考える波 第 7 回 / 第 III 部・物理を波として見る

負けた仮説も、そのまま載せる

二つの推測を、採点する ──
1/2 ぴったりの数字が、恒等式だった 「質量は宇宙の重力の積分」── 計算すると \(GM/(Rc^2)=0.500000\)。ぴったり 1/2。
しかし代入すると \(G\) も \(c\) も \(H\) も消えます。恒等式でした。
そして検証可能な形(ブランス=ディッケ)は、\(10^{-5}\) の精度で棄却されています。

必要な道具:第 4, 6 回計算:kenshou/shitsuryo.js

このシリーズの出発点には、二つの具体的な推測がありました ── 「質量は宇宙年齢ぶんの重力の積分値かもしれない」「光速は情報量の積分値かもしれない」。
どちらも由緒ある方向です。計算して、採点します。

01マッハ原理 ── 150 年の歴史がある考え

これは思いつきではありません。

1883
マッハ慣性は、宇宙の全物質との関係で決まる
1953
シャマそれを式にすると \(\sum_i Gm_i/(r_ic^2)\approx1\)

「宇宙のすべての質量からの重力ポテンシャルの和が、ちょうど \(c^2\) 程度」。実際に計算します。

数値を入れる $$H_0=2.184\times10^{-18}\ \text{s}^{-1},\quad R=c/H_0=1.373\times10^{26}\ \text{m}\ (145\ \text{億光年})$$ $$\rho_c=\frac{3H_0^2}{8\pi G}=8.533\times10^{-27}\ \text{kg/m}^3,\quad M=\rho_c\cdot\frac43\pi R^3=9.241\times10^{52}\ \text{kg}$$ $$\boxed{\ \frac{GM}{Rc^2}=0.500000\ }$$

ぴったり 1/2 です。偶然でしょうか。

02答え ── 偶然ではなく、恒等式でした

代入して整理する $$M=\rho_c\cdot\frac43\pi R^3=\frac{3H^2}{8\pi G}\cdot\frac43\pi\frac{c^3}{H^3}=\frac{c^3}{2GH}$$ $$\frac{GM}{Rc^2}=\frac{G\cdot\dfrac{c^3}{2GH}}{\dfrac{c}{H}\cdot c^2}=\frac{c^3}{2H}\cdot\frac{H}{c^3}=\frac12\qquad\textbf{★ 厳密に}$$

02節の中心

\(G\) も \(c\) も \(H\) も、全部 消えます。
「臨界密度の宇宙」と定義した時点で、この比は 1/2 に決まっている。

シャマの一致は、マッハ原理の証拠ではありません。平坦な宇宙であることの言い換えにすぎない ── 恒等式です。

ただし空振りでもありません。「宇宙がちょうど臨界密度である(平坦である)」こと自体は観測事実で、それがこの一致を成立させています。

これは「偶然の帯」の典型例です

姉妹シリーズ「わかる c·t=一定」第 III 部では、驚きをビット数で分類しています ── 恒等式なら 0 ビット、偶然なら 4〜7 ビット、本物ならそれ以上
今回の 1/2 は、きっちり 0 ビットでした。数値が綺麗に出たときは、まず代入して消えないかを確かめる ── それが手続きです。

03では、マッハ原理は検証できるのか ── できます

「慣性質量が宇宙の物質分布で決まる」を具体的な理論にしたのがブランス=ディッケ理論です。\(G\) を場 \(\phi\) に置き換え、\(\phi\) が物質分布で決まる。

ブランス=ディッケ $$\frac1G\ \longrightarrow\ \phi,\qquad \Box\phi=\frac{8\pi}{3+2\omega}T$$

\(\omega\to\infty\) で一般相対論に戻る。\(\omega\) が有限なら「質量は重力の積分」── マッハ的

測定結果意味
カッシーニ探査機(2003)\(\omega>4\times10^{4}\)電波の時間遅れから
一般相対論からのずれ\(\propto1/(2+\omega)<2.5\times10^{-5}\)マッハ的な効果の上限

