考える波 第 18 回 / 第 VIII 部・実効定数を微分する

あなたの体重の 99 % は、閉じ込められた波のエネルギー

質量はどこから来るのか ──
箱に入れるか、媒質に浸すか 陽子の質量 938 MeV のうち、クォークの質量の合計は たった 9 MeV
残りの 99 % は ── 閉じ込められた場のエネルギーです。
★ 波の言葉では:箱に閉じ込めた波には、最低周波数がある。

必要な道具:第 5, 6, 16, 17 回計算:kenshou/dokoka.js

第 17 回で「質量とは分散関係の切片と曲率のこと」と分かりました。では、その切片は誰が作っているのか。
調べたら、作り方が二通りありました ── そして波の言葉では、それは同じ一つのことでした。

01陽子の質量の内訳

粒子質量 [MeV]備考
陽子938.2721uud
u クォーク2.16\(\overline{\rm MS}\)、2 GeV
d クォーク4.67\(\overline{\rm MS}\)、2 GeV
u + u + d の和8.99★ 陽子の 0.96 %
残り929.28★ 99.04 %

01節の中心

陽子の質量の 99 % は、クォークの質量ではありません。では何なのか ── 閉じ込められた場のエネルギーです。

★ 波の言葉ではこうなります ──

箱に閉じ込めた波には、最低周波数がある。
その最低周波数が、質量として見える。

第 6 回の「質量=遮断周波数」が、そのまま出どころの説明になっていました。

02箱に入れるだけで、質量が出る

境界条件が波数を下から止める $$\text{一次元の箱}:\ k=\frac{\pi}{L}\ \Rightarrow\ E=\frac{\pi\hbar c}{L},\qquad \text{球の箱(最低)}:\ kR=2.04\ \Rightarrow\ E=\frac{2.04\,\hbar c}{R}$$

\(\hbar c=197.327\) MeV·fm

閉じ込めの寸法一次元 \(\pi\hbar c/L\)球 \(2.04\hbar c/R\)比較
0.50 fm1239.8 MeV805.1 MeV
0.84 fm738.0 MeV479.2 MeV★ 陽子の電荷半径
1.00 fm619.9 MeV402.5 MeV核子の目安
5.00 fm124.0 MeV80.5 MeV重い原子核

1 fm に閉じ込めるだけで、数百 MeV が出ます。陽子の 938 MeV と同じ桁です。

逆に解いてみる ── 質量ゼロのクォーク 3 個が全部 担うとしたら $$3\times\frac{2.04\,\hbar c}{R}=938.3\ \text{MeV}\quad\Longrightarrow\quad R=1.287\ \text{fm}$$

実測の電荷半径 0.841 fm ── 1.53 倍 のずれ

ここで正直に書いておくこと

1.5 倍 のずれ。桁は合っていますが、それだけです。
これは「閉じ込めで質量が出る」ことの桁の確認であって、陽子質量の計算ではありません。本物は格子 QCD で、いまは 1 % の精度で再現されています。
本稿がやったのは、「なぜ数百 MeV なのか」が \(\hbar c/\)(1 fm)で決まっていることを見ただけ。

03もう一つの出どころ ── 凝縮体との結合

第 17 回で、超伝導体の中の光子が質量を持つのを見ました。素粒子でも同じことが起きています ── ヒッグス場という凝縮体。

結合の強さを、質量から逆算する $$m_f=\frac{y_f\,v}{\sqrt2},\qquad v=246.22\ \text{GeV}\quad\Longrightarrow\quad y_f=\frac{\sqrt2\,m_f}{v}$$
粒子質量 [MeV]湯川結合 \(y\)電子の何倍
電子0.511\(2.94\times10^{-6}\)1
u クォーク2.16\(1.24\times10^{-5}\)4.2
ミューオン105.7\(6.07\times10^{-4}\)207
タウ1776.9\(1.02\times10^{-2}\)3478
b クォーク4180\(2.40\times10^{-2}\)8180
t クォーク1726900.9919\(3.4\times10^5\)

03節 ── トップだけ \(y\approx1\)

