考えるAIと物理 ── 第 15 回
AI・計算 × 物理の境界を、点でなく線で辿る

1/τ と双曲線 二つの未決を、半分ずつ閉じる ── 法則はある、手順が難しい

2026-10-27 / 第14回で未決のまま残った Landauer の 1/τ と ES の双曲線を、設計を変えて再挑戦。検証は付録に
四行の要約
  1. 1/τ 則は実在する。 トラップを距離 L だけ動かす最も単純な操作では、最適手順の余分な仕事が L²/(τ+2) と厳密に分かっており、測定は 4 桁で一致した。第4回で見えなかったのは法則がないからではない。
  2. 消去で 1/τ が出ないのは、障壁の上げ下げが高くつくから。 一瞬で上げ下げすると 30 kT も払う。ゆっくりだとビットが漏れる(第14回)。両方を避ける最適手順(Proesmans ら)は自明でなく、今日は実装しない。原因は閉じ、数値は未決。
  3. 双曲線はついに見えた。 条件数 10、上限 2 万ステップの設計で、臨界バッチサイズ ≈ 870 の折れ曲がりが出て、N ≥ 128 で (S/S_min − 1)(E/E_min − 1) ≈ 1(0.67〜1.35)。第1回の「光円錐座標」の読みに、初めて数字が付いた。
  4. 三度目で当たった理由は設計の中間を取ったこと。 簡単すぎると数ステップで届いて離散性が効き、難しすぎると打ち切りに掛かる。地形の難しさにも窓がある。

00先に仕分け表

線格付けこの日の検証
トラップ移動の最適手順:余分な仕事 = L²/(τ+2)(Schmiedl–Seifert 2007)教科書(厳密解)τ = 1〜50 で 1% 以内
障壁の瞬間的な上げ下げは消去のコストを支配する教科書(確率熱力学)余分 22〜34 kT
有限時間の最適消去は非自明(Proesmans–Ehrich–Bechhoefer 2020)近年の結果— (未実装)
ES の S = S_min(1 + B_crit/N)、(S/S_min−1)(E/E_min−1) = 1(McCandlish ら 2018)経験則(SGD)ES で B_crit ≈ 870、N ≥ 128 で積 ≈ 1
双曲線 = 光円錐座標、ln(N/B_crit) = ラピディティ(第1回)語り数字が付いた

011/τ は実在する:トラップを動かす

過減衰の粒子(γ = 1、T = 1)を、ばね定数 1 のトラップに入れ、トラップの中心を時間 τ で距離 L だけ動かす。Schmiedl と Seifert (2007) の最適手順は「最初と最後に L/(τ+2) だけ跳び、間は一定速度」で、余分な仕事は厳密に L²/(τ+2)。

計算L = 2、2 万粒子
τ125102050
最適手順の余分な仕事1.3251.0220.5710.33340.1860.080
L²/(τ+2)1.3331.0000.5710.33330.1820.077
素朴な等速1.4901.1250.6400.3620.1920.077

最適手順は厳密解と 1% 以内で一致し、τ = 10 では 4 桁。素朴な等速も大きな τ では同じ 1/τ に乗る。系がエルゴード的に保たれる操作なら、1/τ 則はこのとおり出る。第4回で見えなかったのは、消去という操作そのものに原因がある。

02消去で出ない理由:障壁の値段

第14回で「障壁を低くして遅くするとビットが漏れる」が分かった。では逆に、障壁の上げ下げを一瞬で済ませ、傾けるところだけゆっくりやればどうか。

計算障壁 8kT、一瞬で下げる → τ かけて傾ける → 一瞬で上げる
τ21050200
⟨W⟩/kT22.432.634.535.1
成功率0.9990.9991.0001.000
余分な仕事21.732.033.834.4

ビットは保持できたが、仕事が 30 kT を超える。障壁を一瞬で上げると、傾いた井戸の底(x ≈ −1.5)にいる粒子に対してポテンシャルが 8 kT 以上跳ね上がり、その分をそっくり払う。τ を伸ばすほど粒子が深く傾いた底に落ち着くので、むしろ増える。

これで消去の二つの失敗の形が揃った。障壁をゆっくり動かすと漏れ、速く動かすと払う。両方を同時に避けるには、障壁と傾きを連動させた最適手順が要り、それは Proesmans らが数値的に解いたもので、自明な形をしていない。原因は閉じた。1/τ の数値は、最適手順を実装するまで未決のまま残す。

03双曲線が見えた

第1回で、大バッチ学習の経験則 (S − S_min)(E − E_min) = S_min E_min を光円錐座標として読み、ES で確かめようとして当たらなかった。第14回は難しすぎて打ち切り。三度目は中間を取る:20 次元、条件数 10、出発点は遠く、上限 2 万ステップ、各 N で歩幅を 14 通りから最適化。

計算目標 L < 1、16 本の中央値。N = 1 は上限に掛かったので当てはめから除外
N2832641282565121024
S(ステップ)25616461468047241611
E = N·S(サンプル)512251684672512060166144819211264
S の当てはめ S_min(1 + B_crit/N)25346381648545261611
(S/S_min − 1)(E/E_min − 1)5.72.4−1.80.161.350.671.091.10

当てはめ:S_min = 5.8 ステップ、E_min = 5056 サンプル、B_crit = 870。

第1回の読みに数字を付けると:余分なステップ S − S_min と余分なサンプル E − E_min が光円錐座標 u、v で、uv = S_min E_min = 2.9×10⁴ が不変。ラピディティ φ = ln(N/B_crit) は N = 2 で −6.1、N = 1024 で +0.16。「光速」B_crit = 870 を超えたのは最後の一点だけである。

04三度目で当たった理由

第1回は簡単すぎて、大きな N で 3 ステップで届き、ステップの離散性が双曲線を潰した。第14回は難しすぎて、小さな N が上限に掛かった。今回は S が 11〜2561 の範囲に収まり、両端の病気を避けられた。設計の窓は、地形の難しさ(条件数)と打ち切りの上限で決まる。「当たらなかった」のは二度とも設計の失敗で、法則の失敗ではなかった ── ただしこれは当たってから言えることで、当たる前に書いた「地形が簡単すぎる」は半分しか合っていなかった。

05正直な線

どこで線が切れるか
まとめ
  1. Schmiedl & Seifert (2007) PRL 98, 108301 / Proesmans, Ehrich, Bechhoefer (2020) PRL 125, 100602
  2. McCandlish, Kaplan, Amodei (2018) An Empirical Model of Large-Batch Training
  3. スクリプト:scripts/landauer3.py、scripts/hyperbola3.py(出力 *_out.txt)