わかる宇宙論番外編 ⑤ / 「動かす側」に立ってみる(三部作・その1)

番外編③④は「α を守る」話だった。今回は逆に、α を動かすと決めたとき、ほかに何を固定できるかを数える

α を動かすなら、
何を固定できるか 「c=一定」も「c·t=一定」も、固定するものが違うだけで同じ物理だった。
ではその一段下 ── α 自身を動かすと決めたら、残りの自由はどれだけ残るのか。

必要な道具:番外編②の「無次元だけが物理」、割り算 4定数のうち固定できるのは3つまで

ここまでの番外編は「α は守るべきもの」という側から書いてきました。③ではVSLが α を守り損ねて失敗し、④では α 不変こそが等価条件の芯だと見た。今回は視点をひっくり返します ── もし本当に α を動かすと決めたら、私たちに残された「固定する自由」は、どこまであるのか。答えは意外なほどきっちり数えられて、しかもそれが「c=一定 と c·t=一定 は固定するものが違うだけで同じ」という、このシリーズの合言葉の一段下での再現になっています。三部作の一本目です。

01まず数える ── α を作る4定数は「3人分」しかない

微細構造定数を、第2回の形で書きます。

α を作る4つの次元付き定数
$$\alpha = \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0\,\hbar\,c}\approx\frac{1}{137}$$

中身は \(c,\ e,\ \varepsilon_0,\ \hbar\) の4つ。ところが、この4つを組み合わせて作れる「単位の消えた数」は \(\alpha\) ただ1つしかありません。これは偶然ではなく、深い意味があります ── 長さ・時間・質量・電荷という4種類の単位に対して、この4定数は3種類ぶんの独立な情報しか持っていない。だから残り1本ぶんが「単位の消えた関係」= \(\alpha\) として余る。

言いかえ ── なぜ「3人分」なのか もし4定数が本当にバラバラ(4種類ぶん独立)なら、無次元数は作れず \(\alpha\) は存在しません。\(\alpha\) が存在するのは、4定数のあいだに1本の縛り(次元がちょうど打ち消し合う組み合わせ)があるから。縛りが1本あるということは、自由に決めていいのは4−1=3つまで、ということです。

ここから、固定の鉄則が出ます。

今回の核心(固定の鉄則)

\(c,e,\varepsilon_0,\hbar\) のうち、便宜(単位・ゲージ)で自由に固定できるのは最大3つ。残る1つは必ず \(\alpha\) に引きずられて動く。
だから「\(\alpha\) を動かす」と決めた以上、この“動く1つ”は絶対に消せない

02c はもう固定した ── だから残りは「2つまで」

このシリーズは、はじめから \(c=\text{一定}\) の座標系で語ってきました。つまり固定枠を1つ、c で使い切っている。すると鉄則から、追加で固定できるのは \(\{e,\varepsilon_0,\hbar\}\) のうち2つまで。3つ目は必ず動き、その“動く1つ”こそが「\(\alpha\) が変化する」の帳簿上の姿です。誰を動かす係にするかで、同じ物理が三通りに書けます。

固定するもの(=ものさし)動く係その中身
c, ε₀, ħe(∝√α)「電荷が時代とともに変わる」理論。ベケンシュタイン型の varying-e はこれ。
c, e, ħε₀(∝1/α)「真空の応答(電気の通しにくさ)が変わる」描像。
c, e, ε₀ħ(∝1/α)「量子の刻みが変わる」描像。

どれを選んでも、原子の色も時計のリズムも ── つまり観測は完全に同一。違うのは「どれを動かす係にするか」という帳簿のつけ方だけです。下の図で、\(\alpha\) が少し育つとき、三つの係がそれぞれどう動くか(なのに \(\alpha\) は同じ)を動かして見てください。

図:α が育つとき、e は少し増え(∝√α)、ħ と ε₀ は減る(∝1/α)。三つの帳簿は姿が違うのに、組み直すと必ず同じ α になる
α(動かす対象・本物の物理) e = 係にすると ∝√α ħ = 係にすると ∝1/α ε₀ = 係にすると ∝1/α
正直に言うと ── ε₀ は“数え役”で、本命は e \(\varepsilon_0\)(真空の誘電率)は、実はSI単位系のブックキーピング用の量で、ガウス単位系で書くと \(\alpha=e^2/\hbar c\) となって式から消えます。だから“実質的に動かす候補”は \(e\) か \(\hbar\)。歴史的な varying-α 理論(ベケンシュタイン)は、いちばん素直に電荷 \(e\) を動かす形をとりました。ε₀ を動かす描像は、e を動かすのと同じことを別の帳簿で言っているだけです。

03これは「c=一定 と c·t=一定」の、一段下の再現

ここで気づいてほしいのは、いま起きたことが番外編③④で見た構図のそっくりな縮小コピーだということです。あのときは「\(c\) を固定するか、\(c\cdot t\) を固定するか ── 固定するものが違うだけで、同じ物理」でした。今回は一段下りて「\(e\) を固定するか、\(\hbar\) を固定するか、\(\varepsilon_0\) を固定するか ── 固定するものが違うだけで、同じ物理」。“どれを動かす係にするかはゲージ(帳簿の付け替え)、観測に出るのは無次元の \(\alpha\) だけ”という、同じ一つの原理が、階層を変えて何度も顔を出しているのです。

