考える波 第 3 回 / 第 II 部・定数を波として見る
コードの一行から、物理定数へ
積分定数こそ、物理定数ではないか ──
\(\omega=0\) に住むもの
積分は \(\times1/(i\omega)\)。だから \(\omega=0\) で発散し、DC 成分だけが決まりません。
それが「積分定数」の正体でした ── 周波数ゼロ、つまり無限に長い周期の成分。
そして観測窓 \(T\) しか持たない我々には、周期 \(>T\) の波と定数の区別がつきません。
第 1 回のスペクトル法のコードには、一行だけ特別な処理がありました。
今回はその一行を、物理定数の話に繋ぎます。
01問題の一行
★ DC は定義できない
| 操作 | \(\omega=0\) での扱い | 意味 |
|---|---|---|
| 微分 | DC を消す | \(\times(i\cdot0)=0\)。定数項は微分すると消える ── 情報が失われる |
| 積分 | DC を決められない | \(1/(i\cdot0)\) が発散する ── ★ これが「積分定数」の正体 |
01節の中心
積分定数とは、「周波数ゼロの成分」のことでした。
微分は DC を潰すので情報を捨てる。だから逆操作である積分は、捨てられた情報を復元できない ── それが「\(+C\)」として残る。
高校で「積分したら \(+C\) を忘れるな」と習ったあの \(C\) は、スペクトルの原点だったのです。
02周波数ゼロとは、何か
\(\omega=0\) とは、周期が無限大ということです。実際の観測では、そんなものは測れません。測れるのは「観測窓より短い周期」だけです。
周期が \(T\) より長い波は、1 周期も観測できない ── 定数と区別がつかない
| 観測の窓 | 長さ | 分解できる最低周波数 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 人間の一生 | 80 年 | \(4.0\times10^{-10}\) Hz | |
| 精密測定の歴史 | 400 年 | \(7.9\times10^{-11}\) Hz | ニュートン以降 |
| 地球の年齢 | 4.6 Gyr | \(6.9\times10^{-18}\) Hz | オクロ・隕石が使える |
| 宇宙年齢 | 13.8 Gyr | \(2.3\times10^{-18}\) Hz | ★ 原理的な限界 |
02節の結論 ── 定数の定義を書き直す
物理定数 = 周期が宇宙年齢より長い成分
それは「変化しない」のではなく「変化を観測する手段がない」。
だから「定数とは積分値ではないか」という問いには、こう答えられます ── そのとおり。ただし積分区間は「宇宙の歴史」で、それより長い波は原理的に見えない。
03この見方の、うまい帰結
定数を「DC 成分」と見ると、いくつかのことが自動的に説明されます。
③ が、次回への伏線です
「定数を微分したら何が出るか」を問うとき、単位の取り決めに過ぎない量を微分しても 0 しか出ません。
そして光速 \(c\) は、まさにそういう量です ── 1983 年から定義値だからです。
次回、そこから始めます。
04積分定数が「物理」になる例
積分定数はただの余りではありません。物理の中身を持つ場合があります。
| 場面 | 積分定数 | その正体 |
|---|---|---|
| \(\int F\,dx\) | \(V_0\) | ポテンシャルの原点。観測量に出ない(差だけが効く) |
| アインシュタイン方程式 | \(\Lambda\) | ★ 宇宙定数。観測量に出る |
| 熱力学第三法則 | \(S_0\) | エントロピーの原点。ネルンストが 0 と決めた |
| 電磁ポテンシャル | ゲージ | 物理に出ない自由度。だからゲージ対称性がある |
04節の中心 ── 二種類ある
積分定数には、観測に出るものと出ないものがあります。
出ないもの(\(V_0\)、ゲージ)は対称性になります ── 変えても何も起きないから。
出るもの(\(\Lambda\))は新しい定数になります ── 測らねばならないから。
★ 宇宙定数 \(\Lambda\) は、文字どおり「積分定数が物理になった」例です。アインシュタインは方程式を書くときにこの自由度に気づき、一度は捨て、後に観測で復活しました。
05では、\(\omega=0\) を測ることはできるのか