03節の判定

「質量は重力の積分である」という考えは、実際に定式化して測ると \(10^{-5}\) の精度で否定されています。

⇒ 発想としては正しい方向でしたが、自然はそう作られていなかった。
重力定数は、宇宙の物質分布から「計算される量」ではないようです。

04「光速は情報量の積分」── まず何が計算できるか

こちらも由緒ある方向です。ホログラフィック原理を使うと、宇宙が保持できる情報量が計算できます。

ホログラフィック限界 $$l_P=1.616\times10^{-35}\ \text{m},\qquad A=4\pi R^2=2.369\times10^{53}\ \text{m}^2$$ $$\text{最大の情報量}=\frac{A}{4l_P^2\ln2}=3.27\times10^{122}\ \text{ビット}$$
計算回数の上限(マーゴラス=レヴィティン) $$\text{演算速度}\le\frac{2E}{\pi\hbar},\qquad E=Mc^2=8.31\times10^{69}\ \text{J}$$ $$\text{総演算回数}\le2.2\times10^{121}$$

宇宙は \(10^{122}\) ビットに対して \(10^{121}\) 回の演算をした ── ロイドの評価です。ここまでは、きちんと計算できます。

05しかし ──「\(c\) は情報の積分」にはならない

第 4 回で見たとおり、\(c\) は定義値です。情報の言葉で言い直すと、もっとはっきりします。

プランク単位 $$l_P=1.616\times10^{-35}\ \text{m},\qquad t_P=5.391\times10^{-44}\ \text{s}$$ $$\frac{l_P}{t_P}=2.998\times10^{8}\ \text{m/s}=c\qquad(\text{厳密に})$$

05節の判定

これは発見ではありません。プランク単位の定義がそうなっているだけです。
仮に時空が計算格子だとしても、\(c\) は「1 刻みで何マス進むか」── 格子の目盛りの読み替えであって、積分される量ではありません。

⇒ 「\(c\) は情報の伝わる最大速度」という言い方は正しい
しかしそれは \(c\) の定義であって、\(c\) が何かの積分だという意味にはなりません。

06では、情報から出てくる「定数」はあるのか ── あります

積分値として書ける情報的な量は実在します。エントロピーです。

ベッケンシュタイン=ホーキング $$S=\frac{A}{4l_P^2}k_B,\qquad T=\frac{\hbar c^3}{8\pi GMk_B}$$
質量温度 [K]蒸発時間 [年]
太陽質量\(6.17\times10^{-8}\)\(2.10\times10^{67}\)
地球質量\(2.05\times10^{-2}\)\(5.68\times10^{50}\)
1 kg\(1.23\times10^{23}\)\(2.67\times10^{-24}\)
プランク質量\(5.64\times10^{30}\)\(2.75\times10^{-47}\)

06節の中心

質量が温度を決め、温度が蒸発時間を決める。「定数」ではなく、互いに積分で結ばれた量の網です。

⇒ ★ ご提案の方向が実る場所は、定数そのものではなく定数どうしを結ぶ関係のほうにありました。

07採点

主張判定根拠
音声の微分=高周波◎ 厳密に正しい+6 dB/oct。第 1 回で実測
物理は微積分の連なり◎ そのとおりスペクトルを傾け続ける操作
積分定数=物理定数○ 正しい\(\omega=0\) は原理的に決められない
定数は積分値◎ 結合定数は文字どおり\(\alpha(\mu)\) はベータ関数の積分。実測済み
定数を微分したら△ 軸による時間では 0、\(\ln E\) では 0 でない
質量=重力の積分× 否定されているブランス=ディッケは \(10^{-5}\) で棄却
光速=情報の積分× 成り立たない\(c\) は定義値。次元を持つ量は積分できない

この回の結論 ── 当たる場所と外れる場所は、次元で分かれた

「すべてを波と見て、微積分で結ぶ」という枠組みは正しい。ただし ──

当たる:無次元量(\(\alpha\)、\(\mu\))。これらは本当に積分値で、走る。
外れる:次元を持つ量(\(c\)、\(\hbar\)、\(G\))。単位の取り方の問題に化けてしまう。

