第8回:i を各点に局所化すると力になった → 今回:同じ i を時間の虚軸に回すと?
第8回では、\(i\) の位相の曖昧さを各点に局所化すると電磁気力が生まれました。今回は同じ \(i\) を、まったく別の方向に回します ── 時間の虚軸へ90度。この操作(ウィック回転)をかけると、量子の振動が熱の減衰に化け、そして虚時間の「周期の長さ」が、そのまま温度になる。\(i\) は、局所化すれば力(第8回)、虚軸に回せば温度(今回)を生む蝶番だったのです。さらに、この虚時間温度に \(c\cdot t=\text{一定}\) の膨張を重ねると ── 温度が \(1/t\) で下がり、第7回のBBN(宇宙が冷えて中性子が凍結しヘリウムができる)が、\(i\) の言葉で書き直せる。\(i\)・温度・宇宙の冷却が、一本につながります。
量子の時間発展は、第3回・第8回で見た \(i\) を含む形 \(e^{-iEt/\hbar}\) です。エネルギー \(E\) の状態は、複素平面上を角速度 \(E/\hbar\) でくるくる回る(振動する)。ここで、時間を実軸から虚軸へ90度回す操作をかけます。\(t\to-i\tau\) と置く ── これがウィック回転です。
量子の振動
$$e^{-iEt/\hbar}\qquad(\text{複素平面をくるくる回る=振動})$$時間を虚軸に回す:t → −iτ
$$e^{-iE(-i\tau)/\hbar} = e^{-E\tau/\hbar}\qquad(i\ \text{が消えて、ただの減衰})$$\(i\times(-i)=1\) なので、\(i\) がきれいに消え、指数の肩が実数になった。くるくる回る振動が、すーっと減っていく減衰に化けた。これは偶然ではありません ── \(e^{-E\tau/\hbar}\) は、統計力学で温度 \(T\) の熱平衡を表すボルツマン因子 \(e^{-E/k_BT}\) そのものの形です。
見比べてください。虚時間発展 \(e^{-E\tau/\hbar}\) と、熱平衡 \(e^{-E/k_BT}\)。肩を等しいと置くと ──
虚時間 \(\tau\) を「周期 \(\hbar/k_BT\) でくるりと丸めて周期的にする」と、その系は温度 \(T\) の熱浴に浸かった系と完全に等価になる。周期が短い=熱い、周期が長い=冷たい。\(i\) は、時間の虚軸を通じて温度を生む金具だった。
いよいよ、このシリーズの \(c\cdot t=\text{一定}\) を重ねます。番外編④で見た通り、\(c\cdot t=\text{一定}\) は膨張を時間側に押し込んだ座標(共形時間)で、膨張のしかたは \(a\propto t\)(まっすぐ膨張)。そして標準宇宙論の既知の事実として、膨張宇宙では温度がスケール因子に反比例して下がる(\(T\propto1/a\))。\(c\cdot t=\text{一定}\) では \(a\propto t\) だから ──
温度の時間変化(a ∝ t を代入)
$$T\propto\frac{1}{a}\propto\frac{1}{t}$$虚時間の周期は、その逆数だから伸びる
$$\tau=\frac{\hbar}{k_BT}\propto t$$宇宙の年齢が進むほど、温度 \(T\) は \(1/t\) で下がり、虚時間の周期 \(\tau\) は \(t\) に比例して伸びていく。第1回の光速 \(c\propto1/t\)、番外編①のハッブル \(H=1/t\) と、まったく同じ \(1/t\) の家族です ── 膨張・光速の減少・温度の低下・虚時間周期の伸びは、全部が同じ一つの現象の別々の顔だった。
下の図で、宇宙の年齢 \(t\) を動かしてみてください。左(若い宇宙)は温度が高く虚時間周期が短い ── 複素平面のらせんが細かく密に巻く「熱い」状態。右(歳をとった宇宙)は温度が下がり周期が伸びる ── らせんがゆったり大きく巻く「冷たい」状態。膨張が、\(i\) の虚時間らせんを引き伸ばしていくのが見えます。
ここで第7回とつながります。第7回では「宇宙が冷えて中性子が凍結し、ヘリウムができる」をやりました。今回の言葉で書き直すと、これは虚時間の周期が伸びていく過程そのものです。
