| 線 | 格付け | この日の検証 |
|---|---|---|
| Nelson 過程の一時刻密度 = \|ψ\|² | 教科書(Nelson 1966、定理) | ⟨x⟩ 0.5%、⟨x²⟩ 0.3% |
| 二時刻相関で量子力学と食い違う | Grabert–Hänggi–Talkner 1979 | C(π):Nelson +1.27、量子 −1.50 |
| 正の確率過程では C(π) = −C(0) を出せない(Cauchy–Schwarz) | 自明な定理 | — |
| Wigner 関数の負の部分が必要(Hudson 1974) | 教科書 | 符号つきなら両立、切ると両方壊れる |
| Borel–Padé 和は厳密解と一致 | 教科書 | 積分 10⁻⁴⁵、非調和振動子 10⁻¹⁶ |
| 側方 Borel 和の虚部 = 崩壊率(Stokes 現象、resurgence) | Écalle、Zinn-Justin、Dunne–Ünsal | 積分:比 0.97→1、量子力学:比 1.000 |
| 「節 = 負の確率」と「曖昧さ = 崩壊率」が同じ型の主張 | この地図の語り | — |
Nelson (1966) の確率力学:粒子は拡散係数 D = ħ/2m のブラウン運動をし、速度場は波動関数から b = (ħ/m)[Re + Im](∇ψ/ψ) で決まる(流れの速度 + 浸透圧の速度)。すると粒子の密度が |ψ(x,t)|² に一致する、というのが定理である。第1回のウィック回転が「虚時間の拡散 = 量子力学の静的な量」だったのに対し、こちらは実時間の拡散で動く密度を追う。
| t | ⟨x⟩ Nelson | ⟨x⟩ 量子 | ⟨x²⟩ Nelson | ⟨x²⟩ 量子 |
|---|---|---|---|---|
| 0 | +0.707 | +0.707 | 1.014 | 1.000 |
| 1.5 | +0.046 | +0.050 | 1.008 | 1.000 |
| 3.0 | −0.699 | −0.700 | 1.003 | 1.000 |
| 4.5 | −0.152 | −0.149 | 1.005 | 1.000 |
| 6.0 | +0.674 | +0.679 | 1.002 | 1.000 |
速度場は節(ψ = 0)で発散するので、刻みを細かくし、速度に上限を置いた。最初の版(刻み 10⁻³)では節を跨いだ粒子が飛ばされて ⟨x²⟩ が 15 まで膨れた。
励起状態 ψ₁ は x = 0 に節があり、二つの山に分かれている。粒子を片方の山から出し、二時刻の相関 C(t) = ⟨x(t)x(0)⟩ を測る。量子力学の対称化した相関は Re⟨1|x(t)x(0)|1⟩ = (|x₁₀|² + |x₁₂|²) cos t = 1.5 cos t。
| t | Nelson C(t) | 量子 1.5 cos t | 節を跨いだ粒子 |
|---|---|---|---|
| 0 | 1.50 | 1.50 | 0% |
| π/2 | 1.28 | 0.00 | 0.2% |
| π | 1.27 | −1.50 | 0.4% |
| 2π | 1.25 | 1.50 | 0.8% |
Nelson の値は片方の山の平均の二乗 (2/√π)² = 1.273 に落ち着く。節を跨いだ粒子は数値の漏れで、刻みを 1/5 にすると 1.9% → 0.4% に減る(連続極限ではゼロ)。
量子力学の相関は振動して符号を変える。粒子は節を越えられないので、相関は正のまま。一時刻では同じ、二時刻では別物。節は第1回・第4回でいう「越えられない峠」で、拡散はそこでエルゴード性を失う。量子力学が失わないのは、位相を持つからである。Nelson 自身も 2005 年の「確率力学の謎」でこの立場を離れた。
切れ目は Nelson の作り方の欠陥ではなく、正の確率全体に対する定理である。
では何ならできるか。位相空間 (x, p) で古典的な振動子の流れ x(t) = x cos t + p sin t を使い、初期分布に Wigner 関数 W(x,p) を取ると、一時刻の密度も二時刻の相関も量子力学に一致する(二次のハミルトニアンでは厳密)。ただし ψ₁ の Wigner 関数は原点で負(W(0,0) = −1/π)で、負の体積は 0.21 ある。
| 重み | ρ(x=0), t=0 | ρ(x=0), t=π/4 | C(0) | C(π) |
|---|---|---|---|---|
