| 線 | 格付け | この日の検証 |
|---|---|---|
| ⟨sign⟩ = Z(θ)/Z(0) = e^{−VΔf}(指数の壁) | 教科書 | L = 4〜24、厳密値と一致、L ≥ 12 で信号が消える |
| 2 次元 U(1) + θ 項は指標展開で厳密に解け、項はすべて正 | 教科書(Wiese 1989、Bonati ら) | 負の項の割合 0 |
| フェルミオンの符号問題 = 節の問題、固定節法 | 教科書(Anderson 1975、Ceperley–Alder 1980) | ボソン 1.00、固定節 1.97(dt → 0 で 2) |
| 節を解放すると ⟨sign⟩ ∝ e^{−(E_F−E_B)t} | 教科書(Ceperley–Alder 1984) | 減衰率 ≈ 1(予想 1) |
| 一般の符号問題は NP 困難 | Troyer–Wiese 2005(定理) | — |
| 「壁は表現にある」= 負の確率の線の帰結 | この地図の語り | — |
第2回の 2 次元 U(1) ゲージ理論に、トポロジカル項 e^{iθQ}(Q = Σ_P φ_P/2π はトポロジカル電荷)を足す。重みが複素になるので、普通のモンテカルロでは「θ = 0 の正の重みでサンプリングして、cos θQ を後から掛ける」(再重み付け)しかない。すると
$$\langle \mathrm{sign}\rangle \;=\; \langle\cos\theta Q\rangle_{\theta=0} \;=\; \frac{Z(\theta)}{Z(0)} \;=\; e^{-V\,\Delta f}$$で、Δf は一プラケットあたりの自由エネルギーの差。V = L² とともに指数で消える。再重み付けした観測量の統計誤差は 1/⟨sign⟩ で膨らむので、計算の費用は体積の指数になる。これが符号問題の壁である。
| L | V | 厳密 Z(θ)/Z(0) | MC ⟨cos θQ⟩ | 負の重みの割合 | 相対誤差 |
|---|---|---|---|---|---|
| 4 | 16 | 0.715 | 0.726 ± 0.007 | 13% | 0.01 |
| 8 | 64 | 0.218 | 0.239 ± 0.010 | 38% | 0.04 |
| 12 | 144 | 0.032 | 0.028 ± 0.011 | 49% | 0.40 |
| 16 | 256 | 2.3×10⁻³ | 0.014 ± 0.011 | 49% | 0.82 |
| 24 | 576 | 1.1×10⁻⁶ | −0.023 ± 0.011 | 51% | — |
L = 12 で信号が誤差に沈み、L = 24 では厳密値 10⁻⁶ を 4000 測定では見られない(10¹⁰ 回要る)。負の重みの割合は 50% に近づく:正と負がほぼ同数で打ち消し合い、残りが指数的に小さい。
同じ Z(θ) を、リンク変数でなく「プラケットごとの電荷 n」で書き直す(指標展開)。e^{β cos φ + iθφ/2π} を e^{inφ} で展開すると、リンクの積分が全プラケットの n を同じ値に揃え、
$$Z(\theta) = \sum_{n\in\mathbb Z} c_n(\theta)^V,\qquad c_n(\theta) = \int_{-\pi}^{\pi}\frac{d\phi}{2\pi}\,e^{\beta\cos\phi}\cos\!\Big(\big(\tfrac{\theta}{2\pi}-n\big)\phi\BBig)$$V が偶数なら各項は正で、負の項の割合はゼロ。L = 24 の 1.1×10⁻⁶ はこの和を 13 項足しただけの数で、上の表の「厳密」の列はこれである。同じ物理量が、ある変数では指数の壁で、別の変数では和一つ。壁は物理にあるのではなく、重みを正に取れない表現にある。
