考える波 第 6 回 / 第 III 部・物理を波として見る

波として見ると、質量の正体が出る

質量は、遮断周波数である ──
真空は導波管だった クライン=ゴルドン方程式の分散関係は \(\omega^2=c^2k^2+(mc^2/\hbar)^2\)。
これは導波管の式と、一字一句 同じ形です ── そして \(mc^2/\hbar\) が遮断周波数。
力の到達距離も、\(E=mc^2\) も、相対論のエネルギー関係も、全部ここから出ます。

必要な道具:第 1 回計算:kenshou/shadan.js

第 1 回で「微分と積分はフィルタだ」と言いました。ならば波動方程式は、フィルタの仕様書です。
その目で質量を見ると、まったく別の顔が出てきます。

01波動方程式は、フィルタの仕様書である

平面波 \(e^{i(kx-\omega t)}\) を方程式に入れると、\(\omega\) と \(k\) の関係が出ます。それが分散関係 ── どの \((\omega,k)\) が通れるかを決める伝達関数です。

方程式分散関係性質
波動方程式\(\omega=ck\)すべての \(\omega\) が通る
クライン=ゴルドン\(\omega^2=c^2k^2+(mc^2/\hbar)^2\)★ 下に遮断がある
シュレーディンガー\(\omega=\hbar k^2/2m\)非相対論。二次
拡散方程式\(\omega=-iDk^2\)虚数 ── 伝わらず減衰する

02二行目を、音響の目で読む

クライン=ゴルドンの分散関係 $$\omega^2=c^2k^2+\omega_c^2,\qquad \omega_c\equiv\frac{mc^2}{\hbar}$$
分散関係性質
自由な波(真空中の光)\(\omega=ck\)遮断なし。どんな低い \(\omega\) も通る
導波管\(\omega^2=c^2k^2+\omega_c^2\)\(\omega_c\) 以下は通らない
質量 \(m\) の場\(\omega^2=c^2k^2+(mc^2/\hbar)^2\)★ 同じ形。\(\omega_c=mc^2/\hbar\)

02節の中心

質量とは、真空という導波管の「遮断周波数」である。

静止した粒子(\(k=0\))は、\(\omega=\omega_c\) でその場で振動しています。それ以下の周波数では、波が伝わらない。

粒子質量 [MeV]遮断周波数 \(\omega_c\) [rad/s]
電子0.511\(7.763\times10^{20}\)
ミュー粒子105.658\(1.605\times10^{23}\)
パイ中間子139.570\(2.120\times10^{23}\)
陽子938.272\(1.425\times10^{24}\)
W ボソン80379\(1.221\times10^{26}\)

電子の遮断周波数は \(7.8\times10^{20}\) rad/s。可聴音の最高が \(2\times10^{5}\) rad/s なので、その \(10^{16}\) 倍です。

03遮断より下では、どうなるか ── ここが決定的

\(\omega<\omega_c\) では、実数の \(k\) が存在しない $$k^2=\frac{\omega^2-\omega_c^2}{c^2}<0\quad\Longrightarrow\quad k=i\kappa\ (\text{純虚数})$$

\(e^{ikx}=e^{-\kappa x}\) ── 指数関数的に減衰する(エバネッセント波)

そして静的な場(\(\omega=0\))では:

減衰長 $$\kappa=\frac{\omega_c}{c}=\frac{mc}{\hbar}\quad\Longrightarrow\quad \text{減衰長}=\frac{\hbar}{mc}$$ $$V(r)\propto\frac{e^{-r/\lambda}}{r},\qquad \lambda=\frac{\hbar}{mc}\qquad\textbf{★ 湯川ポテンシャル}$$
粒子質量 [MeV]到達距離 \(\hbar/mc\) [fm]備考
電子0.511386.2電子のコンプトン波長
パイ中間子139.5701.414★ 核力の到達距離。湯川の予言
陽子938.2720.2103
W ボソン80379\(2.455\times10^{-3}\)★ 弱い力が「弱い」理由

03節の中心

力の到達距離とは、遮断周波数以下でのエバネッセント減衰長でした。
パイ中間子の 1.41 fm は、まさに原子核の大きさの尺度です(核半径 \(1.2A^{1/3}\) fm と同じ土俵)。

そして「なぜ電磁気は無限遠まで届き、弱い力は届かないのか」の答えは ──
光子には遮断が無く、W ボソンには \(1.2\times10^{26}\) rad/s の遮断があるから。質量があるかないか、ただそれだけ。

04速度も、スペクトルの微分で出る

分散関係から、二つの速度 $$v_p=\frac{\omega}{k}\quad(\text{比}),\qquad v_g=\frac{d\omega}{dk}\quad(\textbf{★ 微分})$$ $$\omega^2=c^2k^2+\omega_c^2\ \text{を微分して}\quad 2\omega\frac{d\omega}{dk}=2c^2k\quad\Longrightarrow\quad \boxed{v_p\cdot v_g=c^2}$$
\(v/c\)\(v_g/c\)\(v_p/c\)\(v_p v_g/c^2\)
0.1000.100010.00001.000000
0.5000.50002.00001.000000
0.9990.99901.00101.000000

位相速度は光速を超えます

\(v_p=c^2/v>c\) ── しかし情報は運びません。運ぶのは群速度、つまり「スペクトルの微分」のほうです。
(この主題は姉妹シリーズ「わかる屈折」で詳しく扱われています。)
★ ここでも微分が効いています ── 「速さ」とは、分散関係というスペクトルを微分した量でした。

