考える波 第 24 回 / 第 X 部・仮定を壊す

この連載でまだ一度も扱っていなかった波

重力波 ──
階数が一つ上の放射 波打っているのが時空そのもの。そして測る量は長さの比 \(h=\Delta L/L\) ── 無次元です。
電磁波が「双極子の二階微分の二乗」なら、重力波は「四重極の三階微分の二乗」。
★ 第 12 回で見た階数の梯子が、ここで一段 上がります。

必要な道具:第 3, 6, 7, 12, 13, 22 回計算:kenshou/juryoku.js

この連載はずっと「何かが波である」と言ってきました。重力波だけは、波打っているのが時空そのものです。
そして測る量が最初から無次元 ── 第 7 回の結論が、ここでは定義になっています。

01測るのは無次元量

重力波の強さ $$h=\frac{\Delta L}{L}\qquad\textbf{★ 無次元}$$
事象\(h\)腕 4 km での \(\Delta L\) [m]比較
GW150914(2015)\(10^{-21}\)\(4\times10^{-18}\)★ 陽子の 1/1000
GW170817(中性子星)\(10^{-22}\)\(4\times10^{-19}\)
連続波(パルサー)の上限\(10^{-26}\)\(4\times10^{-23}\)
地面の振動(1 Hz)\(10^{-9}\)\(4\times10^{-6}\)★ 防振がなければ 12 桁 上

腕が伸びた量は \(4\times10^{-18}\) m ── 陽子の直径の 1/1000 です。それを 4 km の腕で測った。相対精度 \(10^{-21}\)。

02なぜ四重極なのか ── 階数で数える

多重極モーメント効く保存則なぜ放射しないか
単極子(質量)\(\sum m\)質量保存時間微分がゼロ → 放射しない
双極子(質量中心)\(\sum m\,\mathbf{r}\)運動量保存★ 二階微分がゼロ → 放射しない
★ 四重極\(\sum m\,r_ir_j\)保存則がない★ ここから放射が出る

02節の中心 ── 階数が一段 上がる

電磁波では双極子が生き残ります(電荷保存はあるが「電荷中心の保存」はない)。
重力では質量中心の運動が保存されるので、双極子まで消える。

放射の式を並べると ──

電磁波(第 12 回):\(P=\dfrac{1}{6\pi\varepsilon_0c^3}\bigl\langle(\ddot{\mathbf{p}})^2\bigr\rangle\) ★ 双極子の二階微分の二乗
重力波:\(P=\dfrac{G}{5c^5}\bigl\langle(\dddot{Q})^2\bigr\rangle\) ★ 四重極の三階微分の二乗

★★ 空間の次数が一つ上がった分、時間の階数も一つ上がっています。

03なぜこんなに弱いのか ── 基準になるパワー

係数 \(G/c^5\) の逆数を見る $$\frac{c^5}{G}=3.628\times10^{52}\ \text{W}\qquad\textbf{★ プランクパワー}$$

質量も長さも時間も含まない ── \(G\) と \(c\) だけでできている

事象パワー [W]\(c^5/G\) との比比較
GW150914 のピーク\(3.6\times10^{49}\)\(9.9\times10^{-4}\)★ 宇宙で最も明るい事象
太陽の光度\(3.8\times10^{26}\)\(1.1\times10^{-26}\)
銀河系 全体の光\(5\times10^{36}\)\(1.4\times10^{-16}\)
観測可能な宇宙の星 全部\(\sim10^{49}\)\(2.8\times10^{-4}\)★ 合体はこれと同程度
プランクパワー\(3.6\times10^{52}\)1★ 理論的な上限
地球に届いた時点でのエネルギー流束 $$F=\frac{c^3}{16\pi G}\langle\dot h^2\rangle,\qquad \dot h=2\pi f h=6.28\times10^{-19}\ \text{s}^{-1}$$ $$F=3.2\times10^{-3}\ \text{W/m}^2\qquad\textbf{★ 満月の光(約 1 mW/m²)と同じ桁}$$

03節の中心 ── 重力波の逆説

GW150914 は一瞬だけ「宇宙の星 全部」と同じ明るさで輝きました。それでも \(c^5/G\) の 1/1000 です。

★ そして地球には満月なみのエネルギー流束が降り注いだのに、腕は陽子の 1/1000 しか動かない。

流れているエネルギーは大きいのに、物質との結合が弱すぎる。

04チャープ ── 合体までの時間が周波数を決める

連星の周波数が上がる速さ $$\frac{df}{dt}=\frac{96}{5}\pi^{8/3}\Bigl(\frac{GM_c}{c^3}\Bigr)^{5/3}f^{11/3},\qquad M_c=\frac{(m_1m_2)^{3/5}}{(m_1+m_2)^{1/5}}$$

★ 効くのは「チャープ質量」\(M_c\) だけ

連星\(m_1\) [M☉]\(m_2\) [M☉]\(M_c\) [M☉]35 Hz から合体まで [s]
GW150914362928.100.190
GW170817(中性子星)1.461.271.18537.19
等質量 10+1010108.7061.339
等質量 100+10010010087.060.029