電子は反対称なので、基底状態の波動関数は節を持つ。虚時間の拡散(拡散モンテカルロ、第2回の熱核そのもの)は正のウォーカーで ψ を表すので、符号を運べない。第8回の Nelson と同じ障害が、今度は計算の壁として現れる。1 次元の調和トラップに閉じ込めた 2 個のフェルミオン(厳密に E_F = 2、ボソンなら E_B = 1)で三通り試した。
| 方法 | E(t = 8) | 厳密 | 何が起きたか |
|---|---|---|---|
| (i) 制約なしの拡散 | 1.005 | E_B = 1 | ボソンに崩れる。符号を持てない拡散の自然な行き先 |
| (ii) 固定節(x₁ = x₂ を越えたウォーカーを消す) | 1.936(dt = 0.0025 で 1.967) | E_F = 2 | 節を教えれば正しい。1 次元では節が厳密に分かる。残りは √dt の偏り |
| (iii) 節を解放(越えたら符号を反転) | — | ⟨sign⟩ が e^{−t} で消える(下表) |
| t | 2 | 4 | 6 | 8 |
|---|---|---|---|---|
| ⟨sign⟩ | 0.127 | 0.013 | −0.005 | −0.026 |
| e^{−(E_F−E_B)t} | 0.135 | 0.018 | 2×10⁻³ | 3×10⁻⁴ |
| 雑音の床 1/√N | 0.007 | 0.007 | 0.007 | 0.007 |
t = 2 → 4 の減衰率 ln(0.127/0.013)/2 = 1.1(予想 E_F − E_B = 1)。t ≥ 6 で雑音に沈む。
第1回 の壁は体積の指数、こちらは虚時間の指数で、指数の中身はどちらも「自由エネルギーの差」である(ボソンとフェルミオンのエネルギー差 × 時間)。3 次元以上では節の位置が分からないので、固定節法は「試行関数の節」を使う近似になり、それが今の電子構造計算の精度を決めている。第2回のヘリウムの計算で変分法を使ったのは、節を扱わずに済む 2 電子だったからである。
Troyer と Wiese (2005) は、一般の符号問題を多項式時間で解く方法があれば NP 完全問題が解ける、ことを示した。だから「符号問題を一般に解く」は無理筋である。だが 第2回 のとおり、個別の問題では変数を取り替えると壁が消える。今の最前線は、この扉を探す仕事になっている。
| 方法 | 何をするか | 効く場所 |
|---|---|---|
| 双対変数(02) | 電荷・ワールドラインで書き直して重みを正に | U(1)、O(N)、一部のフェルミオン模型 |
| 固定節(03) | 節を試行関数で与える | 連続空間の電子系(近似) |
| メロン・クラスター | 符号の違う配位を対にして相殺 | 特定の格子フェルミオン |
| 複素ランジュバン、Lefschetz thimble | 積分路を複素平面に変形(第8回の側方 Borel 和と同じ発想) | 有限密度の一部、収束の保証が課題 |
| テンソルネットワーク | サンプリングせず縮約する | 低次元、低エンタングルメント |
第7回で「未熟と壁を混ぜないこと」と書いた。符号問題は一般には壁だが、どの個別問題に扉があるかは未熟の側で、まだ分かっていない。
| 符号問題 | これまでの線での名前 | 回 |
|---|---|---|
| ⟨sign⟩ = e^{−VΔf} | 自由エネルギーの差 × 大きさ(温度の線) | 1 |
| 負の重みの割合 → 50% | Wigner 関数の負の体積 | 8 |
| フェルミオンの節 | 拡散が越えられない節、Nelson の切れ目 | 8 |
| 固定節法 | 節を外から教える(位相の情報を補う) | 8, 9 |
| 双対表現で正になる | 標準部分を持つ変数を選ぶ(第7回の帳簿) | 7 |
| 積分路の複素化 | 側方 Borel 和、Stokes | 8, 9 |
| NP 困難 | 未熟ではなく壁 | 7 |
scripts/sign_problem.py、scripts/fermion_node_dmc.py(出力 *_out.txt)