考える波 第 4 回 / 第 II 部・定数を波として見る
思考実験ではない。もう測られている
定数を微分する ──
光速は 1983 年に、微分できなくなった
「光速は変化しているか」には落とし穴があります。\(c\) は定義値だから、\(dc/dt=0\) は取り決めです。
意味があるのは無次元量だけ ── \(\alpha\)、\(\mu=m_p/m_e\)、そして \(G\)。
それらの微分値は、実際に測られています。そして各実験は「周波数帯」に対応していました。
前回、「物理定数 = \(\omega=0\) の成分」と整理しました。
では \(\omega\ne0\) の成分はあるのか。これは実験の問題で、答えは既に出ています。
01最初の落とし穴 ── \(c\) は測れない
メートルが「光が \(1/299792458\) 秒に進む距離」と定義された
\(c\) を測ることは、もう原理的にできません。2019 年の SI 改定で、この扱いが 7 つの定数に広がりました。
| 定数 | 名前 | 定義値 | 以後 |
|---|---|---|---|
| \(\Delta\nu_{\mathrm{Cs}}\) | セシウム超微細遷移 | 9 192 631 770 Hz | 1967 |
| \(c\) | 光速 | 299 792 458 m/s | 1983 |
| \(h\) | プランク定数 | \(6.62607015\times10^{-34}\) J·s | 2019 |
| \(e\) | 電気素量 | \(1.602176634\times10^{-19}\) C | 2019 |
| \(k_B\) | ボルツマン定数 | \(1.380649\times10^{-23}\) J/K | 2019 |
| \(N_A\) | アボガドロ定数 | \(6.02214076\times10^{23}\) /mol | 2019 |
| \(K_{\mathrm{cd}}\) | 視感効果度 | 683 lm/W | 1979 |
01節の中心
この 7 つは、微分すると厳密に 0 です。定義だから。
「変化しているか」を問うことすら、できません。
では何が残るか ── 無次元量です。
「\(c\) が 2 倍になった宇宙」は、メートルの定義を変えただけの同じ宇宙。
しかし「\(\alpha\) が 2 倍の宇宙」は、化学が変わる ── 別の宇宙です。
姉妹シリーズとの関係
「次元付きは帳簿、無次元だけが物理」── これは「わかる c·t=一定」第 VI 部で確立された合言葉です。本回はそれを「波」の側から言い直しているだけで、新しい主張ではありません。
本シリーズの独自部分は、ここから先 ── 各実験を周波数帯に翻訳するところです。
02測られている微分値
| 手法 | 対象 | 観測の時間尺度 | 上限 \(|\Delta x/x|\) | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 光時計の比較 | \(\alpha\) | 10 年 | \(10^{-17}\) | Al⁺/Hg⁺ など |
| 分子時計 | \(\mu\) | 10 年 | \(10^{-16}\) | 振動回転遷移 |
| オクロ天然原子炉 | \(\alpha\) | 1.8 Gyr | \(10^{-8}\) | Sm-149 の共鳴位置から |
| 隕石(Re-187 崩壊) | \(\alpha\) | 4.6 Gyr | \(10^{-7}\) | 半減期が \(\alpha\) に強く依存 |
| クエーサー吸収線 | \(\alpha\) | 10 Gyr | \(10^{-5}\) | 変化を主張する報告あり(論争中) |
| CMB | \(\alpha\) | 13.4 Gyr | \(10^{-2}\) | 再結合期 \(z\approx1100\) |
| ビッグバン元素合成 | \(\alpha\) | 13.8 Gyr | \(10^{-2}\) | \(z\approx10^9\)。最も古い |
| 月レーザー測距 | \(G\) | 50 年 | \(5\times10^{-12}\) | \(|\dot G/G|<10^{-13}\)/年 |
★ \(\alpha\) は宇宙年齢を通じて、小数第 7 位まで定数