\(y_{\rm top}=0.9919\) ── ほとんど ちょうど 1 です。ほかは全部 1 より小さい。

そして電子からトップまで、結合の幅は 5 桁半(\(3.4\times10^5\) 倍)。
なぜこんなに開いているのか ── 誰も知りません。

★ これがフレーバーの階層問題で、第 15 回の「\(\alpha\) の値の由来」と同じ種類の、開いたままの扉です。

04質量も走る ── ここは文字どおり積分値

第 5 回で結合定数が \(\ln\mu\) について走りました。質量も走ります。

一ループなら閉じた形で解ける $$\frac{d\ln m}{d\ln\mu}=-\gamma(\alpha_s)\quad\Longrightarrow\quad m(\mu)=m(\mu_0)\Bigl[\frac{\alpha_s(\mu)}{\alpha_s(\mu_0)}\Bigr]^{\gamma_0/2\beta_0},\quad \gamma_0=8,\ \beta_0=11-\tfrac{2n_f}{3}$$
スケール \(\mu\) [GeV]\(\alpha_s(\mu)\)\(m_b(\mu)\) [GeV]\(m_\tau\) [GeV]\(m_b/m_\tau\)
4.180.211854.18001.77692.3525
91.19(\(m_Z\))0.117903.10721.77691.7487
\(10^3\)0.089692.65761.77691.4957
\(2.79\times10^7\)──1.77691.77691.0000
\(10^{16}\)0.022471.20511.77690.6782

04節 ── 「定数は積分値」が、質量でも成り立つ

\(m_b(m_Z)=3.107\) GeV(文献値 約 2.83 GeV ── 二ループ以上を入れた値)。一ループなので 9 % ずれますが、「4.18 → 3.1」という走りは出ています。

★ ここで注意が要ります ── \(m_b(\mu)\) は次元を持つ量です。第 7 回の結論からすると、これ自体は「帳簿」のはず。観測にかかるのは比のほうです。

そこで \(m_b/m_\tau\) を見ました(\(\tau\) は QCD で走らないので、比が動く)。
\(\mu=2.8\times10^7\) GeV で、b クォークとタウの質量が一致します。そして大統一スケール \(10^{16}\) GeV では \(m_b/m_\tau=0.68\) ── 1 に近づきますが、一致はしません。

これは既知の結果です(標準模型のままでは b-τ 統一は成立せず、超対称性を入れると改善する、というのが定番の議論)。本稿は一ループで再現しただけです。

05慣性質量と重力質量 ── 波として見ると同じもの

実験\(\eta=2|a_1-a_2|/(a_1+a_2)\) の上限
エトヴェシュ(1908)\(5\times10^{-9}\)
ディッケ(1964)\(1\times10^{-11}\)
Eöt-Wash(2008)\(2\times10^{-13}\)
MICROSCOPE(2022)\(1\times10^{-15}\)

05節 ── 等価原理の、波としての言い方

重力とは「場所によって時計の進み方が違う」ことでした(第 16 回の \(c_{\rm eff}\))。
そして分散関係は、その時計に対して書かれています。

だから、どんな波も同じだけ影響を受ける ── 中身によらない。
これが「重力質量=慣性質量」の、波としての言い方です。

逆に言えば ── 等価原理が破れるのは「波の種類によって時計が違う」ときだけ。だから第五の力を探すのです。

06質量の階層 ── 29 桁

粒子質量 [MeV]電子の何倍備考
ニュートリノ(上限)\(\sim10^{-7}\)\(2\times10^{-7}\)宇宙論からの和の上限 \(\sim0.1\) eV
電子0.5111
陽子938.31836★ 99 % は閉じ込め
W ボソン80377\(1.6\times10^5\)
t クォーク172690\(3.4\times10^5\)★ \(y\approx1\)
プランク質量\(1.22\times10^{22}\)\(2.4\times10^{22}\)★ \(\sqrt{\hbar c/G}\)

ニュートリノからプランク質量まで 29 桁。そしてトップからプランクまでだけで \(7.1\times10^{16}\) 倍 ── これが階層問題です。

07出どころは三つ。そして二つは同じもの

出どころ仕組み効くところ
① 閉じ込め境界条件が最低周波数を作る陽子の 99 %
② 凝縮体背景場との結合が切片を作るクォーク・レプトン
③ 走りスケールによって変わる分\(m_b:4.18\to3.1\) GeV

07節 ── この回いちばんの発見

★ ① と ② は、波の言葉では同じことです ──

どちらも「分散関係に切片を作る」操作。
① は境界条件で作り、② は背景場で作る。

第 6 回で「質量は遮断周波数」と書きました。本回で分かったのは ── ★ その遮断周波数の作り方が二通りある、ということでした。
箱に入れるか、媒質に浸すか。

そして第 17 回の超伝導体は、まさに②の実例でした(凝縮体が光子に切片を作る)。第 16 回の導波管は①でした(境界が光子に切片を作る)。
導波管の光子と、超伝導体の光子と、陽子と、電子 ── 四つとも同じ機構で質量を得ています。

