無次元 ── 第 7 回の「意味があるのは無次元量だけ」がそのまま効いています。 - 次元転移がなぜ「劇的」なのか。
答えを見る
入力に次元がないのに、出力に次元があるから。
古典物理では、質量スケールは必ず入力として与えます(ばね定数、弦の長さ…)。ところが QCD では、入力は無次元の \(\alpha_s\) ひとつだけ。それを \(\ln\mu\) で積分すると、結合が発散するスケール \(\Lambda\) が出てくる。
★ 第 5 回の「定数は積分値」が、ここでは「次元そのものが積分値」にまで進んでいます。
★ そして第 15 回の「当たるのは無次元量、外れるのは次元を持つ量」への、いちばん強い補足になります ── 次元を持つ量は、無次元量から作られる。
まとめ 弦の張力 14 トンと、次元転移
第 18 回の「箱」は、本当は弦(フラックスチューブ)でした。電磁気も湯川も遠ざかると弱くなりますが、強い力だけは弱くならない ── だから閉じ込められる。
ハドロンの質量を \(M^2\) と \(J\) で並べるときれいな直線(レッジェ軌道)に乗り、その傾きから \(\alpha'=0.915\) GeV⁻²、弦の張力 \(\sigma=14.4\) トン重が出ます。距離によらず一定の 14 トン ── だから絶対に引き離せない。そして弦の梯子は、第 6 回の導波管・第 18 回の箱と同じ「境界条件が離散モードを作る」構造でした。
色の数は R 比という無次元量として直接 測れます(\(N_c=3\) で三つの帯すべてが合う)── 第 19 回のタウの寿命と、独立に一致。
漸近的自由は \(\beta_0=11-2n_f/3\) の 11(グルーオンの自己相互作用)のおかげ。そしてそれを逆に解くと ── ★ 無次元の \(\alpha_s\) だけから、次元を持つ \(\Lambda_{\rm QCD}\) が生まれます(次元転移)。対応する長さは 0.94 fm ── 陽子の大きさそのもの。
★ 陽子の質量の 99 % は閉じ込め=\(\Lambda_{\rm QCD}\) 由来で、
その \(\Lambda_{\rm QCD}\) は無次元量から生まれた。
そしてグルーオンは質量ゼロなのに 1 fm しか届きません ── 第 6 回の「質量=遮断」は線形理論の話で、非線形(第 23 回)では質量なしでも閉じ込めが起きる。粒子を共鳴として見れば \(\rho\) は幅が質量の 19 % ── 波として数えられる限界です。
反例を一つ挙げれば否定できる、と。25 回 かけて道具が揃ったので、★ 次回はこれを実際に検証します ── 自由度を消して、分数階が出てくるかを数値で。
そして第 15 回で開いたままにした扉の一つが、閉じるか開くかが分かります。
この文書は「考える波」シリーズ第 25 回です。計算は kenshou/tsuyoi.js で行っています。本回の数値について:レッジェ軌道に使った 4 つのハドロンの質量は PDG の値で、最小二乗の傾き \(\alpha'=0.9153\) は本稿の計算です(文献では 0.88〜0.9 が代表値。どの粒子を軌道に乗せるかで少し変わります)。弦の張力 14.4 トン重はその \(\alpha'\) から出した値で、格子 QCD の \(\sigma\approx0.18\) GeV²(約 15 トン重)と整合します。\(J=5,6,7\) の予言と「実測の候補」の対応は目安で、これらの共鳴の同定には議論があります。R 比の「実測の目安」は測定値の代表値で、本稿が解析したものではありません(QCD 補正は一次のみ)。\(\Lambda_{\rm QCD}=87\) MeV は一ループの値で、文献の 210 MeV(\(\overline{\rm MS}\)、二ループ以上、\(n_f=5\))とは 2 倍 以上 違います ── \(\Lambda\) はスキームとループ次数に強く依存する量なので、この差は誤りではなく定義の違いです。「弦」の描像は遠距離のみで成り立ち、近距離ではクーロン的です(コルネル・ポテンシャル)。OZI 抑制の説明は定性的なもので、本稿は導出していません。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。