GW150914 は 35 Hz から 0.19 秒 で合体 ── 実際の観測(約 0.2 秒)と一致します。中性子星の合体は 37 秒 ── だから長く追跡でき、ガンマ線バーストとの同時観測ができました。

チャープの形 $$f(\tau)\propto\tau^{-3/8},\qquad \tau=\text{合体までの残り時間}$$
合体まで \(\tau\) [s]\(f\) [Hz]\(f\cdot\tau^{3/8}\)
107.9218.776939
118.7818.776939
0.144.5318.776939
0.01105.5918.776939

04節 ── 第 13 回のチャープとは違う

きっかり \(-3/8\) 乗です。第 13 回の双曲線チャープ(\(-1\) 乗)とは違う指数 ── 対数周期にはなりません。

★ 理由は明確です ── 「合体までの時間」という特別な時刻があるから。
スケール不変な世界(第 20 回)には特別な時刻がなく、だから \(1/t\) だった。

── ★ 特別な時刻があるかないかが、チャープの指数を決めています。

05重力波の速さ ── 分散があるか

GW170817 ── 重力波とガンマ線が同時に届いた $$D=1.23\times10^{24}\ \text{m}\ (40\ \text{Mpc}),\qquad \Delta t=1.7\ \text{s}$$ $$\frac{|\Delta v|}{c}<\frac{\Delta t}{D/c}=4.1\times10^{-16}$$

05節 ── 第 6 回の言葉に翻訳する

重力波と光の速さは \(10^{-15}\) の精度で同じでした。これで「重力波が光より速い/遅い」とする多くの模型が一掃されました。

そして重力子の質量に上限がつきます ── \(\omega^2=c^2k^2+(m_gc^2/\hbar)^2\) の遮断周波数の上限として。

粒子質量の上限 [eV]到達距離の下限 [m]たとえ
光子(第 17 回)\(10^{-18}\)\(2.0\times10^{11}\)1.3 AU
重力子\(1.3\times10^{-23}\)\(1.6\times10^{16}\)0.50 pc

長さで比べると、重力子の下限のほうが \(7.9\times10^{4}\) 倍 長い。第 6 回の「質量があると遮断ができる」が重力にも当てはまりますが、どちらの遮断もまだ見つかっていません。

06偏光が 45° ── スピンが階数を決める

スピン \(s\)偏光の直交角場の階数
音波(縦波)0──偏光がない
電磁波190°ベクトル場。双極子放射
★ 重力波245°★ 二階テンソル場。四重極放射

06節の結論

一般に、スピン \(s\) の場では偏光が \(90°/s\) で直交し、放射の最低次数が \(2^s\) 重極になります。

「スピン」「多重極の次数」「偏光の角度」は、
同じ一つのことの三つの言い方でした。

07検出の限界 ── 第 22 回と合流する

第 22 回の標準量子限界を、歪みに直す $$\Delta x_{\rm SQL}=\sqrt{\frac{\hbar\tau}{m}}=6.5\times10^{-20}\ \text{m}\quad(m=40\ \text{kg},\ f=100\ \text{Hz})$$ $$h_{\rm SQL}=\frac{\Delta x}{L}=1.6\times10^{-23}\qquad(L=4\ \text{km})$$

LIGO の設計感度(100 Hz)≈ \(4\times10^{-24}\)/√Hz ── ★ 同じ桁

07節の中心

LIGO はすでに標準量子限界の近くで動いています。だから 2019 年からスクイーズド光を常用しています(第 22 回)。
「積は動かせないが、配分は選べる」を、重力波望遠鏡が実装している。

手立て何を変えるか中身
腕を長くする\(L\) を増やす\(h=\Delta x/L\)。LISA は 250 万 km
鏡を重くする\(m\) を増やす★ SQL は \(\sqrt{\hbar\tau/m}\)
光を強くする散射雑音を下げるただし輻射圧雑音が増える
★ スクイーズ配分を変える★ 6 dB で 2 倍(第 22 回)
低周波へ行く\(\tau\) を伸ばす★ 地面振動との戦い → 宇宙へ

08周波数帯の梯子 ── 第 3 回の観測窓に重力波を載せる

手法下限 [Hz]上限 [Hz]周期対象
地上干渉計(LIGO)1050000.1 秒恒星質量のブラックホール合体
宇宙干渉計(LISA)\(10^{-4}\)\(10^{-1}\)0.1 日超大質量ブラックホール
パルサータイミング\(10^{-9}\)\(10^{-7}\)32 年★ 超大質量連星の背景
宇宙背景放射(B モード)\(10^{-18}\)\(10^{-16}\)320 億年★ インフレーション起源

08節 ── 第 3 回がそのまま効く

一番下の帯は周期 320 億年 ── 宇宙年齢より長い。だから直接は測れず、「偏光の模様」として痕跡を探します。
第 3 回の「\(\omega=0\) には手が届かない」が、そのまま重力波にも当てはまる。