03これを周波数帯に翻訳する ── ここが本題
定数が \(x(t)=x_0(1+A\sin\omega t)\) と揺れていると仮定します。各実験は、この \(A\) に周波数ごとの上限を与えます。
| 周波数 \(f\) [Hz] | 周期 | \(\alpha\) の振幅上限 | 効いている実験 |
|---|---|---|---|
| \(10^{-9}\) | 32 年 | \(5.0\times10^{-17}\) | 光時計 |
| \(10^{-12}\) | \(3.2\times10^4\) 年 | \(5.0\times10^{-14}\) | 光時計 |
| \(10^{-15}\) | \(3.2\times10^7\) 年 | \(5.0\times10^{-11}\) | 光時計 |
| \(10^{-17}\) | 3.2 Gyr | \(5.0\times10^{-9}\) | 光時計(ここまで) |
| \(10^{-18}\) | 32 Gyr | \(2.8\times10^{-8}\) | ★ オクロに交代 |
| \(10^{-21}\) | \(3.2\times10^4\) Gyr | \(2.8\times10^{-5}\) | オクロ |
| \(10^{-24}\) | \(3.2\times10^7\) Gyr | \(2.8\times10^{-2}\) | オクロ |
03節の結論
周期 32 Gyr(宇宙年齢の 2 倍)あたりで、主役が入れ替わります。それより速い揺れは光時計、遅い揺れはオクロ天然原子炉。
腕の長さでは宇宙論的な観測が 8 桁 有利(10 年 対 18 億年)。しかし精度では光時計が 9 桁 有利。差し引きで、卓上の時計が宇宙史とほぼ互角に戦っています。
★ そして \(f\to0\) では、どの実験の上限も発散します。これは失敗ではなく定義です ── 前回 見たとおり、\(\omega=0\) の成分こそ「定数の値」だからです。
04ただし ── この枠組み自体に穴があります
上の議論は「定常な正弦波」を仮定しました。しかし宇宙史は定常ではありません。
| 変化の形 | 内容 | どの実験が効くか |
|---|---|---|
| 階段状の変化 | ある時期に一度だけ跳んで、以後は一定 | ★ 時計には見えない。CMB・元素合成だけ |
| 減衰する振動 | 初期宇宙で大きく揺れ、現在は静か | 同上。スカラー場の緩和模型がこの形 |
| 単調なドリフト | 宇宙年齢に比例してゆっくり変化 | 時計で見えるが、外挿は当てにならない |
04節の中心 ──「すべてを波と見る」視点の、最初の限界
フーリエは「いつでも同じように揺れている」場合の道具です。
一度きりの出来事を周波数で書くと全周波数に薄く広がってしまい、どの帯域でも上限にかからなくなる。
⇒ だから宇宙論的な観測は、感度で時計に負けていても捨てられません。
この限界は、シリーズを通して覚えておく価値があります ── 波の言葉は、定常性を暗に仮定している。
05逆に、高周波側はどうか
ここまでは「ゆっくりした変化」の話でした。速い振動も、実際に探索されています。
場の質量 \(m\) が、揺らぎの振動数を決める
| 場の質量 [eV] | 振動数 [Hz] | 周期 | 探索する装置 |
|---|---|---|---|
| \(10^{-22}\) | \(2.4\times10^{-8}\) | 1.3 年 | 原子時計の年周変動 |
| \(10^{-18}\) | \(2.4\times10^{-4}\) | 1.1 時間 | 原子時計 |
| \(10^{-15}\) | \(2.4\times10^{-1}\) | 4.1 秒 | 光共振器 |
| \(10^{-12}\) | \(2.4\times10^{2}\) | 4.1 ms | ★ 干渉計(LIGO 等)の副産物 |
「定数を微分したら何が出るか」は、実際には暗黒物質の探索そのものになっています。いまのところ、どの帯域でも有意な信号は出ていません。
練習問題
- 「光速が変化した」という主張を、どう検証すべきか。
答えを見る
検証できません── そのままでは。\(c\) は定義値なので、変化のしようがない。
