考える波 第 16 回 / 第 VIII 部・実効定数を微分する
定義値の抜け道は、分散関係にあった
実効光速 ──
定義値でも、微分はできる
第 4 回で「\(c\) は定義値だから微分できない」と書きました。でも光が実際に進む速さは変わります。
波の言葉では、光速とは分散関係の傾き \(d\omega/dk\) のこと ──
★ だから「光速を微分する」とは、分散関係を二階微分することでした。
「\(c\) が変わる」という話は、たいてい怪しいものです。でも怪しくない \(c\) の変化が、いくつも実在します。
そのどれもが、結局は無次元量の変化でした ── 第 7 回の結論が、ここでもそのまま効きます。
01光速とは、分散関係の傾きのこと
★ 群速度は分散関係の「傾き」── だから光速を微分するとは、分散関係を二階微分すること
| 系 | 分散関係 | \(v_p\) | \(v_g\) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 真空 | \(\omega=ck\) | \(c\) | \(c\) | 傾き一定。曲がらない |
| 導波管・プラズマ | \(\omega^2=\omega_c^2+c^2k^2\) | \(>c\) | \(| ★ \(v_pv_g=c^2\)(第 6 回) | |
| クライン=ゴルドン | \(\omega^2=(mc^2/\hbar)^2+c^2k^2\) | \(>c\) | \(| 同じ式。質量が遮断周波数 | |
| 媒質(分散あり) | \(\omega=ck/n(\omega)\) | \(c/n\) | \(c/n_g\) | \(n_g=n+\omega\,dn/d\omega\) |
| 拡散(第 11 回) | \(\omega=-iDk^2\) | 純虚数 | ── | 伝播しない |
01節の中心
「光速が変わる」とは、分散関係が直線から曲がることです。
そして第 6 回で見たとおり、曲がり方の \(k=0\) での切片が質量でした ── ★ 光速と質量は、同じ曲線の別の場所を見ているだけ。
02媒質 ── ここは本物。しかも二階微分が使われている
石英ガラスの屈折率を、セルマイヤーの式から計算しました。
| 波長 [nm] | \(n\) | \(n_g\) | \(v_g\) [m/s] | 用途 |
|---|---|---|---|---|
| 486 | 1.46313 | 1.49238 | \(2.009\times10^8\) | 水素 F 線 |
| 589 | 1.45841 | 1.47902 | \(2.027\times10^8\) | ナトリウム D 線 |
| 633 | 1.45701 | 1.47538 | \(2.032\times10^8\) | He-Ne レーザー |
| 1310 | 1.44680 | 1.46164 | \(2.051\times10^8\) | ★ 零分散に近い |
| 1550 | 1.44402 | 1.46260 | \(2.050\times10^8\) | ★ 損失最小(長距離通信) |
02節の中心 ── 通信インフラは二階微分を使っている
材料分散が消えるのは \(d^2n/d\lambda^2=0\) のところです。二分法で探すと:
零材料分散波長 \(=1272.8\) nm(文献値 約 1270 nm)
★ 光ファイバ通信が 1310 nm と 1550 nm を使う理由が、ここにあります ── 1310 nm は分散が消える波長、1550 nm は損失が最小の波長。
そして「分散が消える」とは、屈折率の二階微分がゼロということ。光速の「変化率の変化率」を、通信インフラが日常的に使っています。
03重力 ── 実効光速が場所で変わる
★ 微分できてしまった ── ただし変えているのは \(c\) ではなく無次元量 \(2\Phi/c^2\)
| 場所 | \(2GM/(rc^2)\) | \(c_{\rm eff}/c\) |
|---|---|---|
| 地表 | \(1.39\times10^{-9}\) | 0.999999999 |
| 太陽表面 | \(4.25\times10^{-6}\) | 0.999995755 |
| 白色矮星(表面) | \(2.53\times10^{-4}\) | 0.999746864 |
| 中性子星(表面) | 0.345 | 0.655 |
弱い場では \(10^{-6}\) 以下。でも経路に沿って積分すると、測れる大きさになります ── シャピロ遅延です。
| 経路 | 衝突径数 \(b\) | 片道の遅れ | 往復の遅れ |
|---|---|---|---|
| 地球 → 金星(上合) | \(1.0\,R_\odot\) | 116.3 µs | 232.6 µs |
| 地球 → 火星(バイキング 1976) | \(1.2\,R_\odot\) | 120.0 µs | 240.1 µs |
| 地球 → カッシーニ(2002 上合) | \(1.6\,R_\odot\) | 131.2 µs | 262.4 µs |
03節の結論 ── すでに 5 桁 で測られている
カッシーニの往復 262 µs ── これを \(10^{-5}\) の精度で測ったのが、第 7 回で出てきたカッシーニの制限 \(\gamma-1=(2.1\pm2.3)\times10^{-5}\) です。
