情報と物理が、一つの数で触れる
第3回で「情報と物理は一つの不変量を読む向きの違い」と言いました。抽象に聞こえたかもしれません。今回はそれが具体的な数で触れる現場です ── 1ビットを消すと、最低でも \(kT\ln2\) の熱が出る(Landauer 原理、実験で確認済み)。そして計算そのものはタダにできる(可逆計算)。コストは計算ではなく、情報を捨てることに紐づいていた。
なぜ「消去」か ── 論理的に不可逆な操作(消去・上書き・AND)は、異なる状態を一つに merge する。位相空間(取りうる状態の数)が縮む。第二法則により、その縮みは環境への熱として払うしかない。1ビット(2状態→1状態)なら \(k\ln2\) のエントロピー、熱にして \(kT\ln2\)。極小だがゼロではない床です。
逆に、状態を merge しない操作にはこの床がありません。可逆ゲート(NOT・CNOT・Toffoli・Fredkin)は入力を捨てず一対一で写すので、原理的にゼロコスト。途中の "ゴミ" を残しておき、最後に逆算(uncompute)して消さずに畳めば、任意の計算が可逆にできる(Bennett)。
エネルギーを食うのは「計算」ではなく「消去(論理的不可逆)」。計算は原理的にタダにできる。熱を生むのは情報を捨てる瞬間だけ。
ここで第3回が現金化されます。Maxwell の悪魔:分子を情報で選り分ければ、一見タダで第二法則を破れる。長年の謎の答え ── 悪魔はいつか記憶を消してリセットせねばならず、そのとき \(kT\ln2/\)ビットを払う(Bennett・Landauer)。払いが利得を必ず相殺し、法則は守られる。
第2回で「宇宙という計算機は可逆/ユニタリ」が合格条件でした。可逆=消さない=Landauer コストゼロ。つまり根源では、宇宙は散逸せず、時間の矢も無い。では、我々が確かに感じる熱・散逸・時間の向きは、どこから来るのか。
散逸は粗視化から生まれる。マクロに扱うとき、我々は微視的な自由度を追わなくなる。その捨てた(追跡をやめた)情報が熱。エントロピー増大=情報がアクセス可能(マクロ)→不可能(ミクロ)へ流れること。根源は可逆でも、追跡を諦めた分だけ、我々の帳簿では熱が増える。
Landauer 原理(\(E_{\min}=kT\ln2\))は実験で確認済み(Bérut ら 2012、Jun ら 2014)で確立した物理。可逆計算(Bennett)・Maxwell の悪魔の解決も標準です。ただし \(kT\ln2\) は下限で、現在の計算機はその \(10^{4}\text{–}10^{6}\) 倍以上を散逸します(実用上の限界ではなく、原理的な床)。最深の基礎付け(導出の一般性)にはなお議論もあります。
「宇宙は消さない=根源では時間の矢が無い」は正しい枠組みですが、なぜ宇宙が低エントロピーで始まったか(過去仮説)は別の未解決問題(姉妹シリーズの arrow of time 回)。Landauer は「情報 ⟷ 熱」のリンクを与えますが、「なぜ最初が低エントロピーか」は与えません。この文書に「解けた」はありません。
1ビット消去は最低 \(kT\ln2\) の熱を出す(Landauer、実験確認済み)── 論理的に不可逆な操作が状態を merge し位相空間を縮めるから。逆に可逆計算(Bennett)は原理的にタダ。コストは「計算」でなく「消去」に紐づく。Maxwell の悪魔もここで解決し、第3回「情報=物理」が \(kT\ln2\) という測れる一つの数になった。
第2回の可逆宇宙は根源で散逸せず時間の矢も無い。我々が見る熱・時間の向きは粗視化=追跡をやめた情報から生まれる。エントロピー増大=情報のマクロ→ミクロの流れ。ただし低エントロピーな初期条件の理由は別の穴 ── そこには旗を立てない。
印刷 / PDF 化:Ctrl+P(Mac は ⌘+P)。画面ではスライダーで消去プロトコルを進めると、二状態が一つに merge し熱が kT ln2 まで溜まります。「答えを見る」で解答が開きます。