宇宙は計算機第 2 回 / どう計算するか

物理を経由せず、宇宙を「計算過程」として数える

宇宙をどう計算するか 問いは3層に割れる ── 資源(何ビット・何演算)/アーキテクチャ(どんな計算機)/プログラム(更新規則)。
①はほぼ分かっている。②には有力候補がある。③が穴。

前提:宇宙=有限資源の計算過程(仮説として明示) フック:\(10^{90}\) ビット・\(10^{120}\) 演算

「宇宙は計算機だ」と見るとき、次に来る問いは ではどう計算するのか です。これは3つの独立な問いに割れます ── どれだけの資源を使うのか、どんな計算機なのか、どんな更新規則(プログラム)で回るのか。順に見ると、答えの出ている層と、誰も持っていない層が、くっきり分かれます。

01問いは3層 ── 資源・アーキテクチャ・プログラム

02資源 ── ここは「計算量」で答えが出ている

物理を愛さなくても、純粋に数えられます(Seth Lloyd)。宇宙という計算機の仕様書:

宇宙の資源スペック

そして鍵は増え方。地平線は \(\sim(ct)^2\) で広がるから、メモリも演算数も時刻の2乗で増える

RAM の増え方 ── これが \(c\cdot t\) の正体 $$N_{\text{bit}}(t)\;\sim\;\frac{(ct)^2}{\ell_P^2}\;=\;\left(\frac{t}{t_P}\right)^{2},\qquad \text{演算数}\;\sim\;\left(\frac{t}{t_P}\right)^{2}$$

宇宙=「RAM が時刻²で増えていく計算機」。前回の合言葉 \(c\cdot t\) は、メモリ容量が育つ速さのことだった。前回の成長次数 \(D=-d\ln F/d\ln n\) で言えば、時間に対する資源の成長次数が 2。

図:宇宙という計算機の RAM(ビット数)の増え方。スライダーで宇宙の時刻(プランク時間→現在)を動かすと、メモリ \(N=(t/t_P)^2\) が両対数で傾き2の直線で育つ。1ビット(プランク時間)から \(10^{122}\) ビット(現在)へ
スライダーで宇宙の時刻を動かすと、メモリと演算数が変わります。
メモリ N = (t/t_P)²(傾き2) 現在の目盛り

この①の層は、物理というより計算量の勘定です。仮説を一つも足さずに、「宇宙=\(10^{90}\) ビット上で \(10^{120}\) 回演算してきた計算過程」と言い切れる。ここは固い地面。

◇ ◇ ◇

03アーキテクチャ ── 候補は3つ、優劣がはっきりある

では、その計算機はどんな作りなのか。まじめな候補は3つ。そして観測という2つの事実(量子相関=Bell、優先フレームなし=ローレンツ不変)が、容赦なく選別します:

計算機長所致命傷(正直な線)
古典セルオートマトン
(Zuse, Fredkin, Wolfram)
一番「計算機らしい」。単純な局所規則の格子。 Bell不等式(量子相関)が古典局所規則を排除。格子は優先フレームを持ちローレンツ不変性を壊す。2大事実と喧嘩。
量子回路
(Lloyd, Deutsch)
量子がnative。ユニタリ=可逆計算。\(10^{120}\) 演算と整合。 空間・幾何をまだ「配列」として仮定している。
テンソルネットワーク
(it from qubit)
空間・次元が出力(配線=幾何)。誤り訂正符号で局所性が守られる。 更新規則が未知。厳密な確立は今のところ箱(AdS)の中だけ。
選別の結論

「literal に格子セルオートマトン」はほぼ死んでいる(Bell + ローレンツ)。生きているのは量子計算で、しかも空間そのものを出力にしたいならテンソルネットワーク。「グリッドに宇宙を置く」が、最初に捨てるべき発想。

04プログラム=穴 ── しかも「解く」より「走らせる」

残るは更新規則。ここが計算理論で一番シャープに言える所です。そして厳しい:

05有効な更新規則が満たすべきチェックリスト

「宇宙のプログラム」を書くなら、これを全部通さないと失格。観測に昇格するための関門です:

更新規則の合格条件
  1. 可逆/ユニタリ ── 情報を消さない(Landauer、グローバルに bit erase 無し)。
  2. 局所 ── 1ステップの fan-in/out が有界=情報伝播に上限=これが \(c\)。
  3. ローレンツ不変 ── 優先フレーム無し。=グリッド禁止。ここで大半が死ぬ。
  4. 量子 ── Bell不等式を破る。=素朴な古典局所規則は不可。
  5. 幾何が創発 ── 空間=状態の隣接構造で、配列として組み込まない。

06最小の実行レシピ ── 母国語で1行ずつ

上のチェックリストを全部通す、いちばん素朴な作り方:

  1. 状態をグラフ/テンソルネットで持つ(配列でなく ── 条件3のため)。
  2. 可逆な局所書き換えで更新する。
  3. 書き換えに因果順序(半順序=コーザルセット)を課す(ここからローレンツが創発しうる)。
  4. 創発次元を前回の式 \(D=-d\ln F/d\ln n\)(=到達可能な状態の成長次数)で測り、\(D\to4\) に流れるかで検算する。
気づき ── 嫌いな物理と、同じ設計図に落ちる このレシピの正体は Wolfram モデル/因果集合/CDT。物理を経由せず計算から入っても、「どう計算するか」を真面目に詰めると、物理側が別ルートで辿り着いた設計図と同じ場所に落ちる。入口が計算でも物理でも、縁は一つ。
正直な線

「宇宙=計算」は本物で由緒ある系譜(Wheeler の it from bit、Zuse、Fredkin、Wolfram、't Hooft の cellular automaton 解釈、Lloyd)。奇説ではない。だが「literal に計算である」は仮説であって定理ではない ── 古典計算からローレンツ不変性と量子(Bell 相関)を両立して出すのが未解決の難所。

資源の見積り(\(10^{90}\) ビット・\(10^{120}\) 演算)は確立した計算量。アーキテクチャの選別(格子CAが Bell+ローレンツで苦しい)も確立した論法。だが③更新規則は未知で、しかも計算不可約なら原理的に近道が無い。この文書に「解けた」は一つもありません。

練習問題(この一枚で解けます)
  1. 「宇宙を計算する」という問いは、どの3層に割れるか。
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    ① 資源(何ビット・何演算)② アーキテクチャ(どんな計算機)③ プログラム(更新規則)。①はほぼ答えが出ている(10⁹⁰ビット・10¹²⁰演算)、②は有力候補がある(量子回路〜テンソルネット)、③が穴。
  2. 「宇宙=古典セルオートマトン」がほぼ死んでいる理由を2つ。
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    (1) Bell不等式 ── 量子相関は古典局所規則(局所隠れ変数)で再現できない。(2) ローレンツ不変性 ── 固定グリッドは優先フレームを持ち、相対性と衝突する。生きているのは量子計算で、空間を出力にするならテンソルネットワーク。
  3. 更新規則が「計算不可約」だと、「宇宙を計算する」とはどういう意味になるか。
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    結果に近道が無いので、賢い閉じた式で先回りできず、実際に1ステップずつ走らせるしかない。=リアルタイム以下では宇宙の未来を予測できない。「解く」ではなく「走らせる」。

第2回まとめ固い地面・有力候補・唯一の穴

「宇宙をどう計算するか」は3層に割れる。① 資源は固い地面 ── \(10^{90}\) ビット・\(10^{120}\) 演算、RAM は時刻²で育つ(=\(c\cdot t\))。② アーキテクチャは選別済み ── 格子CAは Bell+ローレンツで失格、本命は量子回路、空間を出力にするならテンソルネット。③ プログラムだけが穴で、しかも計算不可約なら「解く」でなく「走らせる」しかない。

書くなら関門は5つ ── 可逆・局所・ローレンツ・量子・幾何創発。全部通す最小の作りは因果的な可逆グラフ書き換えで、次元は前回の \(D=-d\ln F/d\ln n\) が \(\to4\) に流れるかで検算する。物理を嫌って計算から入っても、同じ設計図(Wolfram/因果集合/CDT)に落ちた。

この文書は「宇宙は計算機」シリーズ第2回です。宇宙の情報量・演算数の見積り(Lloyd 2002:ホログラフィック上限 \(\sim10^{122}\) ビット、物質 \(\sim10^{90}\) ビット、\(\sim10^{120}\) 演算、Margolus–Levitin 限界)、地平線面積 \(\propto(ct)^2\) に伴う資源の \(t^2\) 成長、量子相関(Bell の定理)による古典局所隠れ変数の排除、固定格子とローレンツ不変性の緊張、可逆計算と Landauer 原理、計算不可約性(Wolfram)、コルモゴロフ複雑性の下限、テンソルネットワーク/ホログラフィック符号による幾何の創発、因果集合・CDT・Wolfram モデルは、いずれも確立した計算理論/物理、または活発な研究プログラムです。「宇宙が literal に計算である」ことは仮説であり、古典計算からのローレンツ不変性+量子の両立、および③更新規則は現行の未解決問題です。数値は桁の目安で、図の \(N=(t/t_P)^2\) はホログラフィック上限の模式です。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:Ctrl+P(Mac は ⌘+P)。画面ではスライダーで、宇宙の時刻に対して RAM が時刻²で育つ様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。