意味のある形に翻訳するなら「\(\alpha=e^2/4\pi\varepsilon_0\hbar c\) が変化したか」「\(m_p/m_e\) が変化したか」と問う必要があります。そして無次元量に翻訳した瞬間、\(c\) だけが変わったのか \(e\) や \(\hbar\) が変わったのかは区別できなくなる。
これが「可変光速理論(VSL)」がしばしば批判される理由です。 - なぜ低周波ほど実験の上限が緩むのか。
答えを見る
時計は速度を測るから。振幅 \(A\)、角振動数 \(\omega\) の揺れの最大速度は \(A\omega\) です。
だから速度に上限 \(R\) があると、振幅の上限は \(A\(\omega\) が小さいほど、同じ速度でも振幅が大きくてよいことになります。
時代を比べる実験も、\(\omega\Delta t\ll1\) では「まだ半周期も経っていない」ので同じく感度が落ちます。 - 「階段状の変化」がフーリエで捕まえにくい理由を、第 1 回の言葉で。
答えを見る
階段関数のスペクトルは \(1/\omega\) で、全周波数に薄く広がるから。
どの単一周波数を見ても振幅は小さく、上限にかからない。しかし全帯域を足せば有限の跳びがある。
これは「波の言葉」が定常性を仮定していることの直接の帰結です── ウェーブレットのような時間局在した基底に乗り換えれば捕まえられますが、そのときは「周波数」という概念自体がぼやけます。
まとめ 微分できる定数と、できない定数
\(c\) は 1983 年から定義値です。\(dc/dt=0\) は測定結果ではなく取り決め。2019 年の SI 改定で \(h, e, k_B, N_A\) ほか計 7 つが同じ扱いになりました。意味があるのは無次元量だけ── \(\alpha\)、\(\mu=m_p/m_e\)、そして \(G\)。
それらの微分は測られています ── \(|\dot\alpha/\alpha|<10^{-17}\)/年、\(|\dot\mu/\mu|<10^{-16}\)/年、\(|\dot G/G|<10^{-13}\)/年。宇宙年齢を通じて \(\alpha\) は小数第 7 位まで定数です。
これを周波数帯に翻訳すると、周期 32 Gyr で主役が交代します ── 速い揺れは光時計、遅い揺れはオクロ天然原子炉。そして \(f\to0\) では上限が発散する。\(\omega=0\) の成分こそ「定数の値」だから、当然です。
ただし枠組み自体に穴があります。フーリエは定常性を仮定するので、「一度だけ跳んだ」ような履歴は全周波数に薄く広がって捕まりません。だから宇宙論的観測は、感度で負けていても捨てられない。
「定数を微分する」は、すでに実験プログラムになっている。
答えは、いまのところ全帯域で 0。
次回、同じ \(\alpha\) をエネルギーで微分します。答えは 0 ではありません。
\(1/\alpha\) は 137.036 から 128.940 へ動きます。そしてその変化は、文字どおり積分値でした。
この文書は「考える波」シリーズ第 4 回です。計算は kenshou/teisu.js で行っています。本回の数値について:第 02 節の測定値はすべて文献値の要約であり、本稿で測定したものではありません。桁を示すために丸めてあります(たとえば光時計の \(|\dot\alpha/\alpha|<10^{-17}\)/年 は Rosenband ら 2008 の \((-1.6\pm2.3)\times10^{-17}\)/年 などを代表させたもの)。クエーサー吸収線による \(\Delta\alpha/\alpha\approx10^{-5}\) の「変化の主張」は決着しておらず、系統誤差をめぐる論争が続いています ── 本稿はこれを事実として扱っていません。第 03 節の「振幅上限の周波数依存」は、正弦波を仮定した本稿の概算であり、各実験が公表している解析とは異なります(実際の解析は模型ごとに行われます)。第 05 節の超軽量スカラー場の質量と振動数の対応は \(f=mc^2/h\) という単純な関係のみで、結合の強さは扱っていません。「次元付きは帳簿、無次元だけが物理」は姉妹シリーズ「わかる c·t=一定」で確立された整理です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。