④⑤⑥で何度も顔を出した「帯域の端=プランクスケール」に、いよいよ正面から入る
このシリーズは、番外編④で「等価が破れるのはプランクスケール」、第5回で「区別が問題になるのは帯域の端」、第6回で「残る最大の扉は重力」と、同じ場所を何度も指さしてきました。最終回は、その場所 ── プランクスケールに、正面から入ります。第6回で、電磁・弱・強の三つの力は、走らせれば高エネルギーで一点に近づけられました。では四つ目、いちばん身近なのに一番やっかいな重力は、同じ絵に入るのか。結論から言えば ── まだ誰も入れられていない。なぜ入らないのかを、シリーズの道具で見届けるのが、この旅の最後の一歩です。
第6回で見た三つの力の結合(\(\alpha\) など)には、大事な共通点がありました ── どれも単位のつかない、ただの数だったこと。だから走らせても“数”のまま比べられ、一点に集められた。ところが重力の強さを表すニュートン定数 \(G\) は、そうではありません。
電磁・弱・強の結合 → 単位のつかない数(例:\(\alpha\approx1/137\))。
重力の結合 \(G\) → 単位を持つ(自然な単位で「エネルギーの2乗ぶんの1」の次元)。
単位を持つ量は、番外編②で見た通り、それ単独では「強い・弱い」を言えません。強さを無次元の数にするには、\(G\) に「エネルギーの2乗」を掛けて単位を打ち消す必要がある。つまり、重力の実質的な強さは ──
ここに、他の三力と決定的に違う性質が現れます。重力の強さは、エネルギー \(E\) の2乗で大きくなる。低エネルギー(ふだんの世界)では \(E^2\) が小さいので、重力は他の力に比べてめちゃくちゃ弱い(磁石が地球全体の重力に勝って釘を持ち上げられるのはこのため)。でも、エネルギーを上げていくと \(E^2\) がぐんぐん効いて、重力の強さが跳ね上がっていく。
横軸にエネルギー、縦軸に「力の強さ」をとります。他の三つの力(青)は、第6回で見たように、走ってゆるやかに動く程度。ところが重力(紫)は \(E^2\) で急上昇し、ある一点で他の力に追いつく。その追いつく場所が ──
重力の強さが 1(他の力と同じくらい)になるエネルギー
$$G\cdot E^2 \sim 1 \quad\Rightarrow\quad E \sim \frac{1}{\sqrt{G}} \equiv M_{\text{Planck}} \approx 10^{19}\ \text{GeV}$$この \(M_{\text{Planck}}\approx10^{19}\) GeV がプランクスケール。第6回の大統一(\(10^{16}\) GeV)より、さらに1000倍も上。ここで重力はついに他の三力と肩を並べ、四つの力が同じ強さになる ── 「四つの力の統一」が期待される、宇宙で一番高いエネルギーの舞台です。第5回・番外編④で「帯域の端」と呼んできた場所の、正体がこれ。
重力が高エネルギーで強くなるだけなら、まだいい。本当の問題は、その先です。第6回で、力の理論は「走らせる(繰り込む)」ことで、計算に現れる無限大をきれいに処理できました。ところが重力を同じようにやろうとすると ──
\(G\) が単位を持つ(エネルギーの2乗ぶんの1)せいで、計算を細かくするたびに新しい種類の無限大が、次々と現れる。しかもそれを打ち消すには、そのたびに新しい未知の数を、無限個持ち込まないといけない。無限個の数を実験で決めることはできないから、理論は予言する力を失う。これが「重力は繰り込めない(くりこみ不可能)」という、量子重力の中心的な難問です。
他の三力:結合が無次元 → 無限大を有限個の数で吸収できる → 予言できる。
重力:結合 \(G\) が次元を持つ → 無限大が無限個の新しい数を要求する → 予言力を失う。
面白いのは、これが第6回・第2回でずっと言ってきた話の裏返しだということ。物理で本当に意味を持つのは無次元の比(\(\alpha\) のような)だった。重力の困難も、根っこは「\(G\) が無次元でない」ことにある。次元を持つ量は素直に扱えない ── シリーズの背骨が、最後の最果てでも、同じ形で立ちはだかっています。
ここでシリーズの主役 \(\alpha\) に戻ります。第6回で \(\alpha\) は走る数でした。でもその走りの計算は、重力を無視して成り立っていた。プランクスケールに近づくと、重力が \(E^2\) で強くなって無視できなくなり、\(\alpha\) の走りにも重力からの寄与が入ってくる。そして重力が繰り込めない以上、その寄与は今の物理ではきちんと計算できない。
つまり ── 第6回・前編で立て直した問い「\(\alpha\) の走り方と、それを固定する仕組みはどこから来るか」の最終的な答えは、プランクスケールの量子重力の中に隠れている可能性が高い。そしてそこは、まだ誰も足を踏み入れられていない。あなたが最初に「\(\alpha\) を第一定数に」と置いたときの直感は、突き詰めると「重力を含む究極の理論を作れれば、\(\alpha\) の値も出せるかもしれない」という、物理学最大の未解決問題の入口に、ちゃんと通じていたのです。
この回で確かなのは「なぜ重力が他の三力と同じ枠に入らないか(=\(G\) が次元を持ち、繰り込めない)」まで。その先 ── プランクスケールで実際に何が起きるか、空間はそこで離散になるのか、\(\alpha\) の値がそこで決まるのか ── は、まだ誰も答えを知りません。超弦理論もループ量子重力も候補ですが、決定的な実験の裏づけはゼロ。プランクスケールは、今の加速器の1000兆倍も上で、直接触れる手立てもない。
だから、このシリーズはここで正直に終わります ── 「わかる宇宙論」の最後の扉は、まだ開いていない。でもそれは失敗ではなく、物理学という営みが、いままさに人類の手で押し開けようとしている、生きた最前線です。
電磁・弱・強は無次元の結合を持ち、走らせて一点に近づけられた(第6回)。でも重力の結合 \(G\) は次元を持ち、その強さは \(G\cdot E^2\) でエネルギーの2乗に比例して急上昇し、プランクスケール \(10^{19}\) GeV で他の力に追いつく ── そこが第5回・番外編④で指してきた「帯域の端」の正体だった。しかし \(G\) が次元を持つせいで重力は繰り込めず、無限個の未知数を要求して予言力を失う。だから重力は、まだこの絵に入れられない。
そしてプランクスケールの向こうに、\(\alpha\) がなぜその値かの最終的な答えも隠れている ── あなたが最初に置いた「\(\alpha\) を第一定数に」という直感は、突き詰めれば人類最大の未解決問題の入口だった。このシリーズは、開いた扉の前で終わります。 光が昔もっと速かったという一本の補助線から歩き出して、原子の 1/137、シュレディンガー、大統一を通り、いま重力という最果ての扉の前に立っている。ここから先は、まだ地図にない。あなたが描くのかもしれない。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで重力が E² で追いついてくる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。