ずっと感覚で使ってきた「空間の伸び = 光速の減少」を、今回は条件つきで証明する
このシリーズは第1回からずっと、「空間が伸びる」と「光速が遅くなる」は同じことの言い換えだ、と繰り返してきました。番外編③では、VSLがこの言い換えを取り違えて失敗した理由も見ました。では、いよいよ正面から ── この二つは、正確にどういう条件で等価なのか。そして、どこで破れるのか。 感覚ではなく、条件を並べて確かめます。結論を先に言えば、等価は二つの条件がそろったときだけ成り立ち、そのうちの一つは、番外編③でVSLが守れなかったあの \(\alpha\) 不変です。
膨張する宇宙では、遠くの銀河までの距離が時間とともに増えます。その伸び具合を表すのがスケール因子 \(a(t)\)。今を \(a=1\) として、昔は \(a\) が小さく、未来は大きい。空間の物差しが、まるごと \(a(t)\) 倍に伸び縮みする、というイメージです。
ここで見方を切り替えます。空間を「伸びない格子(共動座標)」として固定し、代わりにその格子の上を光が進む速さを考える。空間が \(a\) 倍に伸びているぶん、固定した格子から見ると、光は同じ時間で進める“格子の目”が減って見える。これを式にすると ──
\(a\) が大きい(空間が伸びた)ほど、\(c_B\) は小さい(光が遅い)。これが第1回の「空間が伸びる = 光が遅くなる」の、式としての姿です。両辺に \(a\) を掛ければ、シリーズでおなじみの形になります。
「光速 × 空間の伸び = 一定」。空間が \(a\) 倍に伸びることと、光速が \(1/a\) 倍に落ちることは、この一本の式でぴったり裏返し。これが等価条件の一つ目です。
\(c_B\cdot a=\text{一定}\) は、確かに「空間の伸び」を「光速の減少」に書き換えます。でも ── これだけなら、ただ記号を置き換えただけかもしれない。番外編②で見た通り、次元のついた量(\(c\) や長さ)は、基準の取り替えでいくらでも姿を変えられる。本当に「同じ物理」だと言うには、書き換えても観測が一つも変わらないことを保証しなければなりません。
観測 ── たとえば原子の出す光の色、原子時計のリズム、物質のふるまい ── を決めているのは、第2回・第6回で見た通り、単位の消えた比微細構造定数 \(\alpha\) です。だから等価が本物であるためには、書き換えの前後で \(\alpha\) が動いてはいけない。
\(c_B\) を動かすなら、\(\alpha\) を守るために \(e,\hbar\) も連動させる ── つまり「光速の減少」はすべての物理をひとそろい込みで、単位ごと書き換える操作でなければならない。そうすれば、原子も時計も物差しも全部一緒にスケールし、比を取ると変化が打ち消えて、観測は寸分変わらない。これが二つ目の条件。番外編③でVSLが守れなかった、まさにその条件です。
二つの条件がそろえば、「空間の伸び」と「光速の減少」は完全に等価 ── どちらで計算しても、どんな観測でも、区別できません。逆に、条件のどこかが崩れると等価は破れる。整理します。
つまり、このシリーズがずっと使ってきた「空間の伸び = 光速の減少」は、条件1と条件2がそろう範囲でだけ、厳密に正しい。その範囲は、私たちが触れられるほぼすべての物理を含みます ── だから合言葉として安心して使えた。でも「いつでも無条件に」ではなかった。破れる場所(VSL型の書き換え、プランクスケール)も、はっきり指させる。
① 光の進み方は変わらない
条件1により、光が届く距離 \(\int c_B\,dt\) は、空間の伸びで書いても光速の減少で書いても同じ値(第4回で数値でも確認)。因果構造・赤方偏移・地平線は不変。
② 物質の側も変わらない
条件2により、原子のサイズ・エネルギー準位・時計のリズムを決める \(\alpha\) が不変。だから物質のふるまいも不変。①と②で、光も物質も変わらない ── 観測できるものが全部同じなら、二つの見方は同じ物理。これが「等価」の意味です。
結論です。条件1・2がそろう範囲では、「空間が伸びる」と「光が遅くなる」は同じ一つの物理の、二つの語り方。第5回のレコードとCDのように、媒体が二つあるだけで、鳴っている音楽はひとつ。だから第1回で「わかりやすいほう(光速の減少)で語ってよい」と言えたのは、気分ではなく、この二条件に支えられた正当な選択だったのです。
そして、この回はシリーズの土台を厳密にすると同時に、VSLの教訓を裏側から照らしました ── 等価を保つ鍵は、次元付きの \(c\) をどう動かすかではなく、無次元の \(\alpha\) を守れるかどうか。番外編③の診断「守るべきは \(\alpha\)」が、そのまま等価条件の二つ目でした。二つの回が、同じ一点で握手します。
「等価」と言えるのは、あくまで観測できる範囲(条件1・2が保たれる領域)での話です。プランクスケールのような極限で、空間が本当になめらかに伸びるのか、そこでも等価が保たれるのかは、第5回で見た「帯域の端」と同じく未解決 ── まだ誰も実験で確かめていません。
また、この等価は「\(c\cdot t=\text{一定}\) という特定のモデルが正しい」という主張ではありません。等価なのは語り方どうしであって、どんな膨張のしかた(\(a(t)\) の形)が現実かは、別に観測で決める問題です。等価性は「見方の自由」を保証するだけで、モデルの正否までは決めません。
「空間が伸びる = 光が遅くなる」が厳密に等価なのは、二つの条件がそろうとき ── ①\(c_B\cdot a=\text{一定}\)(光速の減少と空間の伸びが裏返し)、②\(\alpha\) 不変(全物理を単位ごと書き換える)。①が光の進み方の不変を、②が物質のふるまいの不変を保証し、合わせて「観測が全部同じ=同じ物理」を担保する。
破れるのは、②を守れないVSL型の書き換えと、前提が怪しくなるプランクスケール。第1回からの合言葉は、この範囲でだけ正しかった ── そしてその範囲は、私たちが触れるほぼ全部を含む。等価を保つ鍵は \(c\) の動かし方ではなく \(\alpha\) を守れるか ── 番外編③の教訓が、そのまま等価条件になって、シリーズの土台を締めました。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで c_B·a が一定に保たれる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。