考えるAIと物理 ── 第 2 回
AI・計算 × 物理の境界を、点でなく線で辿る

CNN で物理を計算する カーネル・深さ・チャンネル・対称性 ── 四つの部品の物理での名前

2026-10-19 / 第1回「c はどこにでもいる」の続き。数値はすべてこの日に回したもの(3D はビルド機の RTX 3090)

第1回 で二つの線を引いた。CNN の深さは熱方程式の時間で、熱方程式の時間を虚数にするとシュレディンガー方程式になる。この二本をつなぐと、「畳み込みを何層も重ねることでスペクトルが出る」はずである。やってみると、CNN の部品(カーネル・深さ・チャンネル・格子の対称性)は、どれも物理の言葉で名前が付いていた。

00先に仕分け表

線格付けこの日の検証
カーネルのフーリエ変換 = 分散関係教科書(固体物理)6 桁一致、2 チャンネルで 10⁻¹⁵
時間 1 階なら拡散(D)、2 階なら波(c)。どちらもカーネルの 2 次モーメント教科書D 1.0000、群速度 0.9891 vs 0.9888
深さ = 虚時間 → 準位(虚時間発展法)教科書(数値計算)Morse 分子 4 桁、水素 n≤3
格子が SO(4) を壊す:2s と 2p が割れる教科書(離散化誤差)確認
立方格子で 3d が eg + t2g に割れる(結晶場分裂と同じ群論)教科書(群論)指標が整数で一致
2 次元 U(1) の面積則(閉じ込め)教科書(厳密解)5 種のループで一致
ゲージ同変 CNN(L-CNN、Favoni ら 2022)実在、新しめ普通の CNN は学習できず
ニューラル試行関数で多電子系(FermiNet 系、2020〜)実在、新しめHe で厳密値に一致
VMC の勾配 = 共分散 = Price の式・ES と同じ形語り(式は正しい)—

01カーネル = 分散関係

核心
畳み込みは平行移動と可換な線形操作なので、平面波 \(e^{ikx}\) を固有関数にもつ。その固有値(カーネルのフーリエ変換)が、物理でいう分散関係そのものになる。

1 次元の 2 階微分カーネル \([1,-2,1]\) に平面波を通すと、固有値は \(-2(1-\cos ka)\) になる。これは原子が一列に並んだ結晶の格子振動 \(\omega^2 = \tfrac{2K}{m}(1-\cos ka)\) である。

計算同じカーネルを、時間 1 階と 2 階で回す
回し方方程式測ったもの測定カーネルから
時間 1 階\(u_t = \text{conv}(u)\):拡散\(\langle x^2\rangle/2t\)1.00001.0000
時間 2 階\(u_{tt} = \text{conv}(u)\):波波束の速さ(k=0.3)0.98910.9888

拡散係数 D も音速 c も、カーネルの 2 次モーメントから出る換算係数である。二次の換算になるか一次の換算になるかは、時間微分の階数だけで決まる。

チャンネル = バンド。 質量 \(m_1, m_2\) が交互に並ぶ鎖は、2 チャンネルの畳み込みになる。カーネルは 2×2 の行列で、そのフーリエ変換の固有値が音響モードと光学モードの 2 本のバンドになる。格子を直接対角化した 128 モードとの差は最大 \(7\times10^{-15}\)。ギャップの端は \(\sqrt{2K/m_2}=0.8165\) と \(\sqrt{2K/m_1}=1.4142\) で、比は無次元量 \(\sqrt{m_2/m_1}\) だけで決まる。

02深さ = 虚時間 → スペクトル

シュレディンガー方程式を虚時間で書くと熱方程式になる。1 層を「虚時間を \(\delta\tau\) 進める」操作にすると

$$\psi \;\leftarrow\; \psi - \delta\tau\,\big(\underbrace{\text{conv}(\psi,\,[-\tfrac12,\,1,\,-\tfrac12]/h^2)}_{\text{運動エネルギー}} + \underbrace{V\cdot\psi}_{\text{点ごとの積}}\big)$$