できません。しかもそれは技術の問題ではなく、定義の問題です。
それを制約するとは「\(\alpha\) は 1/137 ではない」と言うことで、
変化の検出ではなく、単なる測定誤差の話になる
この回の結論
\(\omega=0\) は、測る対象ではなく「値」そのものです。
だから「定数が変化しているか」という問いは、必ず \(\omega\ne0\) の成分を探す問いに翻訳せねばなりません。
そして \(\omega\) が小さいほど、実験の感度は落ちる ── 次回はその「感度のスペクトル」を測ります。
練習問題
- 微分が情報を捨てる、とはどういう意味か。
答えを見る
\(\times(i\omega)\) は \(\omega=0\) で 0 を掛けることになるので、DC 成分が完全に消える。
掛け算で 0 を掛けたら元に戻せないのと同じで、これは不可逆な操作です。だから逆操作(積分)には、必ず未定の定数が残る。 - ポテンシャルの原点 \(V_0\) が物理に出ないのに、宇宙定数 \(\Lambda\) は出るのはなぜか。
答えを見る
重力がエネルギーそのものに結合するから。
ニュートン力学では力が \(-dV/dx\) なので \(V_0\) は消えますが、一般相対論では真空のエネルギー密度が時空を曲げます。「原点をずらしても何も起きない」という対称性が、重力では成り立たない。
これが宇宙定数問題(真空エネルギーの計算値と観測値が \(10^{120}\) ずれる)の入口でもあります。 - 「観測窓より長い周期は定数に見える」ことの、身近な例を挙げよ。
答えを見る
たとえば大陸移動。人間の一生(\(4\times10^{-10}\) Hz まで分解)では、大陸の位置は定数に見えます。
しかし地質年代の窓(\(10^{-15}\) Hz)で見れば、明らかに動いている。「定数」かどうかは対象の性質ではなく、観測窓との関係で決まります。
物理定数についても、同じことが言えないと決める根拠はありません。
まとめ \(\omega=0\) に住むもの
積分は \(\times1/(i\omega)\) なので \(\omega=0\) で発散し、DC 成分を決められません。それが「積分定数 \(+C\)」の正体でした ── 高校で習ったあの \(C\) は、スペクトルの原点です。
そして \(\omega=0\) とは周期無限大のこと。観測窓 \(T\) しか持たない我々には、周期 \(>T\) の波と定数の区別がつきません。宇宙年齢を使っても \(2.3\times10^{-18}\) Hz が限界です。
この見方だと、いくつかのことが自動的に繋がります ── 保存量は DC 成分、法則と初期条件の境目は \(\omega\ne0\) と \(\omega=0\) の境目、単位の取り決めも DC に住む。
積分定数には二種類あります。観測に出ないもの(ポテンシャルの原点、ゲージ)は対称性になり、出るもの(宇宙定数 \(\Lambda\))は新しい定数になる。\(\Lambda\) は文字どおり「積分定数が物理になった」例です。
物理定数 = 周期が宇宙年齢より長い成分。
変化しないのではなく、変化を観測する手段がない。
これは思考実験ではありません ── すでに測られています。光時計、オクロ天然原子炉、クエーサー吸収線、月レーザー測距。
そして最初に躓きます ── 光速を微分すると 0 になりますが、それは測定結果ではなく取り決めです。
この文書は「考える波」シリーズ第 3 回です。計算は kenshou/nami.js, teisu.js で行っています。本回について:「物理定数 = 周期が宇宙年齢より長い成分」という定式化は本稿の整理であり、標準的な定義ではありません(標準的には「理論の入力パラメータ」と言います)。ただしフーリエ分解能 \(\Delta f=1/T\) は厳密で、そこから「周期 \(>T\) の変動は定数と区別できない」が従うのも厳密です。積分定数の分類(観測に出る/出ない)も本稿の整理で、文献の用語ではありません。宇宙定数 \(\Lambda\) をアインシュタイン方程式の積分定数と見る立場は複数ありますが、本稿は「作用に加えてよい項のうち、最も次元の低いもの」という意味で使っています。この回に新しい計算はなく、第 1 回の実測と第 4 回への橋渡しです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を。