考える波 第 14 回 / 第 VI 部・階数を複素数まで広げる
乱流の \(-5/3\) は、分数階微分ではなかった
スペクトル指数の梯子 ──
整数から外れる理由は、三つしかない
この連載で出た傾きを一枚に並べると、ほとんどが整数か半整数です。
ところが乱流だけが \(-5/3\)、対流だけが \(-11/5\) ── 分母に 3 と 5 が出る。
★ 計算してみたら、その分母は次元行列の行列式でした。
第 2 回で作った辞書 ── 階数 \(\alpha\) の操作は \(6\alpha\) dB/oct、雑音の指数は \(\beta=-2\alpha\) ── で、ここまでの傾きは全部ひとつの目盛りに載ります。
載せてみると、外れ値が三つだけ見つかりました。
01まず、全部を一枚に並べる
| 現象 | 指数 \(\beta\) | 階数の言葉 | 出てきた回 | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| \(\omega^4\)(レイリー散乱) | \(+4\) | 二階微分を二乗 | 第 12 回 | ◎ 厳密 |
| \(+12\) dB/oct(加速度) | \(+2\) | 二階微分 | 第 1 回 | ◎ 厳密 |
| \(+6\) dB/oct(速度) | \(+1\) | 一階微分 | 第 1 回 | ◎ 厳密 |
| 白色雑音 | 0 | 何もしない | 第 2 回 | ◎ 定義 |
| \(1/f\) 雑音(ピンク) | \(-1\) | 半積分 \(\alpha=-1/2\) | 第 2 回 | ○ 実測 |
| コルモゴロフ乱流 | \(-5/3\) | ★ \(\alpha=-5/6\) | 本回 | ○ 実測 |
| ブラウン運動(赤) | \(-2\) | 一回積分 | 第 2 回 | ◎ 厳密 |
| ボルジャーノ=オブホフ | \(-11/5\) | ★ \(\alpha=-11/10\) | 本回 | △ 場合による |
| 2 次元のエンストロフィー | \(-3\) | \(\alpha=-3/2\) | 本回 | ○ 数値実験 |
| フィリップス(海の波) | \(-5\) | \(\alpha=-5/2\) | 本回 | ○ 実測 |
01節の中心
ほとんどが整数か半整数です。ところが三つだけ違う ── \(-5/3\)、\(-11/5\)、そして \(-7/3\)。
★ 分母に 3 と 5 が出てきます。これはどこから来たのか。
02\(-5/3\) は、2 元 1 次方程式の答えだった
コルモゴロフの仮定はたった一つです ── 「慣性領域のスペクトルは、エネルギー散逸率 \(\varepsilon\) と波数 \(k\) だけで決まる」。あとは次元を数えるだけ。
同じ解き方を、ほかのカスケードにも当てました。連立方程式を有理数で厳密に解いています(浮動小数点にすると 0.6666… になってしまうので)。
| カスケード | 使う量 | 出た式 |
|---|---|---|
| 3 次元エネルギー慣性領域 (コルモゴロフ 1941) | \(\varepsilon,\ k\) | \(E(k)=C\varepsilon^{2/3}k^{-5/3}\) |
| 2 次元エンストロフィー領域 (クライチナン 1967) | \(\eta,\ k\) | \(E(k)=C\eta^{2/3}k^{-3}\) |
| 受動スカラー・慣性対流領域 (オブホフ=コルシン) | \(\chi,\ \varepsilon,\ k\) | \(E_\theta(k)=C\chi\varepsilon^{-1/3}k^{-5/3}\) |
| ボルジャーノ=オブホフ (浮力が効く領域) | \(\chi,\ \beta g,\ k\) | \(E(k)\propto\chi^{2/5}(\beta g)^{4/5}k^{-11/5}\) |
| 圧力スペクトル (\(p\) は \(u^2\) のオーダー) | \(\varepsilon,\ k\) | \(E_p(k)\propto\varepsilon^{4/3}k^{-7/3}\) |
| 海面波の飽和領域 (フィリップス 1958) | \(g,\ \omega\) | \(F(\omega)=\alpha g^2\omega^{-5}\) |
