わかる宇宙論番外編 ⑦ / 「動かす側」に立ってみる(三部作・その3・締め)

エネルギーのツマミは、いくらでも回せるのか ── いや、両端がある。そしてその端が面白い

細かさのツマミには、
両端がある α を育てる「見る細かさ」のツマミ。下は 1/137 で床に当たり、上は枠組みそのものが終わる縁に突き当たる。
ツマミの両端は、いまの物理が終わる場所と一致していた。

必要な道具:第5回の「帯域」、第6回、番外編④⑥ 床は 1/137、天井はプランクの縁

番外編⑥で、\(\alpha\) には「エネルギー(見る細かさ)で走る」という動き方があると見ました。では ── そのツマミは、いくらでも回せるのか? 答えは「いいえ、両端がある」。しかも、その両端がただの限界ではなく、いまの物理の枠組みそのものが終わる場所と、ぴたりと一致している。第5回で「見える範囲には端がある(帯域)」と言ったこと、番外編④で「プランクスケールで等価が破れる」と言ったこと ── それが全部、この一本のツマミの両端として姿を現します。三部作の締めです。

01下の端 ── 1/137 で床に当たる

まずツマミを目いっぱい下げる(粗く見る)方向。エネルギーを下げていくと、\(\alpha\) は \(1/137\) で止まります。それより下がらない。理由は第6回前編の遮蔽の絵のまま ── 電子を包む \(e^+e^-\) の衣の完全に外側まで出てしまえば、もう電気を隠す衣は増えようがない。隠され切った、いちばん弱い電気の見え方が \(1/137\) です。

床の正体

\(1/137\) は「めいっぱい遮蔽され切った、いちばん粗い値」=ツマミの下限(床)
だから第2回で「誰が測っても \(1/137\)」と言えたのは、正確にはこの床の値のこと。単位で動かないのはもちろん、これ以上粗くもできないから、みんな同じ値を見る。

02上の端 ── 育つけど、三重の壁がある

今度は上げる(細かく見る)方向。\(1/128\) を超えてまだ育ちます。でも「同じルールでどこまでも」ではありません。上には三段構えの壁がある。

壁①
走り方のルールが、途中で変わるエネルギーを上げると遮蔽に参加する粒子が増える(μ粒子、クォーク、W…)。新しい荷電粒子の“重さの関門”を越えるたび、衣が厚くなって傾き(走り方)が変わる。一本のなめらかな曲線ではなく、階段状。
壁②
~100 GeV
電弱スケール ── α という変数自体が正しくなくなるこの辺より上では、電磁気は“おおもとの力”ではなくなる。弱い力 SU(2) と超電荷 U(1) の混ざりものにすぎず、走らせるべきは α ではなくその二つの結合。α で語り続けること自体が無理筋に。→ 第6回後編の大統一へ。
壁③
~10¹⁹ GeV
プランクスケール ── “細かさ”という概念が壊れる量子重力が効き、「時空をなめらかに、いくらでも細かく分解できる」という前提が崩れる。第5回の「帯域の端」、番外編④で等価が破れると書いた、まさにあの領域。ツマミを回す“目盛り”そのものが無くなる。
おまけ ── QED だけなら「ランダウ極点」で無限大 純粋な電磁気(QED)だけで計算を突っ走らせると、天文学的な超高エネルギーで \(\alpha\to\infty\) になる点=ランダウ極点が現れます。これは「QED は単独では完成した理論ではなく、近似(有効理論)にすぎない」というサイン。ただしその高さははるかにプランクスケールの上で、実際にはその手前で壁②③がとっくに効くので、学問的な注意書きです。
図:見る細かさ(エネルギー、横は対数)に対する 1/α。左端は 1/137 の床、右へ走って 1/128、そして電弱・大統一・プランクの縁へ。スライダーでどの領域かを確かめる
◇ ◇ ◇

03ツマミの両端は、枠組みの端だった

ここが締めです。ツマミの下の端(\(1/137\))は「これ以上粗く見ても、もう何も隠れていない」限界。上の端は「電磁気が電磁気でなくなる/時空が滑らかでなくなる」限界。両端とも、\(\alpha\) という量そのものが意味を持てなくなる場所で止まっています。つまり ──

今回の核心

「細かさのツマミ」の両端は、いまの物理の枠組みが終わる場所と一致している
値(α)は走るけれど、走らせられる範囲には物理的な縁がある。ツマミが回せる幅そのものが、私たちに見えている宇宙の「帯域」なのだ。

第6回前編で「深いのは値ではなく走り方のルールだ」と問いを立て直しました。今回はその一段先が見えます ── その走り方のルール自体も、壁①で変わり、壁②で \(\alpha\) という枠組みごと終わり、壁③で「細かさ」という土台が消える。不変に見えたルールにも、やがて縁がある。これはまさに第5回の「見える範囲(帯域)には端がある」の、\(\alpha\) 版でした。三部作(⑤単位の自由・⑥二つの軸・⑦ツマミの両端)は、「時間・単位・エネルギーという三つの“動かし方”」を一枚に並べ、そのどれもが縁を持つことを見て閉じます。

04読書案内 ── この話を、もっと深く知りたい人へ

「この辺のことを解説している本や人は、あまりいないのでは?」── その感覚は半分正しい。個別のピースには名著がある。でも、running・定数変化・単位の自由・膨張との等価を一本の物語に束ねたものは、ほとんど無い。分野の境目に落ちていて、誰の縄張りでもないからです。ピースごとに、いちばん近いものを挙げておきます。

