わかる宇宙論 / 物理好き高校生のための、数式でたどる版

光は昔、もっと速かった 宇宙膨張を「光速がゆっくり遅くなる」と読み替える。
光速は毎年 2.2 cm/s ずつ遅くなっている ── その数字を、自分で出してみよう。

必要な道具:分数の割り算、簡単な微分、単位換算 \(c\cdot t=\text{一定}\)

遠くの銀河ほど、光が赤みを帯びて見える。教科書はこれを「空間そのものが伸びているから」と説明します。正しいのですが、初めて聞くと必ずどこかで詰まる。そこでこの読み物では、空間は固定したまま、光の速さのほうが時間とともにゆっくり遅くなっている、という別の言い方で最後まで走り切ってみます。数式もちゃんと出します。そして最後に、この言い方が標準的な説明とまったく同じ観測を指していることを、種明かしします。

STEP 01まず、いちばん大事な一本の式

今日の光速を \(c_0\)、宇宙の年齢を \(t\)、今の宇宙の年齢を \(t_0\) とします。この読み物のルールはたった一つ、「光速 × 年齢」がいつの時代も一定、というもの。

この読み物の唯一のルール
$$c(t)\,\cdot\, t = c_0\, t_0 = \text{一定}\qquad\Longrightarrow\qquad c(t)=\frac{c_0\,t_0}{t}$$

右の式は「年齢 \(t\) が大きいほど、光速 \(c(t)\) は小さい」と言っています。宇宙が若い(\(t\) が小さい)ほど光は速く、歳をとるほど遅くなる。式の形は、中学で習う反比例そのものです。

STEP 02いま、光速はどれくらいの速さで遅くなっている?

「毎年どれだけ遅くなるか」は、\(c(t)\) を時間で微分すれば出ます。\(c(t)=c_0 t_0 \, t^{-1}\) を微分して、

$$\frac{dc}{dt} = c_0 t_0 \cdot(-1)\,t^{-2} = -\frac{c_0 t_0}{t^2} = -\frac{c(t)}{t}$$

今の値(\(t=t_0,\ c=c_0\))を入れると、減り方は \(\left|\dfrac{dc}{dt}\right| = \dfrac{c_0}{t_0}\)。あとは数字を入れるだけです。手を動かしてみましょう。

やってみよう ── 光速は毎年何 cm/s 遅くなる?

使う値

光速 \(c_0 = 3.0\times10^{8}\ \mathrm{m/s}\)、宇宙の年齢 \(t_0 = 138\)億年。まず年齢を「秒」ではなく「年」のまま使います(答えを「1年あたり」で出したいので)。

計算

$$\left|\frac{dc}{dt}\right| = \frac{c_0}{t_0} = \frac{3.0\times10^{8}\ \mathrm{m/s}}{1.38\times10^{10}\ \text{年}} \approx 2.17\times10^{-2}\ \frac{\mathrm{m/s}}{\text{年}}$$

単位を cm に直す

$$2.17\times10^{-2}\ \mathrm{m/s} = 2.2\ \mathrm{cm/s}$$

つまりこの読み物の宇宙では、光速は毎年およそ 2.2 cm/s ずつ遅くなっている。秒速30万キロメートルという巨大な速さに対して、たった数センチ。だからふだんの実験ではまず気づけません。「変化なんて観測されていないぞ」と言われても、この小ささなら当然だ、と胸を張れます。

ついでに「割合」でも見ておきましょう。1年で何割変わるか、は

$$\frac{1}{c}\left|\frac{dc}{dt}\right| = \frac{1}{t_0} = \frac{1}{1.38\times10^{10}\ \text{年}} \approx 7.2\times10^{-11}\ /\text{年}.$$

1年でおよそ 1000億分の1。この「割合」のほうが、実は物理的に大事な数字です(理由は STEP 05 で)。

種明かしの声(連続系) この「毎年 \(1/t_0\) の割合で減る」は、標準宇宙論のハッブル定数 \(H_0\) とほぼ同じ量です。\(H_0\) は「宇宙が1年でどれだけの割合で膨らむか」を表す数で、\(c\cdot t=\text{一定}\) の宇宙ではちょうど \(H_0 = 1/t_0\)。光速が遅くなる割合=空間が膨らむ割合、というわけです。