BBNが起きた瞬間を、虚時間温度の言葉で特徴づけると ── 温度が下がって \(k_BT\) が、中性子崩壊の余りエネルギー \(Q\approx0.8\) MeV(第7回の主役)くらいまで冷えたとき。それ以上冷えると、熱ゆらぎが中性子・陽子の変換を維持できなくなり、比が凍結(フリーズアウト)する。あとは中性子の自由崩壊(第7回のサージェント則 \(\Gamma\propto Q^5\))だけが効いて、ヘリウム量が確定する。
虚時間の周期 \(\tau=\hbar/k_BT\) が、中性子の特徴的スケール \(\hbar/Q\) を超えて伸びた瞬間 ── つまり \(k_BT\) が \(Q\) を下回った瞬間 ── に、熱平衡が保てなくなり中性子比が凍結する。これが第7回のヘリウム量を決めた「BBNフリーズアウト」の、虚時間温度による特徴づけ。
第7回と同じく、番外編④の等価条件で正直に裁きます。
予言しないもの(観測に跡を残さない部分)。 ウィック回転(\(t\to-i\tau\))も、\(c\cdot t=\text{一定}\) の共形時間も、どちらも純粋な座標・変数の付け替えです。\(\alpha\) が不変なら、これらを重ねても新しい観測予言はゼロ。「\(T\propto1/t\)」も「虚時間周期が伸びる」も、標準宇宙論を別の時間軸で書き直しただけで、標準と寸分違わない ── 第7回の判決通り、\(c\cdot t=\text{一定}\) を額面で走らせない限り安全で、今回は額面で走らせないので、生存します。
予言する(というより、明晰にする)もの。 今回の価値は新予言ではなく、統一的な視点です。膨張・光速の減少・冷却・量子の位相・熱 ── バラバラに見えた現象が、「一本の複素時間軸の、実部(振動・膨張)と虚部(温度)の畳み込み」として一枚の絵になる。第4回で「ログ時間に貼り替えると計算が軽くなる」と同じ精神 ── 情報を捨てずに時間軸を賢く畳むと、見通しが劇的に良くなる。今回は、その畳み方の最も深い版です。
この統一的な絵は、すべて「\(\alpha\) が不変」という条件の上に立っています。虚時間温度が下がるとき、動いているのは温度(次元付きの量)であって、原子の比 \(\alpha\) ではない。もし「虚時間温度の低下が \(\alpha\) を走らせる」と読み替えた瞬間、第8回の“死ぬ枝”(\(\alpha\) が走る)に落ちて、第7回の中性子・BBNに棄却される。
今回が生き延びるのは、あくまで温度という次元付きの量だけを畳み、無次元の \(\alpha\) には手を触れない限りにおいて。ウィック回転そのものは確立した標準物理(統計力学の虚時間形式・松原形式)で、量子と熱の対応は教科書の内容です。\(c\cdot t=\text{一定}\) との接続は、\(\alpha\) 不変ゲージとして読むぶんには観測に跡を残さず、番外編④の等価条件と完全に整合します。
シュレディンガーの \(i\) を時間の虚軸に回す(\(t\to-i\tau\))と、量子の振動 \(e^{-iEt/\hbar}\) が熱の減衰 \(e^{-E\tau/\hbar}\) に化け、虚時間の周期がそのまま温度 \(\tau=\hbar/k_BT\) になる(STEP 01)。そこに \(c\cdot t=\text{一定}\) の膨張(\(a\propto t\))を重ねると、温度が \(T\propto1/t\) で下がり虚時間周期が伸びる ── 光速減少・ハッブル・冷却が全部同じ \(1/t\) の家族(STEP 02)。
そして第7回のBBNは、この「虚時間周期が閾値 \(\hbar/Q\) を跨ぐ瞬間」の物理的な現れ(STEP 03)。あなたの最初の「閾値を跨ぐシステムエラー」の直感が、跡を残さないゲージの中で正しい居場所を得た。判決は第7回と同じ ── 観測に新予言は出さない(\(\alpha\) 不変ゲージだから安全)が、膨張・冷却・量子・熱を一軸に畳む最強の思考の道具(STEP 04)。第8回と合わせて:\(i\) は、局所化すれば力、虚軸に回せば温度を生む蝶番。あなたが \(i\) に感じた「時間に畳み込まれた何か」は、力と熱の両方でした。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで宇宙の年齢を動かすと、温度が下がり虚時間の周期が伸び、BBN 閾値を跨ぐ瞬間が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。