わかる宇宙論番外編 / ちょっと寄り道コラム

本編のあいだの、短い寄り道。名前にだまされない話。

ハッブル定数は、
定数じゃない 宇宙の膨張の速さを表す「ハッブル定数」。でもこれ、時間とともに変わります。
なぜ「定数」と呼ばれているのか ── 微分ひとつで、名前の嘘を暴く小話。

必要な道具:微分ひとつ(第1回の式だけ) \(H = 1/t\)

宇宙論には「ハッブル定数」\(H_0\) という有名な数があります。宇宙がどれくらいの勢いで膨らんでいるかを表す量で、ニュースにもよく登場する。名前に「定数」とついているので、変わらない値だと思ってしまう ── でも実は、ハッブル定数は時間とともに変わります。名前が、ちょっとした嘘なのです。第1回の式を使って、微分ひとつでそれを確かめましょう。短い寄り道です。

01ハッブル「定数」とは何か

ハッブル定数 \(H\) は、宇宙の大きさ \(a\) が「1あたりどれくらいの速さで増えているか」、つまり増加の割合です。式で書くと、\(a\) の変化の速さ \(\dot a\)(\(a\) を時間で微分したもの)を、\(a\) 自身で割ったもの。

ハッブル定数の定義
$$H = \frac{\dot a}{a}\quad(\text{=宇宙の大きさが、1年で何割ふくらむか})$$

「速さ」ではなく「割合」なのがポイント。たとえば毎年2%ずつ増えるなら \(H\) は 0.02/年、という具合です。この \(H\) の“今の値”が、あの有名な \(H_0\)。では、この割合は本当に一定でしょうか?

02第1回の宇宙で、H を微分で出してみる

第1回・第4回の宇宙(\(c\cdot t=\text{一定}\))では、宇宙が時間に比例してまっすぐ大きくなります。つまり大きさは \(a(t)=k\,t\)(\(k\) はある定数)。これを定義に入れてみます。

やってみよう ── H を計算する

大きさ a とその変化の速さ

$$a(t) = k\,t \qquad\Rightarrow\qquad \dot a = k\quad(\text{一定})$$

割合 H を作る

$$H = \frac{\dot a}{a} = \frac{k}{k\,t} = \frac{1}{t}$$

きれいに \(k\) が消えて、\(H = 1/t\)。宇宙の年齢 \(t\) が大きくなるほど、\(H\) は小さくなる ── 反比例です。宇宙が若いころは \(H\) が大きく(激しく膨らみ)、歳をとるとゆるやかになる。つまりハッブル「定数」は、まったく定数ではなく、時間とともに減っていく量なのです。

下の図で、実際に \(H=1/t\) が時間とともに減っていく様子を見てください。スライダーで「今が宇宙の何歳か」を動かすと、その時代のハッブル“定数”の値が読み取れます。

図:ハッブル“定数” H = 1/t の時間変化。若い宇宙ほど大きく、歳をとるほど小さくなる
この時代のハッブル“定数” H = 1/t = 1.00

03じゃあ、なぜ「定数」と呼ぶのか

理由は、名前がついた経緯にあります。ハッブル定数は「いま観測すると、どの銀河も、遠いほど速く遠ざかる。その比例の定数」として登場しました。空を見渡した“ある一瞬”では、遠さと後退速度がきれいに比例していて、その比例定数が \(H_0\)。空間についての定数(どの方向を見ても同じ)ではあるが、時間についての定数ではない ── ここがまぎらわしい。

「定数」の正しい意味

ハッブル定数は「その瞬間には、空間のどこでも同じ値」という意味の定数。「時間がたっても変わらない」という意味の定数ではない。だから今の値には \(H_0\) と、わざわざ“今”の添え字がついています。

だから正確には「ハッブルパラメータ \(H(t)\)」と呼ぶのが正しく、専門家はそう呼び分けます。「定数」は、歴史的な呼び名の名残なのです。名前にだまされず、定義(\(\dot a/a\))に立ち返れば、\(H=1/t\) で減っていくことは微分ひとつで分かる ── これが今回の小話でした。

種明かしの声(第1回とつながる) 第1回で「光速の減少する割合 = ハッブル定数 \(H\)」と言いました。今回の \(H=1/t\) は、まさに第1回で光速の減少率として出した \(1/t\) と同じもの。\(c\cdot t=\text{一定}\) を微分すると \(\dot c/c = -1/t\)、その大きさが \(H=1/t\)。光が遅くなる割合と、宇宙が膨らむ割合は、同じ一つの数だったのです。名前が「定数」でも中身は動く、という今回の話は、そのまま第1回の裏返しになっています。

正直な線(軽く一枚)

\(H=1/t\) ちょうどになるのは、まっすぐ膨張する宇宙(第1回のモデル)での話です。実際の宇宙は膨張のしかたが少し複雑なので、\(H\) と \(1/t\) はぴったり等しくはなく、近い値(\(H_0 t_0\) はおよそ1)になります。それでも「ハッブル定数は時間とともに変わる」という結論は、どの標準的なモデルでも同じ ── 名前が“定数”でも、中身は動きます。

まとめ名前より、定義を信じる

ハッブル定数 \(H=\dot a/a\) を、まっすぐ膨張する宇宙で計算すると \(H=1/t\)。宇宙の年齢に反比例して、時間とともに減っていく ── まったく“定数”ではありませんでした。「定数」とは「その瞬間、空間のどこでも同じ」という意味で、「時間で変わらない」という意味ではなかった。

物理では、名前が実態とずれていることがときどきあります。そういうとき頼りになるのは、名前ではなく定義の式。\(H=\dot a/a\) に立ち返れば、微分ひとつで真実が見える。名前にだまされず、定義を信じる ── 短い寄り道でしたが、これはずっと役に立つ習慣です。

この文書は「わかる宇宙論」シリーズ番外編、物理好きの高校生向けの短いコラムです。\(H=\dot a/a\) の定義、および線形膨張 \(a\propto t\) での \(H=1/t\) は正しい関係です。実際の宇宙(ΛCDM)では \(H(t)\) の時間依存はより複雑で、\(H_0 t_0\approx 1\) となります。「ハッブル定数」は歴史的呼称で、時間変化する量としては「ハッブルパラメータ」と呼ぶのが正確です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を選んでください。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで H の値が読み取れます。