第4回で「点で刻む」を体験 → 今回:その点と、なめらかな波は見分けられるのか?
このシリーズでは、連続の宇宙(\(c=\text{一定}\))と離散の宇宙(\(c\cdot t=\text{一定}\)の計算機的な見方)は「同じ音楽を、レコードとCDで持っているようなもの」だと繰り返してきました。第4回では、なめらかな曲線を点で刻む体験をしました。では、いよいよ核心 ── 点で刻んだCDと、なめらかなレコードは、どこまで見分けられるのか? 答えには、音楽のCD化を支えるのとまったく同じ数学、サンプリング定理があります。そしてその定理は、離散と連続が「区別できる場所」と「絶対に区別できない場所」を、はっきり線引きしてくれます。
音は空気の振動、つまり波です。CDはこの波を、1秒間に何万回も「今の高さは?」と測って、数値の列として記録します。この「1秒あたり何回測るか」をサンプリング周波数 \(f_s\) と呼びます。CDは \(f_s = 44100\)(毎秒44100回)。
ここで素朴な疑問。とびとびの点しか記録していないのに、なぜ元のなめらかな音が復元できるのか? 点と点の間は、記録していないのに。下の図で、まず「元の波(青)」を「点(橙)」で記録する様子を見てください。
点が十分に多ければ、点をなめらかにつなぐだけで元の波が見えてきます。問題は「どれだけあれば十分か」。ここに、美しい定理が答えを出します。
波に含まれるいちばん高い周波数を \(f_{\max}\) とする。サンプリング周波数が
$$f_s > 2\, f_{\max}$$を満たせば、とびとびの点から元のなめらかな波を、誤差ゼロで完全に復元できる。
これは驚くべき主張です。「点の間は記録していない」のに、条件さえ満たせば間の情報も含めて100%元通り。CDが \(f_s=44100\) なのは、人間の可聴上限がおよそ20000ヘルツ(20kHz)で、その2倍(40000)を超えるように少し余裕をもたせた値です。つまり ──
人間が聞ける上限
\(f_{\max}\approx 20{,}000\ \mathrm{Hz}\)(20kHz)。定理より、必要なサンプリングは
$$f_s > 2\times 20{,}000 = 40{,}000\ \mathrm{Hz}.$$CDの実際の値
\(f_s = 44{,}100\ \mathrm{Hz}\)。40000をわずかに超えている。だからCDは、人間が聞ける範囲の音を、原理的に完全に記録できている。レコード(連続)とCD(離散)を耳で聞き分けられないのは、気のせいでも思い込みでもなく、この定理が保証している事実なのです。
では、定理を破るとどうなるか。\(f_s\) が \(2f_{\max}\) より小さい ── つまり測るのが遅すぎると、何が起きるか。ここが今回いちばん面白い図です。下で、元の波の周波数はそのまま、サンプリング(点の数)だけを減らしてみてください。
\(f_s\) を下げていくと、ある境目(\(f_s = 2f_{\max}\))を割った瞬間、点の並びが元の速い波(青)ではなく、まったく別の遅い波(赤)に見え始めます。これがエイリアシング ── 記録が遅すぎて拾いきれなかった速い波が、偽の遅い波に「化けて」しまう現象。CDでこれが起きると、実在しない低い音が聞こえてしまう。だからCDを作るときは、録音前に20kHzより上をカットして、この化けを防いでいます。
エイリアスの周波数
元の波の周波数 \(f\)、サンプリング \(f_s\) のとき、見えてしまう偽の波の周波数は
$$f_{\text{alias}} = |\,f - f_s\,|\quad(\text{最も近い場合})$$たとえば \(f=30\)、\(f_s=40\) なら偽の波は \(|30-40|=10\)。速い波(30)が、遅い波(10)に化ける ── 図2で数字を合わせると、この関係が見えます。
サンプリング定理が教えてくれる線引きは、こうまとめられます。
帯域の内側(\(f_{\max}\) 以下の音)→ 離散と連続は完全に等価・区別できない。
帯域の端・その外側(速すぎる成分)→ エイリアシングという形でちがいが現れる。
レコードとCDは、部屋で聞くぶん(帯域の内側)には区別できない ── 定理の保証。区別が問題になるのは、人にはほとんど聞こえない高い音の端っこ(帯域の端)だけ。オーディオ好きが「ハイレゾ」で議論するのは、まさにこの端の領域です。
そして、これがこのシリーズ全体のメッセージそのものです。第1回の「\(c=\text{一定}\)の連続宇宙」と「\(c\cdot t=\text{一定}\)の離散的な見方」も、まったく同じ構造 ── 私たちが触れられる範囲(帯域の内側)では、完全に等価で区別できない。区別が原理的に問題になりうるのは、宇宙のいちばん細かい端っこ(プランクスケールと呼ばれる、想像を絶するミクロの世界)だけ。そこは、まだ誰も実験で確かめられていません。
「区別できない」は、あくまで帯域の内側の話です。宇宙に本当に帯域上限(最短の長さ)があるのか、端っこで離散と連続がどう分かれるのかは、まだ未解決の物理の最前線。だから「連続でも離散でも書ける」は正しくても、「宇宙が本当はどちらか」は、この定理だけでは決められません ── そこは、あなたたちの世代が実験で開ける扉です。
サンプリング定理は言います ── 帯域に上限がある信号なら、\(f_s>2f_{\max}\) で測るだけで、とびとびの点から元のなめらかな波を完全に復元できる。だからレコード(連続)とCD(離散)は、耳の届く範囲では区別できない。同じ音楽を、二つの媒体で持っているだけ。
この定理が、シリーズをつらぬく喩えの数学的な正体でした。\(c=\text{一定}\)の宇宙も、\(c\cdot t=\text{一定}\)の離散的な見方も、私たちが触れられる帯域の内側では完全に等価。どちらの盤で聴いても、鳴っている音楽はひとつ ── それが、第1回からずっと言いたかったことです。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで図が再計算され、エイリアシングの発生が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。