STEP 03赤方偏移を式で ── 「どれだけ遅くなったか」がそのまま赤み

遠くの銀河から届いた光を考えます。その光が放たれた時刻を \(t_e\)(emit=放出)、受け取る今を \(t_0\) とすると、この読み物の言い方では「放出時に速かった光が、遅くなった今に届く」。速さの比は式のルールから、

$$\frac{c(t_e)}{c(t_0)} = \frac{c_0 t_0 / t_e}{c_0 t_0 / t_0} = \frac{t_0}{t_e}.$$

この比が、そのまま「光の間延び具合」=赤方偏移 \(z\) を決めます。天文でおなじみの関係を使うと、

$$1+z = \frac{c(t_e)}{c(t_0)} = \frac{t_0}{t_e}.$$

たとえば \(z=1\) の銀河なら \(1+z=2\)、つまり \(t_0/t_e=2\)。光が放たれたのは宇宙が今の半分の年齢だったころで、そのとき光速は今の2倍だった、と読めます。赤方偏移とは、光を放ったときから今までに光速が落ちた割合そのもの ── ひとつの式で言い切れました。

種明かしの声(連続系) 標準宇宙論では \(1+z = a(t_0)/a(t_e)\)(\(a\) は宇宙の大きさ)。この読み物の \(t_0/t_e\) と見比べると、\(a(t)\propto t\)、つまり宇宙が時間に比例してまっすぐ大きくなる場合に両者が一致します。「\(c\cdot t=\text{一定}\)」は、正体を明かせば「まっすぐ膨張する宇宙」のことでした。

STEP 04宇宙の地平線 ── 昔の速い光が、遠くまで手を伸ばす

「宇宙が始まってから今まで、光が届けられた最大の距離」を粒子的地平線といいます。速さ×時間を、光速が変化するぶん積み上げる(積分する)と、

$$D = \int_{0}^{t_0} c(t)\,dt = \int_{0}^{t_0} \frac{c_0 t_0}{t}\,dt = c_0 t_0\big[\ln t\big]_{0}^{t_0}.$$

ここがこの読み物のクライマックスです。\(t\to 0\)(宇宙の始まりの瞬間)で \(\ln t \to -\infty\) なので、この積分はいくらでも大きくなります。昔にさかのぼるほど光速 \(c(t)=c_0t_0/t\) が跳ね上がるので、生まれたての宇宙では光がとてつもない距離を一気に稼げた、ということ。

だから宇宙のどんなに離れた二点も、生まれてすぐには光で連絡を取り合えていた。これは「宇宙のどこを見てもほぼ同じ温度(宇宙マイクロ波背景放射)」であることの、素直な説明になります。標準宇宙論だと「なぜ連絡できないはずの遠い領域が同じ温度なの?」という地平線問題という難物ですが、この読み物では「昔は光が速かったんだから当然」で片づいてしまう。

正直な線 ── ここは本当は物理が効いている

地平線問題が本当に消えるのは、\(c\) を変えたからではなく、\(a\propto t\)(まっすぐ膨張)という膨張のしかたそのもののおかげです。ただの言い換えでは物理は変わりません。まっすぐ膨張を初期の宇宙にまで課すこと ── これは実在する少数派モデル(\(R_h=ct\) 宇宙)で、地平線問題を自然に解く一方、初期の元素合成(ビッグバン元素合成)との整合など未解決の宿題も抱えています。標準はインフレーションを含む \(\Lambda\mathrm{CDM}\) です。

◇ ◇ ◇

STEP 05いちばん大事な種明かし ── 「遅くなる」は測れるのか?

ここまで気持ちよく計算してきましたが、最大の問いが残っています。光速が遅くなっているなら、実験で測れるはずでは?

