第1回で、ES の「無限個のサンプル」を超準解析で読む小論から出発した。そのときは「小論は超準解析を使っていない」と書いた。七回かけて線を引いた今、超準解析が本当に効く場所がどこかを、計算で確かめる。
| 線 | 格付け | この日の検証 |
|---|---|---|
| 保存性定理:超準解析で証明できる標準の定理は、なしでも証明できる | 教科書(Robinson 1966、Nelson 1977) | — |
| 2 次元の δ 井戸は固定 g で標準部分を持たず、g·ln(1/ε) だけが有限 | 教科書(Albeverio ら 1986) | 傾き 0.3183 vs 1/π |
| 最適打ち切りの誤差 = インスタントン e^{−1/4g} | 教科書(Dyson 1952、Bender–Wu 1969) | 指数一致、前因子は √g 程度 |
| resurgence:級数の曖昧さが非摂動の寄与を決める | Écalle 1981、物理では 2010 年代〜 | 一変数の積分でのみ |
| 次元正則化の ε は無限小、1/ε は無限大の数 | 語り(計算は教科書) | d = 2 − ε の井戸 |
| 経路積分 = 超有限の積、標準部分 = Mehler 核 | 教科書(Anderson 1976、Loeb 測度) | 8×10⁻⁸ で一致 |
| 「CD とレコードは区別できない」= 移行原理 | 教科書(Nelson 1987) | — |
超準解析は、実数に無限小と無限大を付け加えた超実数の体系で、Robinson (1966) が無矛盾性を示した。要となる定理が二つある。
つまり、超準解析は新しい数も新しい定理も生まない。生むのは、ε-δ の論法を「無限小 ε について計算し、最後に標準部分 st(·) を取る」という一本の手順に置き換える、短い道である。これは第1回で書いた c·t=const の位置づけ ──「何も言わない。ただ計算がたまに楽になるだけ」── と、同じ種類の価値である。以下、楽になる場所を四つ、計算で見る。
幅 ε、積分した強さ g の井戸(2 次元、ħ = m = 1)の束縛エネルギーを求める。δ ポテンシャルを「幅が無限小で深さが無限大の井戸」として定義し、標準部分があるかを問う。
| ε | E(g = 0.5) | E(g = 1) | E(g = 2) |
|---|---|---|---|
| 1 | −3.6×10⁻⁶ | −2.0×10⁻³ | −5.1×10⁻² |
| 0.01 | −3.6×10⁻² | −2.0×10¹ | −5.1×10² |
| 0.0001 | −3.6×10² | −2.0×10⁵ | −5.1×10⁶ |
|E| ∝ (1/ε²)·e^{−2π/g}。ε を無限小にすると E は −∞ に飛び、固定した g では標準部分を持たない。
存在させるには、g を ε に連動した無限小にして、積だけを有限に保つしかない。E = −1 を固定して g(ε) を解くと:
| ε | g(ε) | 1/g | ln(1/ε) | Δ(1/g)/Δln(1/ε) |
|---|---|---|---|---|
| 10⁻² | 0.679 | 1.47 | 4.61 | 0.3157 |
| 10⁻⁴ | 0.340 | 2.94 | 9.21 | 0.3182 |
| 10⁻⁶ | 0.227 | 4.40 | 13.82 | 0.3183 |
傾きは 1/π = 0.3183。一行の積分 1 = g∫d²k/(2π)²/(k²/2+|E|) の予言と 4 桁一致(最初に書いた予言は係数を 2 倍間違えていて、数値の方が正しかった)。
摂動級数は n! で発散する(Dyson 1952)。一番簡単な例 Z(g) = ∫e^{−x²/2 − gx⁴/4}dx/√2π の級数 Σcₙgⁿ は cₙ/cₙ₋₁ ≈ −4n。超準解析の読みでは、g が無限小なら超有限項までの和には標準部分があり、どこで止めるかの曖昧さだけが残る。その曖昧さの大きさを測る。
| g | 最適 N | 誤差 | e^{−1/4g} | 比 |
|---|---|---|---|---|
| 0.02 | 12 | 2.9×10⁻⁷ | 3.7×10⁻⁶ | 0.08 |
| 0.05 | 5 | 8.0×10⁻⁴ | 6.7×10⁻³ | 0.12 |
| 0.1 | 2 | 1.3×10⁻² | 8.2×10⁻² | 0.16 |
| 0.2 | 1 | 5.8×10⁻² | 2.9×10⁻¹ | 0.20 |
