「電子が陽子のまわりを回る、クォークが中を動く」── その"玉"を、最後まで追うと消える
前回、力とは「バネ網を薄まりながら隣へ伝わるさざ波」だと見ました。すると自然に問いが出ます ── 「じゃあ電子が陽子のまわりを回るとか、陽子の中のクォークって、このバネの格子をくるくる動いてることでしょ?」。良い踏み込みです。半分あたっていて、半分はもっと面白い方向に外れています。この回は、その"玉"を最後まで追って、玉が一つも残らないところまで行きます。
いちばん大事な訂正から。バネ網は力の場(電磁場)だけではありません。電子には電子の場、クォークにはクォークの場があって、それぞれが独自のバネ網です。つまり世界は「一枚のバネ網の上を玉が転がる」のではなく:
同じ空間に、種類ごとのバネ網が何枚も重ねて張ってあり、たがいに紐で結ばれている。 電子=電磁バネ網を動く玉、ではなく、電子=電子バネ網に立った一粒のさざ波。それが電磁バネ網と結ばれている(結び目の強さ=電荷)。玉は一つも出てきません ── 全部さざ波。
第12回で「力=さざ波」と言いました。この回の一段深い層はこうです ── 物質もまた、さざ波だった。粒子と波は別物ではなく、同じバネ網の二つの顔。だから「玉が格子を動く」という絵は、出発点としては自然でも、追いつめると玉のほうが幻で、残るのは網とその上のさざ波だけ、になります。
ここがいちばん面白い。電子は陽子のまわりを、惑星のように回っていません(この"回る玉"の絵は、量子力学が100年前に葬りました)。電子のさざ波は、陽子が作るすり鉢状の引力の中に閉じこめられると、特定の形でじっと震える波=定在波に落ち着きます。定在波とは、ギターの弦や太鼓の膜のように「進まずにその場で揺れる」波のこと。すると:
原子=鐘(ベル)。 電子の「軌道」(オービタル)=太鼓の膜やギター弦の振動パターン。エネルギー準位=その鐘が鳴らせる特定の音(共鳴周波数)。原子が出す光の色(スペクトル線)=文字どおりその倍音。だから「くるくる回る」は 「決まった形で共鳴して鳴っている」 に置き換わる。
そしてこれは前回(第11回)に直結します。回る玉なら、曲がる運動でエネルギーを光として撒き散らし、らせんを描いて陽子に落ちてしまう ── 古典物理ではそうなる。ところが定在波は、一番低い音(基底状態)で安定に鳴りつづけ、落ちない。安定に鳴れる引力の形が、ちょうど逆二乗(\(D=2\))だったのが第11回の話。玉では説明できなかった「なぜ原子が潰れないか」が、波だと当たり前になります。
陽子の中は、もっと過激です。クォークも玉として袋の中を跳ね回ってはいません。強い力のバネは非線形(第10・12回:揺れどうしが激しく影響し合う)で、しかも真空そのものが沸き立っています:
つまりクォークは「格子をくるくる動く玉」ではなく、閉じ込められた非線形バネ網の、渦巻く共鳴状態。あまりに激しく絡み合っているので、原子のようなきれいな定在波の式では書けません ── だからこそ格子QCD(第12回:時空を格子に刻んでスパコンで実際に回す)で数値的に求める。「だから計算機に載る」が、ここでいちばん切実に効きます。
| 素朴な絵(玉) | 本当の姿(さざ波) |
|---|---|
| 電子が陽子を回る | 電子の波が、すり鉢の中で定在波として鳴る(原子=鐘、準位=音) |
| 電子は電磁場を動く玉 | 電子は電子場のさざ波(場が何枚も重なり結ばれている) |
| クォークが陽子内を動く | 閉じ込められた非線形場の渦巻く海(質量の99%は場のエネルギー) |
「力も物質も、すべては場=バネ網のさざ波」は、標準的な場の量子論そのもの(本物)。玉ではなく波、というのは奇説でなく本線です。原子を定在波=鐘として見るのも、量子力学のきれいに成り立つ描像。
ただし穴が二つ。① バネ網の"格子"を literal に取りすぎないこと ── 格子が世界の土台か、計算のための足場かは未決(第12回)。② 原子はきれいな定在波で書けるが、陽子の中は結合が強すぎて、きれいな波の式が書けない。そもそも「なぜ強い力の場が有限の最低の音を持つのか(=陽子に質量があるのか)」は、数学の未解決難問(質量ギャップ問題・ミレニアム懸賞)です。ここは埋めません ── 描像は本物、基層と最難関は開けたまま。「解けた」とは言わない、が全体の掟。
「電子やクォークがバネ格子をくるくる動く玉」── これを最後まで追うと、玉は一つも残りません。物質もまた、種類ごとのバネ網に立ったさざ波。電子は回る玉ではなく、陽子のすり鉢で鳴る定在波=原子は鐘、準位は音、スペクトル線は倍音。だから原子は潰れず安定に鳴る(第11回が波の言葉で当たり前になる)。陽子の中はさらに激しく、閉じ込められた非線形場の渦巻く海で、重さの99%は場のエネルギー。
力も物質も、すべては場のさざ波 ── これは標準的な場の量子論そのもの。そして全部が場だから、格子に刻んで計算機で回せる(第12回の背骨がここでも効く)。ただし格子が土台か足場かは未決、陽子の最低の音がなぜ有限か(質量ギャップ)は未解決の難問。玉なんて無かった ── 残ったのは、鳴っている網。地図は描いた、旗は立てなかった。
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