05\(E=mc^2\) を、波の言葉で読む

遮断周波数に \(\hbar\) を掛けるだけ $$\hbar\omega_c=\hbar\cdot\frac{mc^2}{\hbar}=mc^2$$

★ \(E=mc^2\) とは「遮断周波数のエネルギー」だった

そして \(k\ne0\) のとき $$(\hbar\omega)^2=(\hbar ck)^2+(mc^2)^2\qquad\Longleftrightarrow\qquad E^2=(pc)^2+(mc^2)^2$$
\(p\) [MeV/c]\(E=\sqrt{p^2+m^2}\)\(\hbar\omega\) [MeV]一致
0.0000.5109990.510999
0.5110.7226620.722662
10.00010.01304710.013047
100.000100.001306100.001306

05節の中心

相対論のエネルギー・運動量関係は、分散関係そのものです。
ピタゴラスの定理に見えるのは、導波管の分散関係だったから

06まとめると、質量の顔が全部 揃う

物理量波の言葉では意味
質量 \(m\)遮断周波数 \(\omega_c=mc^2/\hbar\)真空を導波管と見たときの仕様
静止エネルギー\(\hbar\omega_c\)\(E=mc^2\) はこれ
\(E^2=(pc)^2+(mc^2)^2\)\(\omega^2=c^2k^2+\omega_c^2\)相対論 = 導波管の式
力の到達距離\(\hbar/(mc)\)遮断以下のエバネッセント減衰長
粒子の速さ\(d\omega/dk\)★ スペクトルの微分
位相速度\(\omega/k=c^2/v\)光速を超えるが情報は運ばない

この回の結論

「質量を波として見る」は、完全に成功します。
ただし答えは「積分値」ではなく 「遮断周波数」 でした。

次回 見るとおり、質量を重力の積分と見る道は実験で否定されています。
しかし波として見る道は、そのまま相対論と量子論になります。

⇒ ★ 質量は、積分ではなくフィルタの特性でした。

練習問題

  1. なぜ「静止した粒子」が振動しているのか。
    答えを見る
    \(k=0\) でも \(\omega=\omega_c\ne0\) だから。
    電子なら \(7.8\times10^{20}\) rad/s ── コンプトン周波数です。ド・ブロイの「物質波」の出発点でもあります。
    「静止している」は空間的な話で、時間的には最高速で振動している。これが \(E=mc^2\) の中身です。
  2. 湯川が中間子の質量を予言できた理屈を、この回の言葉で。
    答えを見る
    核力の到達距離が約 1.4 fm と分かっていた。到達距離 = エバネッセント減衰長 \(\hbar/mc\) なので、逆に解けば
    \(m=\hbar/(c\times1.4\ \text{fm})=197.3/1.4\approx\mathbf{140}\) MeV。
    実際のパイ中間子は 139.57 MeV。湯川は 1935 年にこれをやりました ── 力の届く距離を測るだけで、まだ見ぬ粒子の質量が出る。
  3. 光子に質量があったら何が起きるか、この枠組みで。
    答えを見る
    電磁気に遮断周波数ができて、クーロン力が指数関数的に減衰します(プロカ方程式)。
    実験的には、地球や木星の磁場の形から \(m_\gamma<10^{-18}\) eV 程度の上限が出ています。
    到達距離に直すと \(\hbar/m_\gamma c>2\times10^8\) m ── 「無限遠まで届く」の実験的な中身は、この不等式です。

まとめ 真空は導波管だった

クライン=ゴルドンの分散関係 \(\omega^2=c^2k^2+(mc^2/\hbar)^2\) は、導波管の式と一字一句 同じ形です。そして \(\omega_c=mc^2/\hbar\) が遮断周波数 ── 質量とは、真空という導波管の遮断周波数でした。

遮断より下では波数が虚数になり、指数関数的に減衰します(エバネッセント波)。静的な場では減衰長が \(\hbar/mc\) ── これが湯川ポテンシャルで、力の到達距離の正体です。パイ中間子なら 1.41 fm、W ボソンなら \(2.5\times10^{-3}\) fm。「なぜ弱い力は届かないのか」の答えは「遮断があるから」でした。

速度も出ます ── \(v_g=d\omega/dk\)(スペクトルの微分)、\(v_p=\omega/k\)、そして \(v_pv_g=c^2\) が厳密に成立。

\(E=mc^2\) は「遮断周波数のエネルギー \(\hbar\omega_c\)」であり、\(E^2=(pc)^2+(mc^2)^2\) は分散関係そのもの。ピタゴラスに見えたのは、導波管の式だったから。

質量は、積分ではなくフィルタの特性である。

この文書は「考える波」シリーズ第 6 回です。計算は kenshou/shadan.js で行っています。本回について:「質量=遮断周波数」「真空=導波管」という言い方は本稿の整理ですが、分散関係そのものは標準的な結果であり、導波管との形式的な一致も広く知られています(場の理論の教科書で「massive mode は gapped」と呼ばれるものと同じ)。ただし「真空が本当に導波管である」という物理的主張ではありません ── 数式の形が同じ、という以上のことは言えません。湯川ポテンシャルの導出は静的極限(\(\omega=0\))での話で、動的な場合は別の扱いが要ります。第 04 節の \(v_pv_g=c^2\) は自由粒子の場合で、媒質中では成り立ちません。光子質量の上限は文献値で、手法により \(10^{-18}\sim10^{-27}\) eV と幅があります。位相速度と情報伝達の関係は姉妹シリーズ「わかる屈折」で詳しく扱われています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。

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