わかる宇宙論第 3 回 / 物理好き高校生のための、数式でたどる版

前回:原子の中の 1/137(=v/c)→ 今回:その v/c をゼロにしたら何が起きる?

シュレディンガーは、
光速を無限大にした世界 量子力学でいちばん有名な方程式は、実は「相対論を消した」姿。
光速 c を無限大にすると、なぜあの式が現れるのか ── 比 v/c で追ってみる。

必要な道具:分数、極限(大きくすると消える感覚)、エネルギーの式 \(c\to\infty\ \Rightarrow\ v/c\to 0\)

前回、水素原子の電子は光速の \(1/137\)、つまり \(v/c=\alpha\) で回っていると分かりました。この \(v/c\) は「相対論がどれくらい効くか」の目盛りでもあった。今回はそこから一歩進めて、こう問います ── もし光速 \(c\) が無限大だったら? そのとき \(v/c\) はゼロになり、相対論の効果が全部消える。すると残るのが、高校でも名前を聞くシュレディンガー方程式、量子力学のいちばん基本の式なのです。「シュレディンガー方程式は、光速を無限大にした世界のルール」── これを、なるべく式で確かめます。

STEP 01そもそも相対論は「v/c」でやってくる

アインシュタインの相対論では、速く動く物のエネルギーはこう書けます(有名な \(E=mc^2\) を、動いている場合に広げた式)。

相対論での、運動する物のエネルギー
$$E = mc^2\sqrt{1+\left(\frac{p}{mc}\right)^2}$$

\(m\) は質量、\(p\) は運動量(ざっくり「勢い」、\(p\approx mv\))、\(c\) は光速。ここで注目してほしいのは、\(c\) が入っているのが \(\dfrac{p}{mc}\approx\dfrac{v}{c}\) の形だということ。つまり相対論の効果は、いつも「速さ \(v\) と光速 \(c\) の比」を通じて入ってくる。前回の \(v/c\) が、ここでも主役です。

もし \(c\) がとても大きければ \(v/c\) はとても小さい。小さい数の2乗はもっと小さい。だから \(\left(\dfrac{p}{mc}\right)^2\) は、\(c\) が大きいほどゼロに近づく ── この「小さいものを無視する」操作が、相対論を消す鍵になります。

STEP 02やってみよう ── ルートを開いて、c→∞ で項を落とす

上のエネルギーの式を、\(v/c\) が小さいときの近い形に開きます。数学で \(\sqrt{1+x}\) は、\(x\) が小さいとき \(1+\dfrac{x}{2}\) にとても近い、という便利な近似があります(テイラー展開の一歩目)。これを使います。

やってみよう ── エネルギーを「見える形」にほどく

近似 √(1+x) ≈ 1 + x/2 を、x = (p/mc)² に使う

$$E = mc^2\sqrt{1+\left(\frac{p}{mc}\right)^2} \approx mc^2\left(1+\frac{1}{2}\left(\frac{p}{mc}\right)^2\right)$$

中を展開する

$$E \approx mc^2 + \frac{1}{2}mc^2\cdot\frac{p^2}{m^2c^2} = \underbrace{mc^2}_{\text{静止エネルギー}} + \underbrace{\frac{p^2}{2m}}_{\text{おなじみの運動エネルギー}}$$

きれいに2つに分かれました。前half の \(mc^2\) は、止まっていても持っているエネルギー(あの \(E=mc^2\))。後half の \(\dfrac{p^2}{2m}\) は ── \(p\approx mv\) を入れると \(\dfrac{1}{2}mv^2\)、中学・高校でおなじみの運動エネルギーそのものです。相対論のエネルギーの式から、見慣れた運動エネルギーが顔を出しました。

ここで \(c\to\infty\) の意味がはっきりします。もっと細かい相対論の効果は \(\dfrac{1}{c^2},\dfrac{1}{c^4},\dots\) という「\(c\) の大きなべきで割った項」として続いていく。\(c\) を無限大にすると、それらは全部ゼロに落ちて、残るのは静止エネルギー \(mc^2\) と運動エネルギー \(\dfrac{p^2}{2m}\) だけ。この \(\dfrac{p^2}{2m}\) こそ、シュレディンガー方程式の心臓部です。

STEP 03残った p²/2m が、シュレディンガー方程式になる

量子力学では「エネルギーの式」を、波の言葉に書き換えると方程式になります。細かい書き換えのルールはここでは踏み込みませんが、要点はこれだけ ── エネルギーの中身が何であるかで、出てくる方程式が決まる

エネルギーの中身 → 方程式

エネルギーが \(mc^2 + \dfrac{p^2}{2m}\)(=相対論を消した形)なら → シュレディンガー方程式
エネルギーが元の \(mc^2\sqrt{1+(p/mc)^2}\)(=相対論そのまま)なら → 相対論的な方程式(ディラック方程式など)。

