考えるAIと物理 ── 第 3 回
AI・計算 × 物理の境界を、点でなく線で辿る

三つの小さな定理 別々の名前で知られていたものが、一本の式だった

2026-10-19 / 第1回・第2回 で引いた線から出てきた定理。新発見ではなく「同じものだった」という種類。定理 2・3 は数値で確認

第1回・第2回 で線を引いていくと、別々の分野で別々の名前を持つ式が、実は同じ一行だったという場面が何度もあった。ここではそのうち三つを、定理の形に書き下す。どれも証明は短い。面白さは証明ではなく、何と何が同じだったかの方にある。

00先に仕分け表

定理数学としての格付け読み方の格付けこの日の検証
1.対数微分の恒等式に五つの顔教科書(各分野)統一の見方も既知(機械学習のスコア関数推定)—
2.自然選択 = ES + ばらつきを好む項厳密な漸近展開(キュムラント展開)「ばらつきを好む」は語りβ=0.1 で誤差 1/3
3.二つの時計は q 数で一本自明(分散の加法性)「熱とくりこみの時計」は語り線形 CNN で一致

01定理 1:一つの恒等式に五つの顔

定理
確率分布 \(p_\theta\) と関数 \(f\) について $$\nabla_\theta\, \mathbb{E}_{p_\theta}[f] \;=\; \mathbb{E}_{p_\theta}\!\big[f\,\nabla_\theta \ln p_\theta\big] \;=\; \mathrm{Cov}_{p_\theta}\!\big(f,\ \nabla_\theta \ln p_\theta\big)$$

証明。 \(\nabla p = p\,\nabla\ln p\) を積分の中で使うだけ。二つ目の等号は \(\mathbb{E}[\nabla\ln p] = \nabla\!\int p = 0\) から。∎

「パラメータで期待値を微分すると、f とスコア関数の共分散になる」。\(p_\theta\) の選び方を変えると、今日出てきたものが全部この一行の特殊例になる。

\(p_\theta\) の選び方スコア \(\nabla\ln p_\theta\)出てくるもの
ガウス \(\mathcal N(\theta, \sigma^2 I)\)\(\epsilon/\sigma\)Stein の補題、ES の勾配 \(\frac1\sigma\mathbb E[L(\theta+\sigma\epsilon)\,\epsilon]\)
集団の分布、\(f\) = 適応度個体の形質 − 平均Price の式 \(\Delta\bar z = \mathrm{Cov}(w,z)/\bar w\)、Fisher の自然選択の基本定理(平均適応度は分散の速さで増える)
\(|\psi_\theta|^2\)\(2\nabla\ln\psi\)VMC の勾配 \(2\,\mathrm{Cov}(E_L, \nabla\ln\psi)\)。\(E_L\) 自体も θ に依存するが、その項はハミルトニアンのエルミート性で消える
方策 \(\pi_\theta(a|s)\)\(\nabla\ln\pi\)REINFORCE(強化学習の方策勾配)
統計モデルスコア関数フィッシャー情報 = スコアの共分散 = 自然勾配の計量
補足:進化は情報幾何の自然勾配
最後の行と二行目をつなぐ定理がある。Shahshahani (1979):自然選択のレプリケータ方程式は、フィッシャー情報計量(Shahshahani 計量)での勾配上昇そのものである。Fisher の基本定理の「分散の速さで増える」は、この計量で測った勾配の長さの二乗にあたる。ES の論文が言いたかった「進化は勾配を計算している」は、40 年以上前に情報幾何の形で定理になっていた。

02定理 2:自然選択 = ES + ばらつきを好む項

第1回 の線では、ES は平均エネルギー \(\langle L\rangle\) を、自然選択は自由エネルギー \(-\frac1\beta\ln\langle e^{-\beta L}\rangle\) をぼかしていた。その差を β で展開する。