| 量子力学の要求 | 0 | 0 | 1.5 | −1.5 |
| Wigner(符号つき) | 0.000 | 0.000 | 1.500 | −1.500 |
| Wigner の負の部分を切って正規化 | 0.225 | 0.225 | 1.250 | −1.250 |
| 正の積分布 ψ₁²(x)ψ₁²(p) | 0.000 | 0.423 | 1.500 | −1.500 |
符号つきの Wigner 関数だけが、節(ρ(0) = 0 がすべての時刻で保たれること)と相関の両方を満たす。負の部分を切ると節が埋まり、正の積分布は相関は出せるが π/4 で節が埋まる。Hudson (1974) の定理 ── Wigner 関数が非負なのはガウス状態だけ ── がこの表の中身で、節の正体は位相空間の負の確率である。拡散が量子になれないのは、負の確率を持てないからだ、と一行で言える。
第7回で、摂動級数は n! で発散し、最適な打ち切りでもインスタントン e^{−1/4g} の誤差が残ると書いた。だが係数を n! で割り(Borel 変換)、Padé 近似で解析接続し、ラプラス積分で戻せば、級数は足せる。
| 対象 | g | 最適打ち切り | Borel–Padé |
|---|---|---|---|
| 積分 Z(g) = ∫e^{−x²/2−gx⁴/4} | 0.02 | 3×10⁻⁷ | 7×10⁻⁴⁵ |
| 1.0 | (使えない) | 8×10⁻¹³ | |
| 非調和振動子 E₀(g)、H = p²/2 + x²/2 + gx⁴ | 0.1 | 1×10⁻² | 1×10⁻¹⁶ |
| (摂動級数 60 次、Rayleigh–Schrödinger 漸化式) | 1.0 | 4.5×10⁻¹ | 1×10⁻¹¹ |
非調和振動子の係数:0.5, 0.75, −2.625, 20.81, −241.3, 3581, …、60 次での比 e₆₀/e₅₉ = −179 ≈ −3k(Bender–Wu 1969 の大次数の振る舞い)。厳密値は 600 基底の対角化。
g < 0 ではポテンシャルが下に開き、状態は不安定になる。このとき Borel 変換に実軸上の特異点が現れ、ラプラス積分の路をその上に避けるか下に避けるかで、和の虚部の符号が変わる。この曖昧さは欠陥ではなく、トンネルによる崩壊率を運んでいる、というのが resurgence の主張である。積分と量子力学の二段で確かめた。
| 対象 | g | Im(Borel 和) | 崩壊率(独立計算) | 比 |
|---|---|---|---|---|
| 積分(鞍点 e^{−1/4\|g\|}/√2) | −0.05 | 4.61×10⁻³ | 4.76×10⁻³ | 0.97 |
| −0.2 | 1.84×10⁻¹ | 2.03×10⁻¹ | 0.91 | |
| 非調和振動子(複素スケーリングの共鳴 E − iΓ/2) | −0.02 | 2.983×10⁻⁷ | 2.983×10⁻⁷ | 1.000 |
| −0.05 | 3.347×10⁻³ | 3.347×10⁻³ | 1.000 | |
| −0.08 | 2.465×10⁻² | 2.465×10⁻² | 1.000 |
積分の比が 1 からずれるのは一インスタントン近似の O(g) 補正。量子力学では近似を使わず(複素スケーリングは厳密な数値法)、4 桁で一致した。実部も 8 桁一致。
この回の二本は、別の話に見えて同じ主張をしている。
| Nelson の拡散 | 摂動級数 | |
|---|---|---|
| うまくいく範囲 | 一時刻の密度 | 最適打ち切りまで |
| 切れる場所 | 節(二時刻の相関) | Borel 変換の特異点(負の g) |
| 正の・実の範囲で埋めようとすると | Cauchy–Schwarz で不可能 | e^{−1/4g} の誤差が残る |
| 埋めるもの | 負の確率(Wigner) | 虚部(側方 Borel 和) |
| それが運ぶ物理 | 位相、干渉 | トンネル、崩壊率 |
どちらも、「正の実数の範囲で閉じようとすると曖昧さが残り、その曖昧さが物理量である」という形をしている。量子力学の位相と、トンネルの崩壊率は、どちらも「正の確率では書けない部分」の名前だった。
scripts/nelson_sm.py、scripts/wigner_node.py、scripts/borel_stokes.py、scripts/anharmonic_resurgence.py(出力 *_out.txt)