つまりシュレディンガー方程式は、「\(c\to\infty\)、相対論を消した」量子力学。世界を「光がいくらでも速い、のっぺりした近似」で見たときのルール。逆に、光速が有限だと認めて細かく見ると、相対論的な方程式に格上げされる。前回チラ見せした通り、\(c\) は「どれくらい細かく世界を見るか」のツマミなのです。

種明かしの声 ── 消した項こそ「微細構造」 STEP 02 で捨てた次の項 \(\left(\dfrac{p}{mc}\right)^4\) 級の効果は、前回の \(\alpha^2\approx 1/18800\) の大きさで効いてきます。これが原子から出る光の色を細かく分裂させる「微細構造」。シュレディンガーで消したものが、精密に見ると戻ってくる ── だから \(\alpha\) は「どの細かさで相対論が顔を出すか」の目盛りなのでした。第2回と、ここでつながります。
◇ ◇ ◇

STEP 04「粗く見ると単純」は、物理のいたるところにある

今回の主役は「\(c\to\infty\) で相対論が消える」でしたが、この「あるものを極端にすると、細かい効果が消えて単純な世界が残る」という考え方は、物理の至る所に出てきます。いくつか同じ顔ぶれを挙げておくと ──

光速を無限大にすると相対論が消えてニュートン力学が残る。プランク定数 \(\hbar\) をゼロにすると量子のゆらぎが消えて、やはり古典力学が残る。速さが遅ければ空気抵抗が消えて、放物線の運動が残る。どれも「あるツマミを端まで回すと、細かい項が落ちて、見慣れた単純な法則が姿を現す」という同じ構造です。複雑な理論のほうが本物で、単純な理論はその“粗く見た姿” ── この順番を知っていると、物理がぐっと見通しよくなります。

正直な線(今回は軽く一枚だけ)

「\(c\to\infty\)」は頭の中で行う極限で、現実に光速が無限大になるわけではありません。現実の \(c\) は有限なので、シュレディンガー方程式はいつでも近似 ── 遅い電子にはとてもよく効き、光速に近い電子(重い原子の内側など)ではズレが無視できなくなり、相対論的な式が必要になります。「単純な式は、正確な式を粗く見た姿」だと覚えておけば十分です。

練習問題(今回・前回の式だけで解けます)
  1. \(\sqrt{1+x}\approx 1+\dfrac{x}{2}\) を使って、\(x=0.01\) のときの \(\sqrt{1.01}\) を小数で見積もれ。
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    \(1+0.01/2=1.005\)。電卓の \(\sqrt{1.01}=1.00499\ldots\) とほぼ一致。小さい \(x\) では、この一歩目の近似で十分な精度が出ます。
  2. 相対論エネルギーを展開した \(E\approx mc^2+\dfrac{p^2}{2m}\) の後半に \(p=mv\) を代入し、見慣れた形にせよ。
    答えを見る
    \(\dfrac{p^2}{2m}=\dfrac{(mv)^2}{2m}=\dfrac{1}{2}mv^2\)。おなじみの運動エネルギーです。
  3. 水素原子の電子(前回 \(v/c=1/137\))で、捨てた最初の相対論項の目安 \((v/c)^2\) を求め、シュレディンガーの近似がどれくらい良いか一言で述べよ。
    答えを見る
    \((1/137)^2\approx 5.3\times10^{-5}\)。およそ2万分の1のズレしかないので、水素原子ではシュレディンガー方程式が非常によく効く、と言えます。(重い原子で内側の電子が光速に近づくと、この近似は悪くなります。)

まとめ単純な式は、正確な式の「粗く見た姿」

相対論のエネルギー \(mc^2\sqrt{1+(p/mc)^2}\) を、\(v/c\) が小さいとして開くと、静止エネルギー \(mc^2\) と、見慣れた運動エネルギー \(\dfrac{p^2}{2m}\) に分かれた。この \(\dfrac{p^2}{2m}\) がシュレディンガー方程式の心臓部で、\(c\to\infty\) で細かい項を全部落とした姿こそ、量子力学のいちばん基本の式でした。

そして捨てた項は消えてなくなったわけではなく、\(\alpha^2\) の大きさで「微細構造」として戻ってくる。\(c\) は世界を見る細かさのツマミ、\(\alpha\) はどの細かさで相対論が顔を出すかの目盛り ── 第1回・第2回・第3回が、この一本の考えでつながりました。

この文書は「わかる宇宙論」シリーズ第3回、物理好きの高校生向け読み物です。相対論的エネルギーの展開 \(mc^2\sqrt{1+(p/mc)^2}\approx mc^2+p^2/2m\)、および \(c\to\infty\) 極限でシュレディンガー方程式が得られることは正しい関係で、数値は概算です。厳密には運動量演算子への置き換えを経て方程式が導かれますが、本稿では「エネルギーの中身が方程式を決める」という要点に絞りました。シュレディンガー方程式は非相対論的近似であり、精密な場合は相対論的方程式(ディラック方程式など)が必要です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版では練習問題の解答は自動的に隠れます)。

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