考えるAIと物理 ── 第 11 回
AI・計算 × 物理の境界を、点でなく線で辿る

学習は節を越えられるか 符号を教えれば一瞬、学ぶのは難しい、教えた符号が間違っていれば学ぶしかない

2026-10-27 / 第2回のニューラル試行関数と第10回の節がぶつかる場所。サンプリングの壁を外して、符号の「表現・学習」だけを測る。検証は付録に
四行の要約
  1. 符号を持てないネットワークは 60% 外す。 波動関数の符号は細部ではなく本体で、正のネットワークは第10回の「ボソンに崩れる拡散」の学習版になる。
  2. 符号を教えれば 4〜6 桁。 Marshall の符号則が厳密な場所では、同じネットワークが 10⁻⁴〜10⁻⁶ で基底状態に乗る。固定節法の学習版である。
  3. 符号を自分で学ぶと 7〜19%。 正しい符号則があるとき、教えるのと学ぶので 3〜5 桁の差がつく。学習にとって節は難所である。
  4. 教えた符号が間違っていれば、学ぶしかない。 フラストレーションで符号則が壊れると、教えた版は 33% に崩れ、位相を学ぶ版の 7% が最良になる。「教えてから学ぶ」は勝てなかった(外れた予言)。

00先に仕分け表

線格付けこの日の検証
Marshall の符号則(二部格子の反強磁性で厳密)教科書(Marshall 1955、Lieb–Mattis)J₂ = 0 で 10⁻⁴、0.5 で 10⁻⁶
符号構造の学習が NQS の難所Szabó–Castelnovo 2020、Westerhout ら 2020学ぶと 7〜19%
Majumdar–Ghosh 点 J₂ = 0.5 の厳密なダイマー基底状態教科書(1969)E₀ = −6.0000(N = 16、−3N/8)
フラストレーションで Marshall 則が壊れる教科書J₂ = 0.8 で教えた版 33%
「教えてから学ぶ」が最良(予言)外れJ₂ = 0.8 で 8.4%、学ぶだけの 7.3% に負ける
学習の節 = 計算の節 = 拡散の節この地図の語り—

01設計:サンプリングの壁を外す

第10回の符号問題には二つの顔があった。負の重みをサンプリングできないこと(統計の壁)と、拡散が節を越えられないこと(表現の壁)。ニューラル量子状態(第2回のヘリウムの系統)は、波動関数をネットワークで表して変分法で学習する。ここではサンプリングを一切せず、状態ベクトル全体(S_z = 0 の 12,870 成分)でエネルギーを厳密に計算して最小化する。残るのは「符号を表現できるか、学習で見つけられるか」だけになる。

系は J₁–J₂ ハイゼンベルク鎖(16 サイト、周期的)。J₂ = 0 では Marshall の符号則(A 副格子の上向きスピンの数の偶奇)が基底状態の符号を厳密に与える。J₂ = 0.5 は Majumdar–Ghosh 点で基底状態が厳密なダイマー積(符号則は依然正しい)。J₂ = 0.8 ではフラストレーションで符号則が壊れる。ネットワークは 16 → 24 → 24 → 出力の MLP(1033 パラメータ、12,870 次元より十分小さい)。

記号波動関数符号は対応するもの
Aψ = e^{f(s)}持てない制約なしの拡散(第10回 (i))
Bψ = sgn_M(s)·e^{f(s)}教える固定節(第10回 (ii))
Cψ = f(s)(実、符号自由)学ぶ解放節
Dψ = e^{f(s) + i g(s)}位相として学ぶ複素の試行関数
Eψ = sgn_M(s)·e^{f(s) + i g(s)}教えてから学ぶ近似の節 + 補正

02結果

計算厳密対角化との相対誤差。Adam 3000 ステップ、同じネットワーク、同じ初期化の系統
J₂厳密 E₀A 正B 教えるC 学ぶ(実)D 学ぶ(複素)E 教えて学ぶ
0−7.1423058%1.5×10⁻⁴9.2%6.8%1.2×10⁻⁴
0.5−6.0000067%1.0×10⁻⁶15%8.3%—
0.8−6.7887962%33%19%7.3%8.4%

03外れた予言:教えてから学ぶ

第10回の表(固定節 → 解放節)の順序から、「近似の符号則を教えてから複素の補正を学ぶ E が、J₂ = 0.8 で B と D の両方に勝つ」と予言して走らせた。結果は 8.4% で、D の 7.3% に負けた(J₂ = 0 では B と同じ 1.2×10⁻⁴)。

読み:間違った符号則は、出発点ではなく罠になる。ネットワークは教えられた符号を打ち消すところから始めなければならず、ゼロから位相を学ぶより遠回りになった。固定節法で「悪い節は良い節より悪い」のと同じで、近似の節を与えることが常に得とは限らない。ただし 3000 ステップ・一つの初期化での比較で、学習率や初期化を変えれば逆転する可能性はある。

04三つの節は同じ節

拡散(第8回)計算(第10回)学習(この回)
正のまま進むと二時刻相関が出ないボソンに崩れる(E = 1)60% 外す(A)
節を教えると—固定節で E = 210⁻⁴〜10⁻⁶(B)
節を自分で扱うと負の確率(Wigner)が要る⟨sign⟩ が e^{−ΔE·t} で消える7〜19%(C、D)
教えた節が間違いだと—固定節の偏り33%(B at J₂ = 0.8)

拡散・サンプリング・学習の三つで、障害は同じ一つの節である。違うのは「節を越える手段」で、拡散には負の確率、サンプリングには双対表現、学習には複素の位相が、それぞれの扉になっている。

05正直な線

どこで線が切れるか
まとめ
  1. Marshall (1955) / Majumdar & Ghosh (1969) / Carleo & Troyer (2017) Science 355, 602
  2. Szabó & Castelnovo (2020) Phys. Rev. Research 2, 033075 / Westerhout, Astrakhantsev, Tikhonov, Katsnelson, Bagrov (2020) Nat. Commun. 11, 1593
  3. スクリプト:scripts/nqs_sign.py、scripts/nqs_sign_e.py(出力 *_out.txt)