★ 「実効光速の変化」は、すでに 5 桁 の精度で測定済みの量でした。
ただし注意 ── これは座標で測った速さです。その場で測れば、いつでもぴったり \(c\)。
「遅れ」として観測できるのは、離れた二点を結んだときだけ ── だから局所的には何も変わっていません。
04真空そのものを変える ── 二つの本物の効果
その 1:強い磁場の真空複屈折(オイラー=ハイゼンベルク)。磁場のある真空は、偏光の向きで屈折率が違います。
| 磁場 \(B\) [T] | \(\Delta n\) | どこ |
|---|---|---|
| 1 | \(3.97\times10^{-24}\) | ふつうの電磁石 |
| 5 | \(9.94\times10^{-23}\) | PVLAS 実験(挑戦中) |
| 45 | \(8.05\times10^{-21}\) | 定常強磁場の世界記録級 |
| \(10^8\) | \(3.97\times10^{-8}\) | 中性子星 |
| \(10^{11}\) | \(3.97\times10^{-2}\) | ★ マグネター ── 真空が方解石なみに複屈折する |
その 2:シャルンホルスト効果。カシミール板の間では真空のモードが減るので、光がわずかに速くなります。
\(d=1\) µm で \(1.6\times10^{-32}\)、\(d=1\) nm でも \(1.6\times10^{-20}\)
遅くするのは簡単、速くするのは難しい
実効光速は 7 桁 以上 遅くできます(ボース=アインシュタイン凝縮中で 17 m/s ── 自転車より遅い)。
ところが速くするほうは、理論値でも \(10^{-20}\) 程度が限界です。
★ この非対称性は偶然ではありません ── 遅くするには「共鳴を一つ置く」だけでよいが、速くするには「真空を薄くする」必要がある。
第 8 回の言葉では:吸収を足すのは簡単、引くのは難しい。
05群速度は \(c\) を超える。でも情報は超えない
第 8 回のローレンツ振動子を、もう一度 使います。共鳴の近くでは群速度が \(c\) を超え、さらに負にもなります。
| \(\omega/\omega_0\) | \(n\)(実部) | \(n_g\) | \(v_g/c\) | 様子 |
|---|---|---|---|---|
| 0.900 | 1.025753 | 1.238341 | 0.8075 | 通常 |
| 0.9915 | ── | 0.5193 | 1.926 | ★ \(v_g>c\) |
| 1.000 | 1.029086 | \(-22.04\) | \(-0.0454\) | ★ 負の群速度 |
| 1.0112 | ── | 0.5248 | 1.906 | ★ \(v_g>c\) |
| 5.000 | 0.999792 | 1.000226 | 0.99977 | 通常 |
共鳴の両脇に \(v_g>c\) の細い帯が二本あり、その内側では群速度が負になります。どちらも実験で確認されている本物の現象です(異常分散)。
| \(\omega/\omega_0\) | \(n(\omega)-1\) | \(-\omega_p^2/(2\omega^2)\) との比 |
|---|---|---|
| \(10\) | \(-5.051\times10^{-5}\) | 1.01012240 |
| \(10^2\) | \(-5.001\times10^{-7}\) | 1.00010022 |
| \(10^3\) | \(-5.000\times10^{-9}\) | 1.00000102 |
| \(10^4\) | \(-5.000\times10^{-11}\) | 1.00000008 |
05節の結論
高周波では \(n\to1\) に、きっちり \(-\omega_p^2/(2\omega^2)\) で近づきます(8 桁 一致)。
どんな媒質でも、十分高い周波数では真空と同じ ── だから「最初の一波」は必ず \(c\) で届く。
★ 群速度が何をしようと、情報は \(c\) を超えません。これは第 8 回の因果律(=解析性)の直接の帰結です ── 媒質が高周波で真空に戻ることと、応答が因果的であることは、同じ一つのことでした。
06では、結局 光速は微分できたのか
| 何を微分するか | 判定 | 中身 |
|---|---|---|
| \(dc/dt\) | × できない | \(c\) は定義値(第 4 回)。0 は取り決め |
| \(dc_{\rm eff}/d\Phi=2/c\) | ○ できる | ★ ただし中身は無次元量 \(2\Phi/c^2\) の微分 |
| \(dn/d\omega\) | ◎ できる | 無次元。分散そのもの。毎日 測られている |
| \(d^2n/d\lambda^2\) | ◎ できる | ★ 零分散波長 1272.8 nm。通信インフラが使う |
| \(dv_g/d\omega\) | ◎ できる | 群速度分散。パルスが広がる速さ |
06節 ── 答え
光速そのものは微分できない。でも屈折率は微分できる。
そして「実効光速が変わる」と言うとき、変わっているのはいつでも無次元量のほうでした ── \(n\)、\(2\Phi/c^2\)、\(B/B_c\)、\(\hbar/(m_ecd)\)。
