「α が 1/137 から 1/128 に変わる」── この“変わる”は、⑤の“時間で動く”とは別の軸だ
「微細構造定数が 1/137 から 1/128 に変化する」── そう語る人は確かにいます。でもそれは、番外編⑤で扱った「時代とともに \(\alpha\) が動く」話とはまったく別の軸の変化です。前者は第6回前編でやった走り(running) ── 時間ではなく、ぶつけるエネルギー(見る細かさ)で値が変わる。この二つを混ぜると、「加速器の実験結果」と「宇宙が変わった」を取り違える、という事故が起きます。三部作の二本目は、\(\alpha\) の二つの動き方をきっちり分けます。
まず何が起きているか。第6回前編の絵を思い出します。電子のまわりには、真空から湧く \(e^+e^-\) ペアの薄い衣がまとわりつき、電気を少し隠している(遮蔽)。粗く(低エネルギーで)見れば衣の外なので \(\alpha\approx 1/137\)、細かく(高エネルギーで)見れば衣の内側に入り、隠れていない強い電気が見えて \(\alpha\approx 1/128\)。境目の目安は \(Z\) 粒子の重さ(約91 GeV)あたり。
同じ電子を、同じ時代に、測るエネルギーだけ変えて見ている。
ふだんの世界(低エネルギー)→ \(\alpha\approx 1/137\) / \(Z\)粒子スケール(~91 GeV)→ \(\alpha\approx 1/128\)。
時代が変わったわけでも、遠い宇宙の話でもない ── 加速器で今すぐ再現できる実験室の事実。
だから「\(\alpha\) が 128 になる」を聞いて「宇宙が昔と変わったのか!?」と身構えるのは、軸の取り違えです。ここで動いているのは時間 \(t\) ではなく、見る細かさ=エネルギー \(\mu\)。同じ「\(\alpha\) が動く」でも、走る軸がまったく違います。
⑤で扱った「時間で動く \(\alpha\)」と、いまの「エネルギーで動く \(\alpha\)」。同じ名前の量が、二つの独立な軸で動きうる。表で正面から比べます。
| 時間で動く α(番外編⑤) | エネルギーで動く α(今回・第6回前編) | |
|---|---|---|
| 動く軸 | 宇宙の時間 t | 見る細かさ=エネルギー μ |
| 値の例 | 今と138億年前で α が違う(かも) | 1/137(低E)→ 1/128(~91 GeV) |
| 物理か | 本物の物理(観測に出る) | 本物の物理(観測に出る) |
| どの定数のせいにするか | ゲージ=自由(e か ε₀ か ħ、選べる) | 選べない。物理が「結合(電荷)が走る」と一意に決める |
| c・ħ は | 固定するのはゲージ選択 | そもそも走らない(結合ではないから) |
| 確かめ方 | 宇宙論(クエーサー吸収線、Oklo、原子時計) | 加速器(LEP 等)で今すぐ再現 |
| 確かさ | 変動の証拠は未確定・論争中 | 確立した事実 |
下の図で、二つのツマミの効き方の違いを見てください。エネルギーのツマミを回すと \(\alpha\) は大きく走る(1/137→1/128)。いっぽう時間のツマミを回しても、\(\alpha\) はほとんど平ら ── 観測がそれをきつく縛っているからです。
ここが今回いちばん深いところ、そして⑤との対照の芯です。⑤では「\(\alpha\) が動くとき、\(e\) か \(\varepsilon_0\) か \(\hbar\) のどれを動かす係にするかはゲージ(帳簿)の自由」でした。ところが running には、その自由がありません。走るのは「結合定数=電荷 \(e\)」だと、物理(真空偏極)が一意に決めてしまう。
理由は、\(c\) と \(\hbar\) がそもそも走らないから。この二つは「結合(力の強さ)」ではなく、エネルギーと振動数、運動量と波長をつなぐ運動学の変換係数です。エネルギーを上げても、換算のレートである \(c,\hbar\) が中身を変える理由がない。走る=エネルギー依存するのは、相互作用の強さを表す結合だけ。だから「\(\alpha\) の running を \(\hbar\) のせいにする」という帳簿の付け替えは、そもそも成立しないのです。
時間で動く α:どの定数のせいにするかは選べる(ゲージの自由が残る)。
エネルギーで動く α:係は e(結合)に決まっていて選べない。α(μ) は各エネルギーで確定した一意の観測量。
結論です。「\(\alpha\) が 1/128 になる」と言う人たちは、時間・c・ħ・他の全定数を固定したまま、“見る細かさ”のツマミだけを回している。番外編⑤のような「どの定数のせいにするか」というゲージの付け替えは、一切していません。動く係が \(e\)(結合)に決まるのも、選択ではなく真空偏極という物理の帰結。だから「128」は教科書どおりの場の量子論(QED)の話であって、「宇宙が昔と変わった」という varying-constants の主張とは、住んでいる棚が違う。
軸は別ですが、二つが出会う場所はあります。「時間で α が本当に動く」理論を作ると、その動きは走り方のルール(β関数)や真空の中身に跳ね返る。だから varying-α の理論家は、running の枠組みの上で時間変化を論じます。別の軸だが、同じ舞台(場の量子論)の上に立っている ── これが正確なところ。
なお図の「時間軸でほぼ平ら」は模式的な表現です。実際には原子時計が \(|\dot\alpha/\alpha|\lesssim 10^{-17}\)/年 と縛り、変動を主張するクエーサー観測も桁でいえば宇宙年齢スケールで \(10^{-6}\) 程度と、エネルギー軸の7%とは比べものにならない小ささ。だから「ほぼ平ら」と描いています。
「1/137 が 1/128 になる」は、時間ではなくエネルギー(見る細かさ)で動く running。真空偏極による遮蔽で、細かく見るほど電気が強く見え α が育つ、加速器で確かめ済みの事実です。番外編⑤の「時間で動く α」とは別の軸で、しかも running には“どの定数のせいにするか”というゲージの自由がない ── 走るのは結合(電荷)だと物理が一意に決め、c・ħ はそもそも走らないから。
だから「128」を見て「宇宙が変わった」と思うのは軸の取り違え。時間で動く α は未確定・論争中、エネルギーで動く α は確立した事実。同じ名前の量が、二つの独立な軸で動きうる ── どちらの話をしているかを、まず見分ける。これが三部作の二本目でした。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、エネルギー軸と時間軸の効き方の違いが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。