つなぐ声 ── ダフの「基本定数はゼロ個」 この数え方を極限まで推し進めた物理学者がいます。マイケル・ダフは「次元付きの定数は本質的には1つも“基本”ではない(=すべて単位の約束)、物理なのは無次元の比だけ」と主張しました(番外編末の読書案内も参照)。今回の「固定できるのは3つまで、動く1つは帳簿の選択」は、まさにその立場の、手を動かせる小さな実例です。
◇ ◇ ◇

04でも今回は“ゲージ”では済まない ── α が動くのは本物

ここが、③④との決定的な違いであり、いちばん外してはいけない点です。番外編④の \(c\cdot t=\text{一定}\) では、\(\alpha\) は不変でした。だからあれは完全なゲージ(見方の自由)で、観測差はゼロ ── 「同じ物理」だった。ところが今回は、\(\alpha\) 自身が動く。\(\alpha\) が動くことは、単位やゲージでは消せない、本物の物理変化です。観測に痕跡が残る ── 原子時計は「\(\alpha\) は1年あたり \(10^{-17}\) より小さくしか動いていない」と告げ、遠い宇宙のクエーサー吸収線でも \(\dot\alpha/\alpha\) が探され続けている。

言葉づかいの訂正

「\(\alpha\) が変化する座標系を考える」は、正確には ──
新しい物理を1つ入れて(=α を動かすと仮定して)、それをどの定数のせいにするかを選ぶ」。
座標系=ゲージの自由が残っているのは“どの定数のせいにするか”だけで、「α が動く」という事実そのものは、どんな座標系でも消えません。

正直な線 ── 固定しすぎてはいけない/α だけとは限らない

まず、\(\{c,e,\varepsilon_0,\hbar\}\) の4つ全部は固定できません。全部止めれば \(\alpha=\text{一定}\) を強制することになり、「α を動かす」という前提と矛盾する。固定できるのは、あくまで3つまで。

また、\(\alpha\) は無次元数の一つにすぎません。ほかにも陽子・電子の質量比 \(m_p/m_e\)、強い力の結合、重力の \(\alpha_G=Gm^2/\hbar c\) …と、単位の消えた数はいくつもある。今回は「動くのは \(\alpha\) だけ、ほかの比は固定」という仮定を置きましたが、無次元数を1つ余分に動かすたびに、独立した新しい物理を1つ足すことになり、それぞれに別個の観測制約がかかります。ただではもらえません。

練習問題(今回の式だけで解けます)
  1. \(c\) を固定した上で、\(e\) と \(\hbar\) も固定した。残る \(\varepsilon_0\) は \(\alpha\) とどんな関係で動くか。
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    \(\alpha=e^2/(4\pi\varepsilon_0\hbar c)\) で \(e,\hbar,c\) が固定なら \(\alpha\propto 1/\varepsilon_0\)。つまり \(\varepsilon_0\propto 1/\alpha\)。α が増えれば ε₀ は減る。
  2. 「\(c,e,\varepsilon_0,\hbar\) の4つすべてを固定する」のがなぜダメか、一文で。
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    4つ全部を固定すると \(\alpha\) も自動的に一定に決まってしまい、「α を動かす」という今回の前提と矛盾するから。固定できるのは(縛りが1本ある以上)最大3つ。
  3. 番外編④の \(c\cdot t=\text{一定}\) と、今回の「α を動かす」は、観測に出るか出ないかで何が違うか。
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    ④は α が不変なので純粋なゲージ=観測差ゼロ(同じ物理の言い換え)。今回は α 自身が動くので本物の物理変化=観測(原子時計・クエーサー)に痕跡が残る。ゲージの自由は「どの定数のせいにするか」にしか残らない。

まとめ固定できるのは3つ、動く1つは帳簿の選択

\(\alpha\) を作る4定数 \(c,e,\varepsilon_0,\hbar\) は、次元の上では「3人分」しか独立でない(縛りが1本=それが α)。だから便宜で固定できるのは最大3つ、残る1つは必ず α に連れて動く。c を固定済みの本シリーズでは、追加で固定できるのは \(\{e,\varepsilon_0,\hbar\}\) のうち2つまで。どれを動かす係にするかはゲージ(帳簿)で、varying-e・varying-ε₀・varying-ħ はすべて同じ物理の言い換え ── これは「c=一定 と c·t=一定」の一段下の再現でした。

ただし④と決定的に違うのは、\(\alpha\) 自身が動くこと。それはゲージでは消せない本物の物理で、観測に出る。だから「α が動く座標系」ではなく「α を動かす物理を、どの定数のせいにするか選ぶ」が正しい。固定できる自由は3つ、でも α が動く事実は、どの座標系でも消せない ── これが三部作の出発点です。

この文書は「わかる宇宙論」シリーズ番外編⑤、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。\(\alpha=e^2/4\pi\varepsilon_0\hbar c\) を作る4つの次元付き定数が張る独立次元は3で、無次元の組み合わせが \(\alpha\) 一つだけ生じること、したがって単位・ゲージの自由で固定できるのは最大3つであることは、次元解析の帰結です。\(\varepsilon_0\) はSI単位系に固有の量でガウス単位系では現れません。次元付き定数の値は単位規約に依存し、物理的内容は無次元量にあるという立場は Duff・Okun・Veneziano「Trialogue on the number of fundamental constants」(2002) に整理されています。\(\alpha\) の時間変化は原子時計等で \(|\dot\alpha/\alpha|\lesssim 10^{-17}\)/年 程度に制約され、遠方クエーサーでの変動主張は議論が続いています。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、同じ α を三つの帳簿で書けることが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。