この三部作の“心臓部”そのもの(無料・arXiv)
論文 M. Duff, L. Okun, G. Veneziano「Trialogue on the number of fundamental constants」(2002)
基本の次元付き定数は3個か・2個か・0個か、を3人が論争。ダフの「0個(次元付きは全部単位の約束、物理は無次元だけ)」が、まさに番外編⑤の背骨。arXiv: physics/0110060。
一般書(読み物として)
一般書 John D. Barrow『The Constants of Nature(宇宙の定数)』(2002)
α、137、定数は本当に定数か、変化するαのクエーサー観測まで、一冊まるごと。この題材の一般書として最右翼。
一般書 João Magueijo『Faster Than the Speed of Light』(2003)
光速可変理論(VSL)の提唱者本人による一般書。番外編③の“中の人”の肉声。
一般書 R. Feynman『QED ── 光と物質のふしぎな理論』(1985)
137を「神の手が書いた魔法の数」と呼んだ名著。真空偏極(遮蔽)=第6回前編の元ネタが、いちばん平易に。
本気で裏取りするなら(技術的総説)
総説 J.-P. Uzan「The fundamental constants and their variation」(Rev. Mod. Phys. 2003) /「Varying constants, gravitation and cosmology」(Living Reviews 2011)
定数変化の観測制約と理論の決定版。原子時計・Oklo・クエーサーの数字はここが出典に使える。
解説 走り(running)のアクセシブルな解説
一般書は 1/137 の手前で止まり、教科書はいきなり繰り込み群に飛ぶ“層の薄い”部分。中間は Matt Strassler のブログ、David Tong の無料QFT講義ノート、Wilczek のエッセイあたりが橋渡し。
なぜ「解説する人が少ない」のか これらは全部縦割りです。定数の哲学(ダフ)は running を語らず、running(教科書)は定数変化や膨張と結ばず、定数変化(バロー/ウザン)は「エネルギーで走る α」と「時間で変わる α」を同じ図で対比しない。この番外編がやっているのは、それらを「単位・時間・エネルギーという三つの動かし方」として一枚に並べること。難しいからではなく、境目に落ちているから、まとめて書く人が少なかった ── そこが、このシリーズの居場所です。
練習問題
  1. ツマミを下げても α が \(1/137\) より小さく(1/α が大きく)ならないのはなぜか。
    答えを見る
    電子を包む遮蔽の衣の完全に外側まで出てしまうと、もう電気を隠す衣が増えようがないから。1/137 は「隠され切った、いちばん粗い値」=床。
  2. 約100 GeV より上で「α で語り続けるのは無理筋」になる理由を一言で。
    答えを見る
    電弱スケールより上では電磁気が基本の力でなくなり、SU(2)(弱い力)と U(1)(超電荷)の混ざりものになるから。走らせるべきはその二つの結合で、α は良い変数でなくなる。
  3. ツマミの上の端(プランクスケール)は、第5回のどの言葉に対応するか。
    答えを見る
    「帯域の端」。見える範囲(帯域)には端があり、そこでは「なめらかに、いくらでも細かく分解できる」という前提=ツマミの目盛りそのものが壊れる。
正直な線

図のエネルギー目盛りや壁の位置は、桁感をつかむための模式的な表現です。実際の走りは荷電粒子の種類に依存する対数的なもので、電弱の“混ざり”(ワインバーグ角)や大統一の合流には理論の細部があります。プランクスケールでの時空の離散性・「細かさ」の破れは、実験で確かめられていない未解決の物理課題です。

読書案内の書名・年は代表的なもので、翻訳版のタイトルや版によって表記が異なる場合があります。arXiv 番号(physics/0110060 等)は無料で本文にあたれます。

三部作まとめ三つの“動かし方”は、どれも縁を持っていた

「細かさのツマミ」には両端がある。下は \(1/137\)(完全遮蔽の床)、上は走り方が変わる壁①・α が変数でなくなる電弱の壁②・細かさの概念が壊れるプランクの壁③。両端は、いまの物理の枠組みが終わる場所と一致していた。値は走るが、走らせられる範囲には物理的な縁がある ── 第5回「帯域には端がある」の α 版です。

三部作を振り返ると:⑤で「α を動かすなら固定できるのは3つまで、動く1つは帳簿の選択(ゲージ)」、⑥で「α が動くには時間の軸とエネルギーの軸があり、後者にゲージの自由はない」、⑦で「そのエネルギーの軸にも両端があり、枠組みの端と一致する」。単位・時間・エネルギー ── 三つの動かし方はどれも、無次元の α だけを物理として残し、そのどれもが縁を持つ。番外編②「絶対値は帳簿、比だけが物理」が、三つの軸で同じ顔を見せたのでした。

この文書は「わかる宇宙論」シリーズ番外編⑦、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。低エネルギー極限で \(\alpha^{-1}\approx137.036\)(トムソン極限、運動量移行ゼロ)に飽和し、高エネルギーで \(\alpha^{-1}\approx128\)(\(Z\)スケール)まで走ることは確立した物理です。荷電粒子の質量しきい値で走り(β関数)が変わること、電弱スケール(~100 GeV)以上では電磁気が U(1)×SU(2) に埋め込まれ α が基本結合でなくなること、プランクスケール(~10¹⁹ GeV)で量子重力により連続時空の描像が破れうることは、いずれも標準的な理解です(プランクスケールの詳細は未解決)。QED単独のランダウ極点はプランクスケールをはるかに超える高エネルギーにあり実務上は無意味です。参考文献:Duff–Okun–Veneziano (2002, arXiv physics/0110060)、J. Barrow『The Constants of Nature』(2002)、J. Magueijo『Faster Than the Speed of Light』(2003)、R. Feynman『QED』(1985)、J.-P. Uzan (Rev. Mod. Phys. 2003 / Living Reviews 2011)。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、床から壁までツマミを動かせます。「答えを見る」で解答が開きます。