★ 第 7 回の結論「当たるのは無次元量、外れるのは次元を持つ量」が、ここでもそのまま効いています。
「実効」という言葉は、次元を持つ量を無次元量で書き直す合図だった。
練習問題
- 「宇宙の初期には光速が違った」(VSL 理論)を、この回の言葉で評価せよ。
答えを見る
まず問い返すべきは 「何に対して違ったのか」 です。\(c\) は定義値なので、\(c\) だけを変えても単位の取り替えにしかなりません(第 4 回)。
意味を持たせるには、無次元量が変わったと言う必要があります ── たとえば \(\alpha=e^2/(4\pi\varepsilon_0\hbar c)\) が変わった、など。
★ ただしその場合、「\(c\) が変わった」のか「\(e\) が変わった」のかは区別できません。区別できない差は、物理的な差ではない ── これが第 4 回・第 7 回の結論そのものです。 - シャピロ遅延は「光が遅くなった」のか「道のりが伸びた」のか。
答えを見る
座標の取り方の問題で、どちらとも言えます。等方座標では「光速が \(1+2\Phi/c^2\) 倍 になった」と読め、別の座標では「空間が曲がって道のりが伸びた」と読めます。
★ 観測量は往復時間 262 µs だけで、その内訳は座標の言葉づかいです。
これは第 7 回の「\(GM/(Rc^2)=1/2\) は恒等式だった」と同じ構造 ── 綺麗な言い方が複数あるときは、観測量に戻って数えるしかない。 - \(v_g<0\)(負の群速度)のとき、パルスは出口から先に出てくる。これは因果律違反か。
答えを見る
違反ではありません。出てくるのは「入射パルスの前半分から、媒質が再構成したもの」です。
入射パルスは滑らかな関数なので、前半分にすでに後半分の情報が(解析接続の意味で)含まれている ── 媒質はそれを先取りしているだけ。
★ 決め手は前面速度です。入射波を「ある時刻より前は厳密にゼロ」にすると、出口でも厳密に \(x/c\) より前には何も出ません。本当に新しい情報は、\(c\) でしか進めない。
まとめ 定義値の抜け道は、分散関係にあった
波の言葉では、光速とは分散関係の傾き \(v_g=d\omega/dk\) のことです。だから「光速を微分する」とは、分散関係を二階微分すること ── 定数を微分するのではなく、曲線の曲がり具合を測る。
媒質では本物です。石英ガラスのセルマイヤーの式から零材料分散波長 1272.8 nm(文献値 約 1270 nm)が出ました ── 光ファイバ通信が 1310 nm を使う理由は、屈折率の二階微分がそこでゼロになるから。
重力では \(c_{\rm eff}=c(1+2\Phi/c^2)\)。\(dc_{\rm eff}/d\Phi=2/c\) と微分できてしまいますが、中身は無次元量 \(2\Phi/c^2\) の微分でした。これを積分したのがシャピロ遅延(カッシーニで往復 262 µs)で、すでに \(10^{-5}\) の精度で測られています。
真空そのものも変えられます ── 真空複屈折 \(\Delta n=3.97\times10^{-24}B^2\)(マグネターでは \(\Delta n\sim0.04\))、シャルンホルスト効果 \(10^{-32}\)。遅くするのは 7 桁 できるのに、速くするのは \(10^{-20}\) が限界。
そして群速度は \(c\) を超え、負にもなります。それでも情報は \(c\) を超えません ── \(n(\infty)=1\) を 8 桁 で確認しました。媒質が高周波で真空に戻ることと、応答が因果的であることは、同じ一つのことです。
★ 光速は微分できない。屈折率は微分できる。
「実効」とは、次元を持つ量を無次元量で書き直す合図だった。
分散関係を \(k=0\) のまわりで展開すると ── 0 次が質量、1 次が速度、そして 2 次がまた質量(有効質量)。
★ 質量の逆数は、分散関係の曲率でした。そしてグラフェンでは、質量ゼロ・実効光速 \(c/300\) の世界が実現しています。
この文書は「考える波」シリーズ第 16 回です。計算は kenshou/hikari.js で行っています。本回の数値について:セルマイヤー係数は溶融石英の標準値で、零分散波長は数値微分+二分法で求めた本稿の計算です(材料分散のみ。実際の光ファイバでは導波路分散が加わり、零分散波長は設計で 1310 nm 付近に寄せられます)。シャピロ遅延は \(\Delta t\simeq(2GM/c^3)\ln(4r_1r_2/b^2)\) という標準的な近似式で、天体の距離は代表値です ── カッシーニの測定は本稿の計算より遥かに精密なモデルで行われています。真空複屈折の係数は式から計算した値で、文献値 \(4.0\times10^{-24}\,\mathrm{T^{-2}}\) と一致しました。シャルンホルスト効果は式に代入しただけの値で、実験的な確認はまったくありません(測定の見込みもありません)。負の群速度・\(v_g>c\) は本稿のローレンツ模型での計算で、実際の実験(ワン=クワット=ドグリウ 2000 など)とは設定が違います。「座標光速」は座標の取り方に依存する量で、局所的に測る光速は常に \(c\) です ── この区別を曖昧にすると、VSL 理論をめぐる混乱と同じ穴に落ちます。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。