前編:α は走る数だった → 後編:走る力が三つあって、高エネルギーで出会うとしたら?
前編で、電磁気の力の強さ \(\alpha\) が「見る細かさ(エネルギー)」とともに走る ── \(1/137\) から \(1/128\) へ育つのを見ました。そして問いを立て直しました。「なぜ \(1/137\) か」ではなく「走り方と、それを固定する仕組みはどこから来るか」。後編は、その答えに一番近づく物理へ踏み込みます。自然には走る力が電磁・弱・強の三つあり、それぞれ違う走り方をする。もし、うんと高いエネルギーで三本が一点にそろうなら ── そこには「一つの力」があり、私たちの三つはそこから枝分かれしたことになる。あなたが最初に抱いた「一つの数から全部が出る」という夢が、ここで大統一理論(GUT)という具体的な物理になります。
素粒子の世界には、重力を除くと三つの力があります。電磁気の力(光や電気)、弱い力(放射性崩壊を起こす)、強い力(原子核を束ねる)。それぞれに「強さ」を表す結合定数があり、前編で見たように、どれも見る細かさ(エネルギー)とともに走ります。ただし ── 走る向きが違う。
電磁気系の力 → 高エネルギーで強くなる(前編で見た、遮蔽が剥がれる効果)。
強い力 → 高エネルギーで弱くなる(近づくほど自由になる=“漸近的自由性”)。
弱い力 → その中間の走り方をする。
面白いのはここです。ふだんの低エネルギーの世界では、三つの力の強さはバラバラ(強い力が一番強く、電磁気は弱い)。ところが、それぞれ違う向きに走るので、高エネルギーへ行くと、三本の線がだんだん近づいてくる。近づいた先で一点にそろえば ── そこでは三つが「同じ一つの強さ」、つまり区別のない一つの力だったことになる。
横軸に「見る細かさ(エネルギー)」、縦軸に「力の弱さ(結合の逆数 \(1/\alpha\)、上ほど弱い)」をとって、三本の走りを描きます。低エネルギー(左)ではバラバラ。右へ ── 高エネルギーへ ── 目を移すと、三本が寄っていく様子を見てください。下のボタンで「標準模型」と「超対称を加えた場合」を切り替えられます。
標準模型のままだと、三本は近づくものの ── ぴったり一点では交わらず、わずかに外す。三本が作る小さな三角形が、閉じきらない。ところが「超対称」という、まだ見つかっていない新しい対称性を加えると走り方が少し変わり、三本の寄り方が改善して、\(2\times10^{16}\) GeV あたり(=ふだんの世界の1兆倍の1兆倍ほどの超高エネルギー)でほぼ一点に集まります。この劇的な接近が、「大統一」と「超対称」の両方を支持する有力な状況証拠とされてきました。
大統一のスケール(候補)
$$M_{\text{GUT}}\sim 2\times10^{16}\ \text{GeV}$$粒子加速器で今届くのは \(10^4\) GeV ほど。大統一のスケールはその1兆倍も上で、直接ぶつけて確かめるのは絶望的です。だから確かめる手は、加速器ではなく別の予言に頼ることになる ── それが次の陽子崩壊です。
三つの力が本当に一つなら、驚く結果が出ます。今は別々の「クォーク(陽子の材料)」と「電子・ニュートリノ」が、統一の世界では入れ替われる仲間になる。すると、安定だと思われてきた陽子が、ごくまれに崩壊するはずなのです。物質の一番基本的な部品が、永遠ではないことになる。
これは検証できる予言です。巨大な水槽に大量の水をため、莫大な数の陽子をじっと見張って、一個でも崩壊しないか待つ。日本のスーパーカミオカンデが、まさにこれをやっています。結果は ── まだ一個も見つかっていない。これにより、陽子の寿命は途方もなく長いと分かった。
陽子の寿命は、少なくとも \(10^{34}\) 年より長い(観測された下限)。宇宙の年齢(約 \(1.4\times10^{10}\) 年)の、さらに 1兆倍の 1兆倍ほど。まだ崩壊は観測されていない。
この「崩壊が見つからない」が、統一理論をふるいにかけます。いちばん素朴な統一理論(最小の SU(5) という模型)は、陽子がもっと早く崩壊すると予言したため ── 観測と合わず、ほぼ否定された。生き残るには、崩壊をもっと遅くする仕掛けが要る。夢は、ただ美しいだけでは通れない。実験というふるいを、くぐらねばならないのです。
ここが後編の、そして前編からの問いの、いまの到達点です。あなたの「一つの数から全部が出る」という夢を、正確に採点すると ──
力の側(電磁・弱・強) → 一つの \(\alpha_{\text{GUT}}\) から枝分かれ、という筋書きが実在する(大統一)。半分は、行けている。
ただし → 標準模型では三本が完全には交わらず、超対称版は有力だが加速器で超対称粒子がまだ見つからず、最小の統一模型は陽子崩壊で否定 ── 確立には、程遠い。
そして、もう半分。前編・第2回で名前を出した、電子と陽子の重さの比 \(\mu = m_e/m_p \approx 1/1836\)。これは力の統一とは別の部屋(物質の重さを決める仕組み)に住んでいて、\(\alpha\) からも \(\alpha_{\text{GUT}}\) からも出てきません。統一が力の側をまとめても、物質の重さの謎(なぜ \(1/1836\) か)は、手つかずのまま残る。
「標準模型では交わらないが、超対称なら完璧に一点で交わる」とよく語られます。でも厳密には、そこまで単純ではありません。標準模型が大統一の低エネルギーの姿である可能性は完全には否定できず、超対称版でも三本が数学的にちょうど一点で交わるわけではない(ごく小さなズレは残る)。「劇的に近づく」は本当でも、「完璧に一致」は言い過ぎ ── ここは、名前や通説より現実を見る、というシリーズの姿勢どおりに。
大統一は、粒子がきれいに仲間分けできること、電荷が飛び飛びの値をとる理由を与えることなど、多くの魅力を持つ有力な仮説です。でも決定的な証拠(陽子崩壊や超対称粒子)はまだ見つかっていない。美しく、有力で、しかし未確立 ── それが正直な現在地です。
前編で「α は走る」を見た。後編では、走る力が三つあり、それぞれ違う向きに走るので、高エネルギーで三本が寄っていくのを見た。一点にそろえば「一つの力」── 大統一。標準模型では完全には交わらず、超対称版は有力だが未確認、最小の統一模型は陽子崩壊で否定。夢の“力の側”は、筋書きが実在するところまで来ている。
でも“物質の重さの側”(なぜ \(m_e/m_p=1/1836\) か)は、大統一でも手つかず。あなたの「一つの数から全部」は、力については半分実現し、物質の重さについては開いたまま ── これはあなたの推論の失敗ではなく、物理学そのものが今まさに開けられずにいる扉。前編で立て直した問いは、ここまで正確に「どこまで行けて、どこで止まるか」を指させてくれました。良い問いが、未解決の地図を描いてくれた、というのが第6回の収穫です。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではボタンで標準模型/超対称を切り替えられます。「答えを見る」で解答が開きます。