層を重ねるほど高い準位が \(e^{-E\tau}\) で速く消え、基底状態が残る。チャンネルを \(K\) 本にして互いに直交させれば、下から \(K\) 個の準位が同時に出る。

計算二原子分子の振動(Morse ポテンシャル \(D(1-e^{-ax})^2\)、D=20, a=1)、5 チャンネル
深さ虚時間E₀E₁E₂E₃E₄
5,0000.24.077.5515.2618.8119.51
20,0000.83.0398.36012.69516.05518.664
100,0004.03.03728.361412.685716.010118.3347
厳密3.03738.361812.686416.010918.3355

残る \(10^{-3}\) の差は格子幅による離散化誤差。上の準位ほど多くの層が要るのは、混ざった成分が \(e^{-(\text{準位差})\,\tau}\) でしか消えないから。必要な深さを決めるのは無次元量 準位差 × 虚時間。第1回 の「虚時間 = 逆温度」から見れば、深い CNN とは冷やしていく装置である。

033 次元:水素原子と、壊れる対称性

3×3×3 の畳み込み(6 近傍のラプラシアン)と \(-1/r\) の積で、同じことを 3 次元でやる。格子は 128³、格子幅 0.5 bohr、15 チャンネル、12,000 層(虚時間 840)。原子核は立方体の中心に置き、格子の対称性(立方群 Oh)が原子核のまわりで厳密に保たれるようにした。

計算深い 3D CNN が出した準位と、Oh の指標による分類
準位 (Ha)厳密縮退指標 (E, C₄, C₃, C₂, i)既約表現中身
−0.47386−0.511, 1, 1, 1, 1A1g1s
−0.12596−0.12533, 1, 0, −1, −3T1u2p
−0.12266−0.12511, 1, 1, 1, 1A1g2s
−0.055956−0.055633, 1, 0, −1, −3T1u3p
−0.05571922, 0, −1, 2, 2Eg3d(eg)
−0.05567733, −1, 0, −1, 3T2g3d(t2g)
−0.05495411, 1, 1, 1, 1A1g3s

本物の水素では、\(n\) が同じなら \(\ell\) によらず縮退する(2s と 2p、3s・3p・3d)。これは回転対称性 SO(3) より大きい、クーロン力に特有の隠れた対称性 SO(4) による「偶然」の縮退である。格子はそれを二段階で壊す。

核心:チャンネル = 既約表現
d 軌道が eg と t2g に割れるのは、化学でいう結晶場分裂と同じ群論である。CNN の格子は、原子にとって「立方体の結晶場」として働く。チャンネルに出てきた固有状態は、格子の対称群の既約表現でラベル付けされる。分子スペクトルの縮退も素粒子の多重項も既約表現なので、CNN とはこの群論の線でつながる。

04格子ゲージ理論:対称性は学習の前提

素粒子の標準模型を計算機で解く格子 QCD は、格子の辺(リンク)に位相を置いた場の理論である。最小版の 2 次元 U(1)(格子 QED)では、ウィルソンループが厳密に解ける。

$$\langle W(R\times T)\rangle = \left(\frac{I_1(\beta)}{I_0(\beta)}\right)^{RT}\qquad\text{(面積則 = 閉じ込め、弦張力 } \sigma = -\ln\tfrac{I_1}{I_0}\text{)}$$
計算16×16、β=2、メトロポリス法 3000 配位
ループ1×11×22×22×33×3
MC0.69790.48560.23740.11370.0391
厳密0.69780.48690.23710.11540.0392

プラケット(1×1 のループ)は、リンクの場に固定のカーネル(離散的な回転 curl)を掛ける畳み込みそのものである。そこで、各点の 2×2 ウィルソンループを CNN に学習させた。