どれも 2〜3 元の 1 次方程式を解いただけです。仮定は「この量とこの量だけで決まる」という一行だけ。
03分母の 3 と 5 は、行列式だった
前節の計算は、すべて「次元行列 \(M\) の逆行列を掛ける」ことでした。ならばクラメルの公式から、指数は必ず \((\text{整数})/\det M\) の形になるはずです。
★ 分母の 3 は、この行列式そのもの
| カスケード | \(|\det M|\) | 指数の分母 | 整合 |
|---|---|---|---|
| 3 次元エネルギー慣性領域 | 3 | 3, 3 | ○ |
| 2 次元エンストロフィー領域 | 3 | 3, 1 | ○ |
| 受動スカラー・慣性対流領域 | 6 | 1, 3, 3 | ○ |
| ボルジャーノ=オブホフ | 5 | 5, 5, 5 | ○ |
| 圧力スペクトル | 3 | 3, 3 | ○ |
| 海面波の飽和領域 | 1 | 1, 1 | ○ ★ だから整数 |
03節の中心 ── この回いちばんの発見
スペクトル指数の分母は、次元行列の行列式である。
\(-5/3\) の 3 も、\(-11/5\) の 5 も、\(-7/3\) の 3 も、すべて \(|\det M|\) の約数でした。
そしてフィリップスの \(\det M=1\) ── だから海の波の指数は整数 \(-5\) になる。
中身を見ると、こうなっています ──
・コルモゴロフ:\(\varepsilon\) の時間次元 \(-3\) が、そのまま \(\det=-3\)
・ボルジャーノ:温度の制約(\(\Theta^2\) と \(\Theta^{-1}\))が時間の式に噛んで \(\det=-5\)
・フィリップス:\(g\) と \(\omega\) だけなので \(\det=-1\)
★ ここが本回の主張です
「スペクトルの傾きが整数からずれるのは、次元行列の行列式が 1 でないからであって、分数階微分が物理法則に潜んでいるからではない」
第 2 回で「物理はほぼ整数階」と書きました。乱流はその反例に見えます。でも ──
★ 支配方程式(ナビエ=ストークス)は依然として整数階です。分数が出るのは統計をとった後 ── 階数ではなく、次元の割り算。
判定:これは本稿の整理であって、新しい主張ではありません。ただし第 2 回の仮説が乱流で破れていない、という確認にはなっています。
04音で確かめる ── 指数 \(\beta\) の雑音を作って測り返す
まず道具の確認です。狙った指数の雑音を作り、スペクトルを測り返します。一回の実現値だと数 % ばらつくので、4 回作って平均しました。
| 狙った \(\beta\) | 測った \(\beta\)(4 回平均) | 差 | ばらつき | 階数 \(\alpha=-\beta/2\) |
|---|---|---|---|---|
| 0 | \(+0.0369\) | \(+0.037\) | \(\pm0.059\) | 0 |
| \(-1\) | \(-0.9672\) | \(+0.033\) | \(\pm0.015\) | \(1/2\) |
| \(-5/3\) | \(-1.6231\) | \(+0.044\) | \(\pm0.015\) | \(5/6\) |
| \(-2\) | \(-1.9732\) | \(+0.027\) | \(\pm0.026\) | 1 |
| \(-11/5\) | \(-2.2100\) | \(-0.010\) | \(\pm0.009\) | \(11/10\) |
| \(-3\) | \(-2.9494\) | \(+0.051\) | \(\pm0.033\) | \(3/2\) |
ばらつきの範囲で一致。ここまでは道具の確認です。
05本題 ── 構造関数で見ると、2/3 が出る
乱流で実際に測られるのは、スペクトルよりも構造関数です。
| \(\beta\) | \(\zeta_2\) 理論 \((-\beta-1)\) | \(\zeta_2\) 実測 | 差 |
|---|---|---|---|
| \(-1.2\) | 0.2000 | 0.3098 | \(+0.110\) |
| \(-5/3\) | 0.6667 | 0.6952 | \(+0.029\) |