次に探すなら、無次元量です。標準模型には約 20 個の無次元パラメータがあり、そのうち「何かの積分」として導けたものは、まだ一つもありません。

練習問題

  1. 「綺麗な数字が出た」ときに、まず何を疑うべきか。
    答えを見る
    恒等式でないかを疑う。
    本回の \(GM/(Rc^2)=1/2\) がまさにそれで、定義を代入すると \(G, c, H\) が全部 消えました。入力が出力に現れない関係は、何も測っていません。
    手続きとしては「使った定義を全部 代入して、記号が残るか確かめる」── 残らなければ 0 ビットです。
  2. ブランス=ディッケが棄却されたのに、なぜマッハ原理は語られ続けるのか。
    答えを見る
    棄却されたのは特定の定式化だけだから。
    「慣性は関係で決まる」という発想自体は、一般相対論の枠組み(座標に依存しない記述、慣性系の引きずり=レンズ=ティリング効果)に部分的に取り込まれています。ただし「\(G\) が物質分布で決まる」という強い形は、\(10^{-5}\) で否定されている。
    ── 思想と定式化を分けるのが重要です。採点できるのは後者だけ。
  3. 「光速は情報の伝わる最大速度」は正しいのに、「光速は情報の積分」が誤りなのはなぜか。
    答えを見る
    前者は \(c\) の意味の説明、後者は \(c\) の由来の主張だから。
    \(c\) は 1983 年から定義値なので、由来を問うと「メートルの定義」に行き着いてしまいます。由来を問える量は無次元量だけ── たとえば「なぜ \(\alpha\approx1/137\) か」なら、まだ誰も答えていない本物の問いです。
    第 4 回の「次元付きは帳簿、無次元だけが物理」が、ここでも効いています。

まとめ 負けた二つと、勝った一つ

質量=重力の積分:シャマの関係を計算すると \(GM/(Rc^2)=0.500000\) ── ぴったり 1/2。しかし代入すると \(M=c^3/(2GH)\) で \(G\) も \(c\) も \(H\) も消え、臨界密度の宇宙では恒等式でした。そして検証可能な形(ブランス=ディッケ)はカッシーニが \(\omega>4\times10^4\) を出し、\(10^{-5}\) の精度で棄却されています。

光速=情報の積分:ホログラフィック限界は計算できます(\(3.3\times10^{122}\) ビット、\(2.2\times10^{121}\) 回の演算)。しかし \(l_P/t_P=c\) は定義であって発見ではない ── \(c\) は格子の目盛りの読み替えで、積分される量になりません。

実る場所は、定数そのものではなく定数どうしを結ぶ関係にありました ── ブラックホールの温度と蒸発時間のように。

当たる場所と外れる場所は、次元で分かれた。
無次元量は本当に積分値で走り、次元を持つ量は単位の問題に化ける。

この文書は「考える波」シリーズ第 7 回です。計算は kenshou/shitsuryo.js で行っています。本回の数値について:\(H_0=67.4\) km/s/Mpc(プランク衛星の値)を使いました ── ハッブル張力があるため、局所測定の値(73 前後)を使うと \(R\) と \(M\) が変わりますが、\(GM/(Rc^2)=1/2\) は恒等式なので影響を受けません(それがこの節の主旨です)。ブランス=ディッケの \(\omega>4\times10^4\) はカッシーニのシャピロ遅延測定による文献値で、本稿の計算ではありません。ホログラフィック限界とロイドの計算回数は、いずれも「地平線内を一つの系と見なす」という強い仮定に立つ見積もりです ── 定義の取り方(ハッブル地平/粒子的地平/事象の地平)で数字が変わります。ブラックホールの蒸発時間はシュワルツシルト解の標準公式で、実際には周囲の CMB からの吸収があるため、太陽質量級は現在の宇宙では蒸発しません(CMB より冷たいため)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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