考える波 第 11 回 / 第 V 部・いろいろな物理量を波として見る
地面の温度と、電線の表皮は、同じ式
熱は、波として伝わらない ──
時間 1 階・空間 2 階という不釣り合い
拡散方程式の分散関係は \(\omega=-iDk^2\) ── 純虚数。伝播せず、その場で減衰します。
ただし周期的に温めると、周波数で決まる深さが現れる ── 昼夜は 12 cm、季節は 2.2 m。
そして地下 7 m では、季節が半年 ずれます。
第 IV 部で、波に課される制約が三つ出揃いました。ここからは個々の物理量を、この目で見ていきます。
最初は熱です ── そして「熱が伝わる」という日常語が、物理的には正しくないことが分かります。
01分散関係が、純虚数になる
| 方程式 | 分散関係 | \(\omega\) の型 | 振る舞い |
|---|---|---|---|
| 波動方程式 | \(\omega=ck\) | 実数 | 伝わる。減衰しない |
| クライン=ゴルドン | \(\omega^2=c^2k^2+\omega_c^2\) | 実数(遮断以上) | 伝わる(第 6 回) |
| 拡散方程式 | \(\omega=-iDk^2\) | ★ 純虚数 | 伝わらない。その場で減衰する |
01節の結論
「熱が伝わる」という日常語は、物理的には正しくありません。
熱は伝播しません。ただ、時間とともに広がって薄まるだけです。
02ただし「周期的に温める」なら、話が変わる
表面を \(\omega\) で振動させると(昼夜・季節・交流電流)、\(\omega\) を実数に固定して \(k\) を解くことになります。
02節の中心
実部と虚部が同じ大きさになります。だから ──
深さ \(\delta\) で振幅が \(1/e\) に落ち、同時に位相が 1 ラジアン遅れる。
★ 「減衰」と「遅れ」が、常に同じ長さで起きる。これが拡散の指紋です。
03地面の温度 ── 昼夜の波と、季節の波
土壌の熱拡散率 \(D=5\times10^{-7}\) m²/s で計算します。
| 周期 | \(\omega\) [rad/s] | 浸透深さ \(\delta\) [m] | 1 rad の遅れ |
|---|---|---|---|
| 1 時間 | \(1.7\times10^{-3}\) | 0.024 | 0.01 日 |
| 1 日 | \(7.3\times10^{-5}\) | 0.117 | 0.16 日 |
| 1 か月 | \(2.4\times10^{-6}\) | 0.642 | 4.77 日 |
| 1 年 | \(2.0\times10^{-7}\) | 2.241 | 58.1 日 |
| 100 年 | \(2.0\times10^{-9}\) | 22.41 | 5813 日 |
昼夜の波は 12 cm、季節の波は 2.2 m。だから地下 1 m では昼夜の変動が \(e^{-8.5}\approx0.02\ \%\) に落ち、季節の変動だけが残ります。
そして位相の遅れが、面白いことを起こします。
| 深さ [m] | 振幅(地表比) | 位相遅れ [rad] | 遅れ [日] | |
|---|---|---|---|---|
| 0.00 | 1.0000 | 0.000 | 0.0 | |
| 1.00 | 0.6401 | 0.446 | 25.9 | |
| 2.24 | 0.3679 | 1.000 | 58.1 | ★ 振幅 \(1/e\) |
| 5.00 | 0.1074 | 2.231 | 129.7 | |
| 7.04 | 0.0432 | 3.142 | 182.6 | ★★ 半年 ずれる |
| 10.00 | 0.0115 | 4.462 | 259.4 |
03節の中心
深さ \(\pi\delta=7.0\) m で、季節が半年 ずれます。
地下 7 m は「冬に最も暖かく、夏に最も冷たい」。
★ 昔の氷室や地下貯蔵庫が効くのは、この位相遅れのおかげでした。
振幅が \(1/23\) に落ちていることと、位相が半年 ずれていることの、両方が効いている。
04まったく同じ式が、電磁気に出る
良導体の中では、マクスウェル方程式が拡散方程式になります。
★ 熱伝導と一字一句 同じ形。\(D\) が違うだけ
| 周波数 | 銅の表皮深さ \(\delta\) |
|---|---|
| 50 Hz(商用) | 9.23 mm |
| 1 kHz | 2.06 mm |
| 1 MHz | 65.2 μm |
| 1 GHz | 2.06 μm |
| 10 GHz | 652 nm |
銅の「電磁拡散率」は、土の熱の \(2.7\times10^4\) 倍
\(D_{\text{em}}=\rho/\mu=1.34\times10^{-2}\) m²/s に対し、土壌の熱拡散率は \(5\times10^{-7}\) m²/s。
だから電磁場は浅く速く効きます ── 高周波の電線が「中空でよい」のも、コネクタに金メッキが効くのも、これ。
★ そして地面の温度と、まったく同じ数式から出ています。
05微積分の言葉では、何が起きているのか
| 方程式 | 時間の階数 | 空間の階数 | 性質 |
|---|---|---|---|
| 波動方程式 | 2 | 2 | ○ 可逆。伝播する |
| 拡散方程式 | 1 | 2 | ★ 不釣り合い。不可逆・伝播しない |
| シュレーディンガー | 1 | 2 | ○ 可逆(\(i\) のおかげ、第 10 回) |
05節の中心
時間 1 階・空間 2 階だと \(\omega\propto k^2\) となり、\(\omega\) が純虚数になります。
「伝わらない」の起源は、階数の不釣り合いでした。
そしてシュレーディンガー方程式はまったく同じ階数の組み合わせなのに、\(i\) が一つ入るだけで可逆になり、波として伝播します ──