| \(-2\) | 1.0000 | 1.0064 | \(+0.006\) |
| \(-11/5\) | 1.2000 | 1.2021 | \(+0.002\) |
| \(-2.8\) | 1.8000 | 1.7681 | \(-0.032\) |
05節の結論
帯の中央(\(\beta=-2\sim-2.2\))では 3 桁 一致。端の \(\beta=-1.2\) が 0.11 ずれるのは誤差ではなく、\(\zeta_2=-\beta-1\) が成り立つのが \(-3<\beta<-1\) の内部で、端に近づくほど収束が遅いからです。
★ コルモゴロフの 2/3 乗則は、\(-5/3\) 乗則の言い換えにすぎません。
どちらも「エネルギー流量 \(\varepsilon\) と長さだけで決まる」という一行から出ます ── 別々の法則ではない。
06自然界の指数を集めてみる
| 現象 | 指数 | 判定 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 大気の風速(慣性領域) | \(-5/3\) | ○ 実測 | コルモゴロフ。多数の観測で確認 |
| 海面波(飽和領域) | \(-5\) | ○ 実測 | フィリップス。ただし \(-4\) という報告も多い |
| 音楽の音量ゆらぎ | 約 \(-1\) | △ 主張 | ヴォス=クラーク 1975。曲や測り方に依存 |
| 半導体の \(1/f\) 雑音 | 約 \(-1\) | ○ 実測 | 指数は 0.8〜1.4 に散る |
| 心拍間隔のゆらぎ | 約 \(-1\) | △ 主張 | 指標に使われるが解釈は分かれる |
| 宇宙マイクロ波背景放射 | 約 \(-1\) | ○ 実測 | ほぼスケール不変(\(n_s=0.965\)) |
| ブラウン運動の位置 | \(-2\) | ◎ 厳密 | 白色雑音の一回積分 |
06節 ── 「約 \(-1\)」が多すぎる
\(1/f\) は自然界でいちばんよく出てくる指数です。ところが ── ★ 起源は一つではありません。
緩和時間が対数一様に分布していれば \(1/f\) が出る、というのが最有力ですが、「なぜ対数一様なのか」は現象ごとに違います(半導体なら表面準位、宇宙背景放射ならインフレーション)。
第 2 回で「開いたままの扉」に入れたまま、いまも開いています。
★ ただし第 13 回の言葉を借りると、\(1/f\) は「対数一様 = スケール不変」の直接の帰結です。
\(\beta=-1\) は \(\alpha=1/2\)、そして \(\ln\omega\) について平坦 ── 虚数階の世界と、いちばん近いところにいる指数でした。
07梯子の全体像 ── 整数から外れる理由は三つ
| 出自 | 指数の型 | 例 | どこで出たか |
|---|---|---|---|
| 微分・積分の回数 | 整数 | \(\pm6n\) dB/oct | 第 1 回。局所的な法則から |
| 二乗(強度にする) | 整数 | \(\omega^4\) | 第 12 回。振幅 → パワー |
| 拡散(時間 1・空間 2) | 半整数 | \(\sqrt\omega,\ \alpha=1/2\) | 第 11 回。階数の不釣り合い |
| 因果律つきの半微分 | 半整数 | ワールブルグ | 第 2 回。\(\alpha=-1/2\) |
| 次元行列の行列式 | \(\det M\) の約数 | \(-5/3,\ -11/5\) | ★ 本回 |
| 臨界的な \(1/r^2\) | 複素数 | \(s_0=1.006\) | ★ 第 13 回。対数周期 |
07節 ── 三つに整理できた
指数が整数から外れる理由は、この連載の範囲では三つしかありませんでした:
1. 階数そのものが半端(拡散、ワールブルグ)── 第 2, 11 回
2. 次元合わせで分数が出る(乱流)── 本回
3. 階数が複素数になる(臨界 \(1/r^2\))── 第 13 回
そして1 と 3 は「法則の形」の話、2 は「統計の取り方」の話です。
★ 乱流の \(-5/3\) は二つ目であって、一つ目ではなかった ── ここが本回でいちばん言いたかったことです。
練習問題
- 海面波のフィリップス則が \(-5\) という整数になる理由を、この回の言葉で。
答えを見る