指数はぴったり合い、前因子は g のべき(√g 程度)。
級数からどうやっても取り除けない誤差が、非摂動の寄与と同じ大きさ。摂動級数は非摂動の情報を「足せない部分」として持っている。これを体系化したのが resurgence(Écalle 1981)で、第3回の定理 2 が β = 0.3 で壊れたのも、この同じ壁である。
次元正則化の d = 4 − ε は、ε を無限小と読めばそのまま超準解析になる。1/ε の極は「無限大の数」、MS-bar は「無限大の部分を引いてから標準部分を取る」の正式名称。第2回 の井戸を d = 2 − ε 次元に置くと、d < 2 では繰り込みが要らず、束縛エネルギーがカットオフなしで決まる:|E| = (1/gC_d)^{2/(2−d)}。
| ε | d | \|E\| | 指数 2/(2−d) |
|---|---|---|---|
| 0.5 | 1.5 | 1.4 | 4 |
| 0.1 | 1.9 | 2.4×10⁻¹¹ | 20 |
| 0.01 | 1.99 | 7.6×10⁻³⁰² | 200 |
ε → 0 で |E| → 0。「g が標準の数なら標準部分は 0」で、第2回 のカットオフ版と同じ判定。指数 2/(2−d) → ∞ が、第2回 の e^{−2π/g} に化ける。
ファインマンの経路積分は、一般には測度として定義できない。だが時間を超有限個 N に刻んだ積 (K_ε)^N なら定義は自明で、問題は「標準部分があるか」だけになる(Anderson 1976 の Loeb 測度)。調和振動子(ħ = m = ω = 1、虚時間 T = 2)で、標準部分が厳密解(Mehler 核)に一致するかを見る。
| N | ε = T/N | max \|K_N − Mehler\| | K_N(0,0) | −ln Z/T |
|---|---|---|---|---|
| 4 | 0.5 | 5.5×10⁻³ | 0.21493 | 0.42062 |
| 64 | 0.031 | 2.2×10⁻⁵ | 0.20950 | 0.42727 |
| 1024 | 0.002 | 8.5×10⁻⁸ | 0.209481 | 0.42729 |
| 厳密 | 0.209481 | 0.42729 |
誤差は 1/N² で消える(対称な分割)。−ln Z/T は T → ∞ で基底エネルギー 0.5 に行く量で、T = 2 での厳密値 0.42729 と一致。
これは第2回の「深さ = 虚時間の CNN」そのものでもある。1 層が K_ε、N 層が経路積分。超準解析は、その N を超有限にしたときの「層を重ねきった極限」に名前を付けている。
Nelson (1987) の radically elementary の立場:連続体を「無限小間隔の超有限格子」で置き換えても、標準的な観測では一切区別できない。これは移行原理から出る定理である。ブラウン運動は無限小の歩幅 ±√dt の超有限回のランダムウォークで、伊藤の公式 (dW)² = dt は近似ではなく等式になる。第1回の η/N の交換則(η 無限小、N 超有限で SDE)は Anderson の定理の一行である。
第1回で触れた c·t=const の立場には「離散も連続もとっていない。CD とレコードは区別できない」という一行が付いている。それは超準解析という名前の数学で、定理として裏付けられている。
| 超準解析 | 物理での名前 | 節 |
|---|---|---|
| 無限小 ε | 格子間隔、井戸の幅、次元のずれ d − 4、ES の σ | 02、04 |
| 無限大 1/ε | カットオフ Λ、次元正則化の極 | 02、04 |
| 無限小と無限大の積のうち標準部分を持つもの | 繰り込まれた結合定数、観測量 | 02 |
| 標準部分を取る操作 st(·) | 連続極限、MS-bar | 02、04、05 |
| 超有限和の打ち切りの曖昧さ | インスタントン、非摂動の寄与 | 03 |
| 超有限の積 | 経路積分、深い CNN | 05 |
| 超有限格子 ≡ 連続体(移行原理) | 「CD とレコードは区別できない」 | 06 |
| 保存性定理 | 「何も言わない、計算が楽になるだけ」 | 01 |
scripts/delta2d_nsa.py、scripts/nsa_lines.py、scripts/hyperfinite_path.py(出力 *_out.txt)