そして 2023 年、パルサータイミングの帯(周期 数年)で背景重力波の兆候が報告されました ── 超大質量ブラックホール連星の合唱。判定:複数の観測チームが同様の結果を出していますが、起源はまだ確定していません。

練習問題

  1. なぜ重力波の周波数は軌道周波数の 2 倍なのか。
    答えを見る
    四重極だから。四重極モーメント \(\sum m\,r_ir_j\) は、連星が半周すると元の配置に戻ります(二つの星が入れ替わっただけで、質量が同じなら区別がつかない)。
    だから四重極は軌道周期の半分で元に戻り、周波数は 2 倍になります。
    ★ 一般に \(2^s\) 重極放射では周波数が軌道周波数の \(s\) 倍 ── スピンが周波数の倍率を決めている。
  2. 「満月なみのエネルギーが降ってきたのに何も起きない」を、第 6 回の言葉で。
    答えを見る
    結合が弱いからです。エネルギー流束が大きくても、物質がそれを吸収できなければ何も起きません。
    光は電荷に結合し、その強さは \(\alpha=1/137\)。重力は質量に結合し、その強さは \(Gm^2/(\hbar c)\) ── 陽子どうしなら \(5.9\times10^{-39}\)。
    36 桁 の差です。だから同じエネルギー流束でも、重力波はほとんど吸収されずに通り抜けます。
    そして「吸収されない」ことは、逆に長所でもあります ── 宇宙のどこから来ても減衰しないので、ブラックホール合体の瞬間が見える。
  3. チャープの指数が \(-3/8\) で、第 13 回が \(-1\) だったことの意味は。
    答えを見る
    特別な時刻があるかどうかです。
    第 13 回・第 20 回の \(1/t\) は、時刻の原点が意味を持たないスケール不変な世界のものでした(\(t\to\mu t\) で形が変わらない)。
    連星合体には「合体の瞬間 \(t_c\)」という特別な時刻があり、\(\tau=t_c-t\) が意味を持つ。そのためスケール不変性が破れ、指数が \(-1\) からずれます。
    指数 \(-3/8\) の出どころは四重極公式(\(f^{11/3}\))で、第 14 回の「次元と力学が指数を決める」の一例です。

まとめ 階数が一つ上の放射

重力波では、波打っているのが時空そのものです。測る量は \(h=\Delta L/L\) ── 最初から無次元で、第 7 回の結論がここでは定義になっています。GW150914 の \(h=10^{-21}\) は、4 km の腕が陽子の 1/1000 動いたということ。

単極子は質量保存で、双極子は運動量保存で消えるので、放射は四重極から出ます。式を並べると ── 電磁波は双極子の二階微分の二乗、重力波は四重極の三階微分の二乗。★ 階数が一つ上がっています。

基準になるパワーは \(c^5/G=3.6\times10^{52}\) W(\(G\) と \(c\) だけでできている)。GW150914 のピークはその 1/1000 で、一瞬だけ「宇宙の星 全部」と同じ明るさ。地球での流束は 3 mW/m² ── 満月の光と同じ桁なのに、腕は陽子の 1/1000 しか動かない。エネルギーは大きく、結合が弱すぎる。

チャープは \(f\propto\tau^{-3/8}\)(数値で確認)。第 13 回の \(1/t\) と違うのは、「合体の瞬間」という特別な時刻があるからです。GW150914 は 35 Hz から 0.19 秒、中性子星は 37 秒。

GW170817 で \(|\Delta v|/c<4\times10^{-16}\)。偏光が 45° なのはスピン 2 = 二階テンソルだから ── スピン・多重極の次数・偏光角は同じことの三つの言い方。そして LIGO の感度はすでに標準量子限界の近くで、第 22 回のスクイーズド光がそこで使われています。

★ 電磁波が双極子の二階微分なら、重力波は四重極の三階微分。
そして測る量は長さの比 ── 無次元だけが物理、がここでは定義だった。

この文書は「考える波」シリーズ第 24 回です。計算は kenshou/juryoku.js で行っています。本回の数値について:\(h\)、ピークパワー、質量などはいずれも LIGO-Virgo の公表値からの代表値で、本稿が解析したものではありません。チャープ質量からの「35 Hz から合体まで」は点粒子近似のニュートン的(0 次ポスト・ニュートン)計算で、実際の波形は高次補正とスピンを含みます ── 0.19 秒 という値はその近似での数字です。エネルギー流束 3 mW/m² は \(h=10^{-21}\)、\(f=100\) Hz を代入した瞬間値で、実際のピークは数十ミリ秒しか続きません(時間平均すればずっと小さい)。満月の放射照度は約 \(10^{-3}\) W/m² という代表値と比べています。重力子の質量上限はパラメータ化された分散関係による LIGO-Virgo の代表値で、模型依存性があります。「観測可能な宇宙の星 全部」の光度 \(10^{49}\) W は非常に粗い見積もりです。パルサータイミングアレイの結果(2023)は複数チームから報告されていますが、超大質量ブラックホール連星起源かどうかは確定していません。第 07 節の SQL は第 22 回と同じ自由質量の式で、実際の LIGO の雑音予算はもっと複雑です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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