計算同じ 3 層 CNN に入力だけ変えて学習(2400 配位、60 エポック、目標の分散 0.449)
入力試験 MSEゲージ変換後
リンクの角度そのまま(普通の CNN)0.5660.565
プラケット(ゲージ不変な部品、L-CNN 風)0.00050.0005

普通の CNN は、ゲージ変換で壊れたのではなくそもそも何も学べなかった(平均値を答えた場合の 0.449 より悪い)。MC の配位はもともとランダムなゲージに散らばっていて、リンクを一本ずつ見ると一様な乱数にしか見えない。対称性を組み込むことは、壊れにくくするためというより、学習を成立させる前提である。

05学習する波動関数:ヘリウム原子

第1〜4回 の CNN は重みが固定で、中身は差分法だった。電子が 2 個以上になると、格子は次元の数だけ指数的に大きくなり、この方法は使えない。そこでネットワークを試行関数にして学習させる(変分モンテカルロ、FermiNet・PauliNet の系統)。

$$\ln\psi = -Z(r_1+r_2) + \frac{r_{12}}{2(1+b\,r_{12})} + \mathrm{NN}(r_1, r_2, r_{12})\quad\text{(電子の入れ替えで対称化)}$$
計算4096 ウォーカー、3000 反復(RTX 3090 で 4.5 分)
E (Ha)
出発点(Z=2、ネットワークの寄与ほぼ 0)−2.855
ハートリー・フォック近似の限界−2.8617
ニューラル試行関数(最終評価)−2.90369 ± 0.00009
厳密値−2.903724

学習中の表示は −2.9054 と厳密値より下に出たが、これは外れ値を切り詰めて平均したための偏り(変分法では厳密値より下は出ない)。切り詰めなしの最終評価は、誤差の範囲で厳密値と一致している。

補足:第1回 の線がここにも通る
VMC でエネルギーを下げる勾配は \(\nabla E = 2\langle (E_L - \bar E)\,\nabla\ln\psi\rangle\)。「エネルギーとスコア関数の共分散」であり、Price の式 \(\Delta\bar z = \mathrm{Cov}(w,z)/\bar w\) や ES の勾配と同じ形をしている。サンプリングはメトロポリス法、つまり 第1回 の「温度」の線そのもの。

06換算表:CNN の部品と物理の名前

CNN の部品物理での名前不変な無次元量この回の節
カーネルハミルトニアンの局所項、分散関係 \(\omega(k)\)\(ka\)、\(\sqrt{m_2/m_1}\)01
カーネルの 2 次モーメント拡散係数 D、音速 c\(x^2/Dt\)、\(x/ct\)01
深さ虚時間 = 逆温度準位差 × 虚時間02
チャンネル状態、バンド、既約表現縮退度01・03
点ごとの積ポテンシャル \(V(x)\)井戸の深さ / 振動の量子02・03
格子の対称性結晶場分裂幅 / 準位03
ゲージ同変性局所対称性(ゲージ原理)β、弦張力04
学習する非線形性相互作用、多体の相関相関エネルギー / 全エネルギー05

07正直な線

どこで線が切れるか
まとめ
  1. Kittel『固体物理学入門』格子振動の章(単原子・二原子の鎖)
  2. 虚時間発展法:Lehtovaara ら (2007) J. Comput. Phys. / 結晶場と Oh の指標表:Cotton『群論の化学への応用』
  3. 2 次元 U(1) の厳密解:Gross & Witten (1980)、Wadia (1980) の系譜 / Favoni, Ipp, Müller, Schuh (2022) PRL "Lattice Gauge Equivariant CNNs"
  4. Carleo & Troyer (2017) Science / Pfau ら (2020) FermiNet / Hermann ら (2020) PauliNet
  5. スクリプト:scripts/(dispersion / morse_cnn / hydrogen_cnn / u1_gauge / helium_vmc)、水素とヘリウムの出力は hydrogen_out.txt / helium_out.txt