★ 拡散方程式が「虚時間のシュレーディンガー方程式」と呼ばれる所以です。実際 \(t\to-it\) で二つは移り合います。
06では、熱を「波として」伝えられるのか ── できます
拡散方程式に時間 2 階の項を足すと、双曲型になります(カッタネオ)。
| 物質 | 緩和時間 \(\tau\) | 遮断 \(1/\tau\) | 第二音の速さ \(\sqrt{D/\tau}\) |
|---|---|---|---|
| 金属(電子) | \(10^{-11}\) s | \(1.6\times10^{10}\) Hz | 3162 m/s |
| 誘電体 | \(10^{-12}\) s | \(1.6\times10^{11}\) Hz | 1000 m/s |
| 超流動ヘリウム | \(10^{-5}\) s | \(1.6\times10^{4}\) Hz | 3.2 m/s |
06節の中心 ── 第 6 回とは、逆向きの遮断
遮断周波数 \(\omega_c=1/\tau\) を境に、拡散から波へ切り替わります。
第 6 回の質量は「低域遮断」でしたが、こちらは「高域で波になる」── 逆向きです。
ふつうの物質では遮断が \(10^{10}\sim10^{11}\) Hz ── 日常では届きません。だから熱は「拡散するもの」に見える。
しかし超流動ヘリウムでは \(\tau\) が \(10^6\) 倍 長く、遮断が 10 kHz 級。そこでは熱が本当に波として伝わります ── 第二音(1944 年に観測)。
練習問題
- なぜ地下室は夏に涼しく、冬に暖かいのか。二つの理由を挙げよ。
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① 振幅が減衰している(深さ 2.24 m で \(1/e\)、7 m で \(1/23\))── 温度変動そのものが小さい。
② 位相が遅れている(7 m で半年)── 地表が夏のとき、地下は「半年前の冬の温度」。
浅い地下室は ① だけ、深い地下室は ①+② の両方が効きます。7 m より深くすると、こんどは逆位相が崩れて単に一定温度に近づきます。 - 高周波の電線を中空にしてよい理由を、数字で。
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1 GHz で銅の表皮深さは 2.06 μm。電流はその程度の厚さにしか流れません。
直径 1 mm の線なら、断面積の \(\approx4\delta/d=0.8\ \%\) しか使われていない ── 中身の銅は 99 % が無駄。
だから導波管は中空でよく、表面の仕上げ(と金メッキ)だけが効きます。 - 「熱は伝わらない」と言いながら、なぜ火のそばは熱いのか。
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その熱は伝導ではなく、放射と対流だから。
放射は電磁波(\(\omega=ck\)、実数)なので、文字どおり伝播します ── 光速で。対流は物質そのものの移動。
本回が扱ったのは伝導だけで、伝導が支配的な場面(金属棒の中、地面の中、基板の中)では確かに「伝わらず、薄まる」。
★ 三つの熱移動のうち、拡散方程式に従うのは伝導だけです。
まとめ 伝わるか、薄まるかは、階数で決まる
拡散方程式の分散関係は \(\omega=-iDk^2\) ── 純虚数。伝播せず、その場で減衰します。「熱が伝わる」は物理的には正しくない。
ただし周期的に温めると、浸透深さ \(\delta=\sqrt{2D/\omega}\) が現れます。実部と虚部が同じ大きさなので、減衰と位相遅れが常に同じ長さで起きる ── これが拡散の指紋です。
地面では昼夜が 12 cm、季節が 2.2 m。そして深さ 7.04 m で季節が半年 ずれます ── 氷室や地下貯蔵庫が効く理由。
まったく同じ式が電磁気にも出ます ── 表皮効果。\(D=\rho/\mu\) に置き換えるだけで、銅の 50 Hz が 9.2 mm、1 GHz が 2.1 μm。地面の温度と、同じ数式でした。
不可逆の起源は時間 1 階・空間 2 階という不釣り合い。同じ階数でも \(i\) が入ると可逆になる(シュレーディンガー)── 拡散方程式は「虚時間のシュレーディンガー方程式」。
そして時間 2 階の項を足すと、遮断周波数の上で熱が波に変わる。
── 超流動ヘリウムでは、実際に観測されている。
そして問いはこれです:なぜ放射には加速度が要るのか。
答えは階数にありました ── 遠方場だけが二階微分を拾う。そして電子が原子核に落ちない理由も、そこから出ます。
この文書は「考える波」シリーズ第 11 回です。計算は kenshou/netsu.js で行っています。本回の数値について:土壌の熱拡散率 \(D=5\times10^{-7}\) m²/s は代表値で、含水率・密度により 2〜3 倍は変わります(乾いた砂で \(2\times10^{-7}\)、湿った粘土で \(6\times10^{-7}\) 程度)── したがって「季節の波 2.2 m」「半年ずれる深さ 7 m」も同程度の幅を持ちます。また実際の地温は、地表の年平均温度のまわりで振動するだけでなく、地熱勾配(\(\approx25\) K/km)と積雪・植生の影響を受けます。表皮深さの式は「良導体(\(\sigma\gg\omega\varepsilon\))」の近似で、高周波では成り立たなくなります。カッタネオ方程式の緩和時間 \(\tau\) は物質により定義が異なり、表の値は桁の目安です ── 超流動ヘリウムの第二音の速さは実測で 20 m/s 程度で、本稿の単純な \(\sqrt{D/\tau}\) 見積もり(3.2 m/s)とは一桁ずれます(二流体模型で扱うべき現象のため)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。