考えるAIと物理 ── 第 6 回
AI・計算 × 物理の境界を、点でなく線で辿る

宇宙の地平面を CNN で計算する 地平面は対数の時計 ── その上で拡散し、その上で結合定数が走る

2026-10-20 / 第1回の「対数の換算」と第2回の「深さ = 時間」を、宇宙の一番大きなスケールに当てる。検証は付録に
四行の要約
  1. 見える一番長い波長(地平面 c·t)は宇宙年齢とともに伸びる。 原子からの比で数えると、今は e 倍で 88 目盛り。これは第1回の「対数の換算」であり、くりこみ群の時計そのものである。
  2. その時計の上で、地平面の外の場は拡散する(確率的インフレーション)。第2回の熱核 CNN で深さを e-fold 数にすれば、インフレーションが終わるまでの時間の分布が出る。裾はガウスでなく指数で、厳密解と 1% で一致した。
  3. その時計の上で、結合定数は走る。 格子の箱を地平面とみなし、箱を倍にするごとの結合定数の変化を測ると、漸近的自由の予言の向きと桁で走った(2 次元 O(3) 模型)。
  4. 時計は止まる。 宇宙が Λ に支配されると地平面は頭打ちになり、格子では箱が相関長を超えると結合定数の意味が消える。スケールが一つ固定された瞬間、対数の時計は進まなくなる。

00先に仕分け表

線格付けこの日の検証
地平面 ÷ コンプトン波長 ≈ 3×10³⁸、ln ≈ 88 が赤外と紫外の間のくりこみ群の時間教科書(数えるだけ)—
確率的インフレーション = e-fold を時計にした拡散(Starobinsky 1986)教科書熱核 CNN で厳密解と 1%
e-fold 数の分布の裾は指数(PBH の生成率を決める)Pattison ら 2017、Ezquiaga ら 2020減衰率 0.529 vs 厳密 0.500
箱の大きさで結合定数が走る(step scaling、Lüscher–Weisz–Wolff 1991)教科書(格子場の理論)L ≤ 16 で 1 ループの 1.5〜1.8 倍の速さ
c·t=const は「粗視化なしの再スケール」の段この地図の語り—
「Λ で地平面が止まる」と「L > ξ で結合定数が止まる」は同じ構造この地図の語り後者のみ数値で確認

01地平面は対数の時計

見える一番長い波長は地平面の大きさ c·t で、宇宙年齢に比例して伸びる。短い側の端(原子、コンプトン波長 λ_C = ħ/mc)は動かない。だから見えるスケールの幅は

$$\ln\frac{c\,t_0}{\lambda_C} \;=\; \ln\frac{4.4\times10^{17}\ \text{s}}{1.3\times10^{-21}\ \text{s}} \;\approx\; \ln(3\times10^{38}) \;\approx\; 88$$

と、対数で広がる。くりこみ群の言葉では、赤外のカットオフ(地平面)と紫外のカットオフ(原子)のあいだの「くりこみ群の時間」が、宇宙年齢の対数とともに増えていく。第1回の三つ目の換算 ln x ∝ t が、宇宙そのものに当てはまっている。

物差しを地平面に固定して書き直すと(第1回で触れた c·t=const の座標)、長い側は動かず、原子が 1/t で縮んでいく。同じ 88 目盛りである。くりこみ群の一歩は「粗視化」と「再スケール」の合成で、地平面を物差しに取り直し続けるのは再スケールの段だけを粗視化なしで連続的にやることにあたる。再スケールだけでは物理は流れない ── これが「c·t=const は何も言わない」のくりこみ群での言い方で、流れるのは粗視化を伴ったときの無次元量だけである。以下の二つの計算は、その「粗視化を伴う」側を扱う。

02時計の上で拡散する:確率的インフレーション

インフレーション中、地平面より長い波長の場 φ は、e-fold 数 N = ln a を時間として、古典的なドリフトと量子ゆらぎによる拡散で動く(Starobinsky 1986)。

$$\frac{d\phi}{dN} = -\frac{V'}{3H^2} + \frac{H}{2\pi}\,\xi(N)$$

これは第1回の「二次の換算(拡散)」が「対数の時計」の上で走る形で、第2回の熱核 CNN がそのまま使える。深さ = e-fold 数、カーネル = 拡散 (H/2π)² とドリフト、境界 = インフレーションの終わり。境界から出ていく確率の流束が「終わるまでの N の分布」で、それが曲率ゆらぎ ζ = N − ⟨N⟩ の分布である(δN 形式)。