練習問題

  1. 「あなたの体重の 99 % は何か」に、一文で答えよ。
    答えを見る
    陽子と中性子の中に閉じ込められた、グルーオン場と運動エネルギーです。
    体重のほとんどは核子の質量で、核子の質量の 99 % は閉じ込めのエネルギー ── ヒッグス由来(クォークの素の質量)は 1 % ほどしかありません。
    ★ 「ヒッグス粒子が質量を与えている」という説明はよく聞きますが、身の回りの質量に関する限り、それは 1 % の話です。
  2. 導波管の中の光子・超伝導体の中の光子・陽子、この三つの共通点は。
    答えを見る
    三つとも「分散関係に切片ができた」状態です。
    導波管:境界条件で \(\omega_c=\pi c/a\)(第 6 回)
    超伝導体:凝縮体との結合で \(\omega_c=c/\lambda_L\)(第 17 回、ニオブで 5.06 eV)
    陽子:閉じ込めで \(\omega_c\sim2.04c/R\)(本回)
    作り方は境界条件か背景場かの違いだけで、出てくるものは同じ「質量」です。
  3. 「質量は積分値である」という第 3 回の仮説は、質量については当たったのか。
    答えを見る
    半分 当たりました ── ただし積分変数は時間ではなく \(\ln\mu\) でした。
    \(\ln m(\mu)=\ln m(\mu_0)-\int\gamma(\alpha_s)\,d\ln\mu\) ── これは文字どおり積分です(本回 04節)。
    ★ ただし第 7 回の但し書きが効きます ── \(m(\mu)\) 自体は次元を持つので「帳簿」で、観測にかかるのは \(m_b/m_\tau\) のような比のほう。
    第 5 回の結合定数とまったく同じ構造です:走るのは本物、でも意味があるのは無次元量だけ。

まとめ 切片の作り方は、二通りしかない

陽子の質量 938.27 MeV のうち、クォークの質量の合計は 8.99 MeV ── 0.96 %。残りの 99 % は閉じ込められた場のエネルギーです。あなたの体重の 99 % も、これ。

波の言葉では単純です ── 箱に閉じ込めた波には最低周波数がある。\(\pi\hbar c/L\) は 1 fm で 620 MeV で、陽子と同じ桁。逆算すると \(R=1.29\) fm(実測 0.841 fm、1.5 倍 のずれ ── 模型の粗さです)。

もう一つの出どころは凝縮体との結合。湯川結合を逆算すると、\(y_{\rm top}=0.9919\) だけが 1 で、電子まで 5 桁半 開いています ── 誰も説明できていない階層。

そして質量も走ります(\(m_b:4.18\to3.11\) GeV、一ループ)。\(\mu=2.8\times10^7\) GeV で b とタウが一致し、\(10^{16}\) GeV では \(m_b/m_\tau=0.68\)。「定数は積分値」は質量でも成り立ちますが、積分変数は \(\ln\mu\) でした。

★ ① 閉じ込めと ② 凝縮体は、波の言葉では同じこと ──
どちらも「分散関係に切片を作る」操作。境界条件で作るか、背景場で作るか。

導波管の光子(第 6 回)、超伝導体の光子(第 17 回)、陽子、電子 ── 四つとも同じ機構で質量を得ています。

この文書は「考える波」シリーズ第 18 回です。計算は kenshou/dokoka.js で行っています。本回の数値について:クォーク質量は \(\overline{\rm MS}\) スキーム・2 GeV での PDG 値で、「クォークの質量」という量自体がスキーム依存です(構成子クォーク模型なら 300 MeV 程度になります)── 「99 % は閉じ込め」という言明は、カレントクォーク質量を使ったときの話です。球の箱の最低モード \(kR=2.04\) は MIT バッグ模型の値ですが、本稿の逆算(\(R=1.29\) fm)はバッグ圧やゼロ点補正を無視した粗い見積もりで、陽子質量の計算ではありません。湯川結合はツリーレベルの関係 \(m=yv/\sqrt2\) からの逆算で、スケール依存を無視しています(\(y_{\rm top}\) も同様)。走る質量は一ループのみで、文献値 \(m_b(m_Z)\simeq2.83\) GeV より 9 % 大きく出ます ── 二ループ以上とクォーク閾値の扱いを入れると改善します。\(m_b/m_\tau\) の議論で \(\tau\) を一定としましたが、実際は QED でわずかに走ります。b-τ 統一についての評価は標準的な文献の要約で、本稿の主張ではありません。等価原理の上限値は各実験の代表値です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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