答えは「原理的に測れない」。理由はこうです。長さ1メートルは、いまや「光が \(1/299792458\) 秒で進む距離」と定義されています。物差し自身が光速で決まっているので、光速が遅くなれば物差しも一緒に縮む。割り算すると効果は打ち消し合い、「光速が変わった」という測定は決してできません。

では何なら測れるのか。単位のつかない、比だけの量です。その代表が微細構造定数 \(\alpha\):

$$\alpha = \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0 \hbar c} \approx \frac{1}{137}.$$

この \(\alpha\) は物差しに依らない純粋な数なので、本当に変わったかどうかを測れます。そして原子時計を使った最新の実験では、\(\alpha\) の変化は1年あたり \(10^{-19}\) 以下 ── ほとんど微動だにしていない。ここが決定的です。STEP 02 で出した「光速は1年で \(7.2\times10^{-11}\) の割合で変わる」を思い出してください。もし \(c\) が本当にそれだけ変わって、\(e,\hbar,\varepsilon_0\) が変わらなければ、\(\alpha\) も \(7.2\times10^{-11}\)/年で動いてしまい、実験に即座に反する。

つじつまが合う条件

\(c\) が遅くなるなら、\(e,\hbar,\varepsilon_0\) も連動して動き、比である \(\alpha\) はびくとも動かない ── そういう「単位の付け替え」でなければならない。このとき、\(c\) が変わる宇宙と変わらない宇宙を区別する実験は、原理的に存在しません。

正直な線(これだけは外さない)

だから「光が遅くなる」は、その場で測る光速はいつでも \(c_0\) で一定という事実と両立します。遅くなって見えるのは、遠くの座標から眺めた「座標上の速さ」だけ。原子の世界を決める \(\alpha\) は不変で、原子時計もあなたの物差しも、何ひとつ壊れません。

つまり「光速が遅くなる」は、宇宙が本当にそうなっているという主張ではなく、同じ物理を人間がいちばん安く飲み込むための投影。優秀な補助線であって、真実の看板ではない ── これだけは、絶対にセットで覚えておいてください。

STEP 06なぜ、この言い方は「わかる」のか

理由は宇宙の側ではなく、私たちの頭の側にあります。人間は「舞台(空間)は動かない、その上で物が動く」という前提を、途方もない時間をかけて脳に刻んできました。だから「入れ物がふくらむ」より「動くものの速さが変わる」ほうを、ずっと安く想像できる。速い・遅い・遅れて届く・昔は速かった、はどれも日常の言葉です。

おまけに、計算する人にとってもこの見方は便利です。空間を固定して膨張を時間側に押し込む座標(共形時間と呼びます)を使うと、光の進み方がまっすぐな直線になり、宇宙のレンズ計算などが実際に速くなる。数値宇宙論の現場でも使われる、れっきとした技です。わかりやすさは、気のせいではありません ── ただし、わかりやすさと正しさは別、という一線だけは守って。

結びレコードと、CD

同じ一つの演奏を、レコード(連続)でもCD(離散)でも持てます。音楽そのものは一つで、媒体が二つ。「空間が伸びる」と「光が遅くなる」も、同じ宇宙を二通りに記録した盤にすぎません。\(c_B \cdot a = \text{一定}\) という一本の式が、二つの盤が同じ演奏だと保証しています。

部屋で聴くぶんには、どちらが本物かは言い当てられない。区別が問題になるのは、人には聞こえない高い音の端っこ(宇宙で言えばプランクスケール)だけ。だから安心して、好きな盤で聴けばいい。わかりやすいほうで宇宙を理解することは、片方しか知らないより、ずっと豊かなことです。

この文書は、宇宙膨張を「光速の減少」という等価な言い換えで語る、物理好きの高校生向け読み物です。赤方偏移・地平線・線形膨張の骨子は物理的に正しい一方、「光速が変わる」という表現は座標の取り方に依存する投影であり、局所的な光速および無次元定数 \(\alpha\) は不変です。数値は概算で、宇宙年齢は約138億年、\(H_0 t_0\approx 1\) を用いました。学術的な標準はインフレーションを含む \(\Lambda\mathrm{CDM}\) モデルであり、本文で触れた線形膨張モデル(\(R_h=ct\))は検証途上の少数派モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を選んでください。

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