考える波 第 5 回 / 第 II 部・定数を波として見る
軸を変えると、答えがひっくり返る
走る結合定数 ──
ここでは、定数は文字どおり積分値だった
前回、時間で微分したら 0 でした。微分する軸を間違えていたのです。
エネルギーの対数で微分すると、\(\alpha\) は動きます ── \(1/137.036\to1/128.940\)。
そしてその変化は、ベータ関数の積分そのものでした。一ループで計算して、文献値と一致します。
「物理定数はすべて何かの積分値ではないか」── この問いに、一箇所だけ、文字どおり「はい」と答えられる場所があります。
結合定数です。
01軸を変える
これは仮説ではなく、測定されている事実です。実際に計算します。
02なぜ走るのか ── 真空が分極する
電荷のまわりでは、真空が電子・陽電子対に分極します。遠くから見ると遮蔽されて弱く、近づくほど裸の電荷が見えて強くなる。
| 粒子 | 質量 [MeV] | \(\ln(m_Z^2/m_\ell^2)\) | \(-5/3\) 込み | 寄与 \(\Delta\alpha\) |
|---|---|---|---|---|
| 電子 | 0.5110 | 24.184 | 22.517 | \(1.743\times10^{-2}\) |
| ミュー粒子 | 105.658 | 13.521 | 11.854 | \(9.178\times10^{-3}\) |
| タウ粒子 | 1776.860 | 7.876 | 6.209 | \(4.808\times10^{-3}\) |
| 合計 | 40.581 | \(0.031421\) |
02節の検算
計算値 \(\Delta\alpha_{\text{lep}}(m_Z)=\mathbf{0.031421}\)、文献値 0.031498。
一ループで、ここまで合います。
03ハドロンの寄与 ── ここは計算できない
クォークの寄与は、低エネルギーで強い相互作用が効くため摂動論では計算できません。実験(\(e^+e^-\to\)ハドロン)から求めます。
| 本稿の計算 | 文献値 | |
|---|---|---|
| \(1/\alpha(m_Z)\) | 128.940 | \(\approx\) 128.95 |
04これが答えです ── 定数が動いている
| エネルギー | \(1/\alpha\) | \(\alpha\) |
|---|---|---|
| 0(無限遠) | 137.036 | \(7.297\times10^{-3}\) |
| \(m_Z=91.2\) GeV | 128.940 | \(7.756\times10^{-3}\) |
04節の中心
\(1/\alpha\) が 137.0 から 128.9 へ ── 5.9 % 動いています。
「微細構造定数 1/137」は、低エネルギー極限での値にすぎません。
そしてこの変化は、まさに積分でした:
$$\Delta\!\left(\frac1\alpha\right)=-\frac{1}{3\pi}\sum_\ell\left[\ln\frac{\mu^2}{m_\ell^2}-\frac53\right]-(\text{ハドロン})$$
★ 「定数は積分値」── ここでは文字どおり正しい。ただし積分変数は時間ではなく \(\ln(\text{エネルギー})\) でした。
05走らせ続けると、発散する
一ループの式を、そのままエネルギーを上げて走らせます。(この節はレプトン 3 種のみ。ハドロンと W の寄与は入れていないので、\(m_Z\) での値が前節と違います ── 形を見るための計算です。)
| エネルギー \(\mu\) | \(1/\alpha(\mu)\) | 備考 |
|---|---|---|
| 0.511 MeV | 137.213 | 電子質量 |
| 1.777 GeV | 135.237 | タウ粒子質量 |
| 91.2 GeV | 132.730 | Z ボソン質量 |
| 1 TeV | 131.206 | |
| \(1.22\times10^{19}\) GeV | 107.625 | プランク質量 |
| \(10^{93}\) GeV | 0 | ★ ランダウ極。\(\alpha\) が発散する |
この外挿は形式的なものです
実際には遥か手前で他の相互作用が効きますし、\(10^{93}\) GeV はプランク質量の \(10^{74}\) 倍 ── 重力を無視した計算に意味がある領域ではありません。
それでも構造としては面白い ── 積分を続けると、有限のエネルギーで発散する。「定数」の正体は、発散に向かって走っている量でした。
06他の結合も走る ── そして交わる
| 相互作用 | \(\beta\) の符号 | 高エネルギーで | 理由 |
|---|---|---|---|
| 電磁(U(1)) | \(+\) | 増える | 真空偏極で遮蔽される。近づくと強くなる |
| 弱い力(SU(2)) | \(-\) | 減る | ゲージ粒子の自己相互作用が勝つ |
| 強い力(SU(3)) | \(-\) | 減る | ★ 漸近的自由。近づくと弱くなる |
増えるものと減るものがあるので、どこかで交わる可能性があります。標準模型のままだと \(10^{13}\sim10^{17}\) GeV 付近で「ほぼ」交わり、超対称性を入れると \(2\times10^{16}\) GeV でよく一致する ── 大統一の根拠です。