計算平らな坂(ドリフト v = 1、拡散 σ = 1、出発点 φ₀ = 6、古典的な e-fold 数 6)。厳密解は逆ガウス分布
N熱核 CNN厳密解同じ平均・分散のガウス
30.1020.1030.077
60.1610.1630.163
121.27×10⁻²1.29×10⁻²8.1×10⁻³
161.63×10⁻³1.64×10⁻³3.9×10⁻⁵
201.97×10⁻⁴1.99×10⁻⁴1.3×10⁻⁸
251.39×10⁻⁵1.40×10⁻⁵1.4×10⁻¹⁴

平均 ⟨N⟩:CNN 5.94、厳密 6.00、ランジュバン 40 万本 6.02(残り 1% は N > 30 で打ち切った裾)。裾の減衰率:CNN 0.529、厳密 v²/2σ² = 0.500。

裾はガウスではなく指数。 N = 25 でガウスの予想より 10⁹ 倍多い。原始ブラックホールの生成率はこの裾で決まるので、ガウス近似では桁で間違える ── これが 2017〜2020 年に分かったことで、この表にそのまま出ている。「終わるまでの時間の分布」は初通過時間なので、第4回の脱出時間と同じ数学であり、裾が指数になる理由も同じである。

03時計の上で結合定数が走る:箱を地平面にする

場の理論の結合定数は、見るスケールとともに走る。赤外側のスケールを「箱の大きさ L」で与え、箱の中で結合定数 ḡ²(L) = m(L)·L(m(L) は箱の中の質量ギャップ)を定義して、箱を倍にするごとの変化を測る ── これが Lüscher–Weisz–Wolff の step scaling で、「地平面が結合定数の時計を進める」を文字どおり計算する方法である。模型は漸近的自由な 2 次元 O(3) シグマ模型、1 ループの予言は 1/ḡ²(2L) = 1/ḡ²(L) − (ln 2)/2π。

計算β = 1.6、T = 8L、Wolff クラスター法、質量は t ∈ [L, 2L] の有効質量
L → 2Lḡ²(L)ḡ²(2L) 測定1 ループ2 ループΔ(1/ḡ²) 測定 / 1 ループ
4 → 80.9651.137 ± 0.0101.0801.1060.157 / 0.110
8 → 161.1371.457 ± 0.0141.3001.3470.193 / 0.110
16 → 321.4573.33 ± 0.281.7361.862(箱 > 相関長)
32 → 643.33(14.7、信用できない)——(箱 ≫ 相関長)

04時計は止まる

地平面の時計は永遠には進まない。宇宙が Λ に支配されると地平面は c/H_Λ ≈ 160 億光年で頭打ちになり、見える最長波長はそこで止まる。それ以降は、どれだけ待っても新しいスケールは入ってこない。くりこみ群の言葉では、ド・ジッター空間はスケール不変な固定点で、時計が進まなくなる。

第3回 で L > ξ のとき結合定数が意味を失ったのは、同じことの格子版である。スケールが一つ固定された瞬間に、対数の時計は意味を失う。「観測できる波長はだんだん長くなる」は、いま私たちが固定点に落ちる途中にいるから言えることで、永遠の話ではない。

05換算表

宇宙くりこみ群 / CNNこの回での役
地平面 c·t赤外カットオフ、箱の大きさ L01、03
原子 λ_C紫外カットオフ、格子間隔 a01
e-fold 数 N = ln aくりこみ群の時間、CNN の深さ02
量子ゆらぎ (H/2π)²拡散係数、熱核のカーネル02
インフレーションの終わり吸収境界、初通過02
結合定数の走りstep scaling σ(u)03
Λ による地平面の頭打ち固定点、L > ξ04
不変な無次元量ln(ct/λ_C)、Péclet 数 φ₀v/σ²、ḡ²(L)、L/ξ—

06正直な線

どこで線が切れるか
まとめ
  1. Starobinsky (1986) / Vennin & Starobinsky (2015) / Pattison, Vennin, Assadullahi, Wands (2017) / Ezquiaga, García-Bellido, Vennin (2020)
  2. Lüscher, Weisz, Wolff (1991) Nucl. Phys. B 359, 221 / Wolff (1989) クラスター法
  3. スクリプト:scripts/stochastic_inflation.py、scripts/o3/o3_step.cpp(出力 g2_L*.txt)