定理
集団 \(z+\sigma\epsilon\)(\(\epsilon\sim\mathcal N(0,1)\))、適応度 \(w=e^{-\beta L}\) のとき、選択 1 世代の移動は $$\Delta\bar z \;=\; \sigma^2\nabla\ln\langle e^{-\beta L}\rangle_\sigma \;=\; \underbrace{-\beta\sigma^2\,\nabla\langle L\rangle_\sigma}_{\text{ES}} \;+\; \underbrace{\frac{\beta^2\sigma^2}{2}\,\nabla\mathrm{Var}_\sigma[L]}_{\text{ばらつきの大きい方へ}} \;+\; O(\beta^3)$$

証明。 一つ目の等号は Lande の式(定理 1 のガウス版)。二つ目はキュムラント展開 \(\ln\langle e^{-\beta L}\rangle = -\beta\kappa_1 + \frac{\beta^2}{2}\kappa_2 - \frac{\beta^3}{6}\kappa_3 + \cdots\) を \(z\) で微分する。∎

指数の重みは凸関数なので(Jensen の不等式)、自然選択は ES と違い、集団の中で損失がばらつく場所へ引き寄せられる。第1回 で見た「z = 0.9 で選択は外側の谷底へ、ES は内側の 0.72 へ」という向きの食い違いで、ES の向きを押し戻す側に最初に効くのがこの 2 次の項である(β = 3 のような強い選択では高次の項も効くので、2 次だけで説明できるわけではない)。

計算二重井戸 \(L=(x^2-1)^2\)、z = 0.9、σ = 0.4、ガウスの集団 200 万点
β選択(厳密)ES(1 次のみ)1 次 + 2 次
0.1−0.01225−0.01676−0.01076
0.3−0.02245−0.05029+0.00379
1.0−0.01765−0.16765+0.43329

β = 0.1 では 2 次の項を足すと誤差が 0.0045 → 0.0015 と 3 分の 1 になる。β ≥ 0.3 では展開が使えない。4 次式の地形はガウスの集団の下で分散が大きく、この級数は漸近級数としてしか働かないためである。

03定理 3:二つの時計は q 数で一本

第1回 では、CNN の深さに二つの時計があった。ストライド 1 なら受容野は \(\sigma^2\propto L\)(熱方程式の時計)、毎層間引けば \(\ln\sigma\propto L\)(くりこみ群の時計)。この二つは一つの式の極限である。

定理
1 層のカーネルの分散を \(v\)、ストライドを \(s\) とし、\(L\) 層重ねた線形の畳み込みの受容野の分散(入力の座標で測る)は $$\frac{\sigma^2}{v} \;=\; 1 + s^2 + s^4 + \cdots + s^{2(L-1)} \;=\; [L]_q,\qquad q=s^2,\qquad [L]_q=\frac{q^L-1}{q-1}$$

証明。 独立な層の分散は足し算になる。\(l\) 層目のカーネルは、\(l-1\) 回の間引きのあとの格子で働くので、入力の座標では分散が \(v\,s^{2(l-1)}\) になる。これを \(l=1\) から \(L\) まで足す。∎

計算ランダムな線形 CNN(1 次元、3 タップ、8 チャンネル、\(v=2/3\))、勾配の二乗で重み付けした分散
sL測定\(v[L]_q\)
142.652.67
11610.7810.67
16444.442.7
2452.956.7
26839910

L = 1、2 は表から外した(0.39 と 1.05、理論 0.67 と 1.33)。分散を出力の中心ではなく、試行ごとの重心のまわりで測ったため、重心のふらつきの分だけ小さく出る。測り方の問題で、定理の問題ではない。L = 64 は重みの大きさを 1/√24 に縮めて桁あふれを避けた。ストライド 2 で 8% 低い原因(間引きの位置合わせ・境界)は確認していない。

04正直な線

どこまで言えるか
まとめ
  1. Stein (1981) / Price (1970) / Fisher (1930) The Genetical Theory of Natural Selection / Lande (1976)
  2. Shahshahani (1979) A new mathematical framework for the study of linkage and selection, Mem. AMS / Amari『情報幾何の方法』
  3. Williams (1992) REINFORCE / VMC の勾配:Umrigar ら (2007) ほか
  4. Luo ら (2016) Understanding the Effective Receptive Field / q 数:Kac & Cheung『Quantum Calculus』
  5. スクリプト:scripts/theorems.py