06節の中心
「定数を積分する」という視点は、素粒子物理の中心的な道具そのものでした。
ご自身の直感は、この分野では 50 年前から標準的な考え方になっている── ただし「時間の積分」ではなく「スケールの積分」として。
07二つの微分を、並べる
| 何で微分するか | 記号 | 結果 | 回 |
|---|---|---|---|
| 時間で微分 | \(d\alpha/dt\) | 実測で 0(上限 \(10^{-17}\)/年) | 第 4 回 |
| \(\ln E\) で微分 | \(d\alpha/d\ln\mu\) | ★ 0 でない。測定済み | 本回 |
この回の結論
同じ \(\alpha\) でも、微分する軸によって答えが正反対になります。時間軸では定数、エネルギー軸では変数。
波の言葉でも書けます ── \(\alpha\) は「時間について DC、エネルギー対数について非 DC」。
つまり定数かどうかは、どの軸のスペクトルを見るかで決まる。
⇒ 「物理定数はすべて何かの積分値ではないか」への答え:
★ 少なくとも結合定数については、そのとおりでした。鍵は「何について積分しているのか」を当てることです。
練習問題
- なぜ「\(1/137\)」のほうが有名なのか。
答えを見る
日常のエネルギースケール(原子・化学)が、実質的に \(\mu\to0\) の極限だから。
原子のサイズは \(\sim10^{-10}\) m、対応するエネルギーは eV 級で、電子質量(0.511 MeV)よりずっと低い。だから真空偏極がほとんど効かず、\(\alpha(0)=1/137.036\) がそのまま見える。
加速器実験の世界に入って初めて、\(1/129\) が「実際に使う値」になります。 - ハドロンの寄与だけ実験から取るのはなぜか。
答えを見る
低エネルギーで \(\alpha_s\) が大きくなり、摂動展開が収束しないから(漸近的自由の裏返し)。
代わりに \(e^+e^-\to\)ハドロンの断面積を測り、分散関係(第 8 回で触れる因果律の帰結)を使って \(\Delta\alpha_{\text{had}}\) に変換します。
つまり「計算できない部分を、測定と因果律で埋めている」── これ自体が本シリーズの主題と繋がっています。 - 「時間では定数、エネルギーでは変数」は矛盾しないのか。
答えを見る
矛盾しません。別々の量だからです。
\(\alpha(\mu)\) は「スケール \(\mu\) で測ったときの実効的な結合の強さ」で、これは \(\mu\) の関数。一方「\(\alpha\) が時間変化するか」は、同じ \(\mu\) で測った値が時代によって違うかという問い。
前者は繰り込み群の帰結(理論の中身)、後者は新しい物理(理論の外)。混同すると「\(\alpha\) は走るのだから変化している」という誤った主張になります。
まとめ 軸が違っていた
前回、時間で微分したら 0 でした。しかし結合定数は、エネルギーについて走ります。
一ループの真空偏極を実際に計算しました ── \(\Delta\alpha_{\text{lep}}(m_Z)=\mathbf{0.031421}\)(文献値 0.031498)。ハドロンの寄与 0.02766 を足すと \(1/\alpha(m_Z)=128.940\)(文献値 128.95)。
\(1/137.036\to1/128.940\)、5.9 % の変化。そしてこの変化は、ベータ関数の積分そのものでした ── 「定数は積分値」は、ここでは文字どおり正しい。
走らせ続けると、有限のエネルギー(\(10^{93}\) GeV、形式的な外挿)で発散します。定数の正体は、発散に向かって走っている量でした。そして三つの結合が違う向きに走るので、高エネルギーで交わる ── これが大統一の根拠です。
定数かどうかは、どの軸のスペクトルを見るかで決まる。
\(\alpha\) は時間について DC、エネルギー対数について非 DC。
最初は質量です。ご提案では「宇宙の重力の積分」でしたが ── 波として見ると、まったく別の、しかも完全に成功する答えが出ます。
質量とは、真空という導波管の遮断周波数でした。
この文書は「考える波」シリーズ第 5 回です。計算は kenshou/hashiru.js で行っています。本回の数値について:第 02 節は QED の一ループ真空偏極の標準的な式で、本稿はそれに数値を入れただけです。\(\Delta\alpha_{\text{had}}^{(5)}=0.02766\) は文献値(実験から求めた値)を使っており、本稿で計算したものではありません。第 03 節の \(1/\alpha(m_Z)=128.940\) は 5 フレーバー QED の値で、しばしば引かれる 127.95 は電弱理論を含む \(\overline{\text{MS}}\) スキームの値です ── スキームによって値が違うので、比較の際は注意が要ります。第 05 節はレプトン 3 種のみの一ループ外挿で、ランダウ極の \(10^{93}\) GeV は形式的な数字です(重力もハドロンも W も無視しているため、物理的な意味はありません)。第 06 節の大統一スケールは文献の要約です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。