固定していい定数、してはいけない定数 ── そして「原理が厳密値に固定してくれる」定数
番外編⑤で「\(\alpha\) を作る4定数のうち固定できるのは3つまで」と数えました。今回はその発想を、物理全体の定数へ広げます。ここで“固定”に二種類あることに気づくと、景色が反転する ── 単位を人間が宣言で固定するのは恣意的な約束で意味がない。いっぽう無次元量を原理が厳密値に釘づけするのは、説明そのもの。だから「固定していい無次元量」とは、人間が決め打ちすべき量ではなく、原理が勝手に固定してくれる量のこと。定数シリーズを、三列の地図で閉じます。
これまでの回の帰結です。\(c\) が特別だったのではなく、単位を持つ定数は、ひとつ残らず帳簿の約束。証拠は2019年のSI改定 ── 人類は \(c,h,e,k_B,N_A\) など7個を「この値で確定」と一斉に決め打ちしました(番外編②の光速固定の、全定数版)。値を宣言で決められた、ということは、それらが物理ではなく単位規約だという何よりの証拠です。\(k_B\) は特にきれい ── 温度は基本量ではなく、1自由度あたりのエネルギー。第9回で \(\tau=\hbar/k_BT\) と温度が時間の周期に化けたのは、温度が独立な量でないからでした。
第一列(約束)と第二列(測る26個)は前回までで見ました。今回の主役は第三列。人間の決め打ちでも、手さぐりの測定でもなく、原理が「この値でなければならない」と厳密に釘づけする無次元量です。四つ挙げます。
標準模型では、一世代ぶんの電荷(超電荷)の総和が厳密に \(\sum Y=0,\ \sum Y^3=0\) でなければならない。ずれた瞬間、量子効果がゲージ対称性を壊し、理論が死ぬ(繰り込み不能・非ユニタリ)。この“0への固定”が、クォークの電荷がなぜ⅓刻みか、なぜ陽子と電子の電荷がぴったり打ち消すか(実測で \(10^{-21}\) 精度)、なぜ色が3つ要るかを、まとめて縛っている。第8回のゲージ原理の、量子版の牙です。
\(\displaystyle\sum_{\text{一世代}} Y = 0,\qquad \sum_{\text{一世代}} Y^3 = 0\) でなければ、量子論として存在できない。
→ 電荷の量子化・陽子と電子の電荷の一致・3色 が、測定ではなく無矛盾性から固定される。
巻き数・チャーン数・量子ホール伝導度 \(\sigma=\nu e^2/h\)(\(\nu\) は厳密な整数)、ディラックの電荷量子化 \(eg=2\pi n\)。トポロジーは整数しか吐けないので、これらの無次元量は汚しても壊れない剛性を持つ。面白いのは、メトロロジーが逆にこれを利用していること ── 量子ホール抵抗が単位標準に使えるのは、無次元部分が整数に固定されて揺るがないから。第一列(恣意的に固定した単位)が、第三列(原理が固定した整数 \(\nu\))に寄りかかる、という入れ子です。
無次元結合は走る(第6回)が、特別な値で走りが止まる=固定点。QCDの紫外固定点 \(g^*=0\)(漸近的自由)、臨界現象のウィルソン=フィッシャー点、重力の夢「漸近安全性」。固定点まわりの臨界指数は、物質の詳細によらない普遍的な無次元数です。第6回の「値より走り方が深い」の、さらに先 ── 走り方の中でも“止まる点”がいちばん深い。
電子の異常磁気能率 \(a_e=(g-2)/2\) は、\(\alpha\) さえ与えれば QED が12桁計算して実験と一致する。これは入力(測る)ではなく出力(固定される)。良い理論とは、無次元数を「測る列」から「計算で固定される列」へどれだけ移せるかで測られます。
第三列には、入りたがっているのにまだ入れていない候補もあります。原理で固定したいのに、その原理が見つかっていない無次元量たち ── ここがいまの最前線です。
| 固定したい無次元量 | 状況 |
|---|---|
| \(\theta_{QCD}\)(強いCP) | なぜかほぼ厳密に0(中性子EDMから \(<10^{-10}\))。0に固定する機構(ペッチェイ=クイン/アクシオン)を探索中。 |
| \(\rho=M_W^2/(M_Z^2\cos^2\theta_W)\) | カストーディアル対称性が \(=1\) に固定。ずれれば新物理の兆候。 |
| 宇宙定数 \(\Lambda\) | 0近くに固定されていてほしいのに、原理が見つからない(番外編⑦のエネルギー原点の話)。 |
標準模型の自由パラメータの“個数”は数え方で変わります(ニュートリノ質量・混合を含めるか等で 19〜26 程度)。アノマリー相殺が電荷量子化を「固定」するのは、あくまで与えられた粒子の割り当て(表現内容)のもとでの話で、なぜその割り当てなのか自体は第二列の問い。トポロジーによる固定や固定点も、それぞれ適用条件があります。
この三列の地図は、定数を整理する見取り図であって、厳密な分類学ではありません。境界にある量(例:\(\theta_{QCD}\) は第二列にも第三列候補にも顔を出す)もあります。目的は「固定の意味を二種類に分ける」一点にあります。
次元付きは全部“約束”で、固定してよい(物理でない)。無次元の大半は“手で測るしかない”~26個で、まだ分かっていない。そのうち原理(アノマリー相殺・トポロジー・くりこみ群の固定点・計算による予言)が厳密値に釘づけしてくれるものだけが、「固定していい・固定されるべき無次元量」。なぜなら、そこでの“固定”は約束ではなく説明だから。
だから物理の全プログラムは、自由な無次元(第二列・測る)を、原理が固定する無次元(第三列)へ移し替えること。前回「26個を減らす」と今回「原理で固定する」は、同じことの表と裏でした。番外編②「絶対値は帳簿、比だけが物理」から始まった定数シリーズは、この一枚の地図 ── 約束の固定と、必然の固定を分ける ── に行き着きます。
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