使う量が \(g\)(\(LT^{-2}\))と \(\omega\)(\(T^{-1}\))の二つだけで、次元行列が \(\begin{pmatrix}1&0\\-2&-1\end{pmatrix}\)、\(\det M=-1\) だからです。
クラメルの公式の分母が 1 なので、指数は必ず整数になる ── 整数になるかどうかは、最初から行列式で決まっていました。 - 「乱流は物理法則が分数階である証拠だ」という主張への反論を。
答えを見る
ナビエ=ストークス方程式は整数階です(時間 1 階、空間 2 階)。分数が出るのは、その解を統計的に平均したスペクトルのほうです。
つまり \(-5/3\) は方程式の性質ではなく、次元解析の割り算の性質。
★ 比較として、ワールブルグ・インピーダンスの \(\alpha=-1/2\) は方程式そのものが半階(拡散方程式を境界で解いた結果)── こちらは本物の分数階です。同じ「分数」でも出自が違う。 - \(1/f\) 雑音と第 13 回の虚数階微分は、どう関係するか。
答えを見る
どちらも「\(\ln\omega\) について平坦・周期的」という性質を持ちます。
\(1/f\):パワーが \(\ln\omega\) の単位区間あたり一定(オクターブごとに同じエネルギー)。
虚数階:位相が \(\ln\omega\) に比例(\(\ln\omega\) について周期的)。
★ 前者は振幅がスケール不変、後者は位相がスケール不変 ── 同じ対称性の、振幅側と位相側です。
ただしこれは対応関係の指摘であって、\(1/f\) の起源の説明ではありません。
まとめ 傾きの出自を三つに分ける
第 2 回の辞書(\(\beta=-2\alpha\))で、この連載の傾きを一枚に並べました。ほとんどが整数か半整数で、外れるのは乱流系の \(-5/3\)、\(-11/5\)、\(-7/3\) だけ。
その分母を追いかけたら ── ★ 次元行列の行列式でした。コルモゴロフは \(|\det M|=3\)、ボルジャーノ=オブホフは 5、そしてフィリップスは 1 なので整数 \(-5\)。整数になるかどうかは、最初から行列式が決めている。
数値でも確かめました ── 指数 \(\beta\) の雑音を作って測り返し(ばらつきの範囲で一致)、構造関数の指数が \(\zeta_2=-\beta-1\) になること(帯の中央で 3 桁)。コルモゴロフの 2/3 乗則は \(-5/3\) 乗則の言い換えにすぎません。
★ 指数が整数から外れる理由は三つ ──
階数が半端か、次元の割り算か、階数が複素数か。
そして乱流は二つ目でした。ナビエ=ストークスは整数階のままで、分数は統計をとった後に出てくる。
── 第 2 回の「物理はほぼ整数階」は、乱流でも破れていません。
成立した主張、否定された仮説、そしてまだ誰も閉じていない問い ── \(1/f\) の起源、\(\alpha\) の値の由来、そして \(10^{4}\sim10^{10}\) 年 という観測の空白帯。
この文書は「考える波」シリーズ第 14 回です。計算は kenshou/hashigo.js で行っています。本回の数値について:次元解析の連立方程式は有理数で厳密に解いています(浮動小数点だと 2/3 が 0.6666… になり、行列式との関係が見えなくなるため)。「分母は \(|\det M|\) を割り切る」はクラメルの公式の直接の帰結で、本稿が発見したものではありません ── 本稿がやったのは、この連載に出た指数を実際に当てはめて確認したことです。ボルジャーノ=オブホフの \(-11/5\) は成層乱流の理論的予言で、観測での確認は限定的です(\(-5/3\) との区別が難しい)。フィリップス則の指数は \(-5\) と \(-4\) の両方が報告されており、決着していません。構造関数と スペクトルの関係 \(\zeta_2=-\beta-1\) は \(-3<\beta<-1\) でのみ成り立ち、端では収束が遅くなります(表の \(\beta=-1.2\) がそれ)。実際の乱流には間欠性があり、高次の構造関数の指数はコルモゴロフの予言からずれます(\(\zeta_n\neq n/3\))── 本回はその手前、二次までの話に限っています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。