力の裏には、もっと静かな原理がある ── 力は主役ではなかった
本編で、力は「関係・幾何・ゲージ」まで剥がれました。番外クラスタ「力と数学」では、そのさらに裏を照らします。一本目は、物理でいちばん美しい発想の一つ ── 最小作用の原理。ボールを投げると放物線を描く。第1回では「各瞬間、重力に押されて \(F=ma\) で少しずつ曲がる」と説明しました。でも自然には、まったく違う語り方がある ── 出発点と到着点を結ぶ無数の道のうち、「作用」という一つの量を停留させる道だけが実現する。しかもこの語りから \(F=ma\) が導ける。つまり力は、もっと静かな「停留原理」の派生だったのです。
ある道(時間ごとの位置の記録)に対して、作用 \(S\) という一つの数を割り当てます。作り方は ── 各瞬間の「運動エネルギー \(T\) から位置エネルギー \(V\) を引いたもの」を、道にそって時間で足し合わせる(積分する)。
出発点と到着点を決め、その間をどう通るか(道)を変えると、\(S\) の値が変わる。自然が選ぶのは、\(S\) が停留する(少しずらしても変わらない)道 ── これが最小作用の原理(ハミルトンの原理)。
「停留」とは、その道をほんの少しずらしても \(S\) が一次では変わらない、ということ(谷の底や峠のように、傾きゼロ)。多くの場合それは \(S\) の最小なので「最小作用」と呼ばれます。下の図で、本物の道(放物線)から少しずらすと、作用 \(S\) が必ず増えることを確かめてください。本物の道が、\(S\) の谷の底にいます。
「\(S\) を停留させる道」という条件を数学的に書き下すと(オイラー=ラグランジュ方程式)、出てくるのは ── なんと \(F=ma\)。正確には \(m\ddot{x}=-\dfrac{dV}{dx}\)、つまり第6回の \(F=-\nabla V\) そのもの。最小作用の原理と、\(F=ma\) は、完全に同じ内容の言い換えなのです。だからどちらが「より根源的か」は視点の問題ですが、多くの物理学者は作用のほうを主役に置きます。理由は次です。
「各瞬間、力に押されて動く」(\(F=ma\)・局所的・第1回)
=「全体として作用 \(S\) を停留させる道を選ぶ」(最小作用・大域的)。
同じ運動の、二つの語り方。力は、作用という一つの量から導かれる派生量とも見える。
作用を主役にする利点は絶大です。座標を変えても形が変わらない(相対論と相性がいい)、光にも場にも同じ枠組みが使える、そして ── 次回の主役対称性と保存則(ネーターの定理)が、作用の言葉でこそ最も自然に語れる。第9回で「力の起源はゲージ対称性」と見ましたが、その対称性は作用の対称性のこと。作用は、このシリーズの背骨がいちばん深く根を張る土壌なのです。
力と数学①の結論。力は、自然の最も根っこにある原理ではなかった。もっと静かで大域的な「自然は作用 \(S\) を停留させる道を選ぶ」という原理があり、\(F=ma\) はそこから導かれる。本編で「力は名詞でなく関係」と剥がしましたが、その関係すら、「作用を停留させる」という一つの変分原理の現れだった。力は主役の座を、作用に譲ります。
「最小作用」は通称で、正確には停留作用(最小とは限らず、極値や鞍点のこともある)です。また作用の原理と \(F=ma\) は等価で、「どちらが根源的か」は解釈の問題(作用のほうが対称性・場・量子論に自然につながる、という実利で好まれます)。摩擦のある力など、単純な作用で書けない力もあります(散逸系)。量子力学では、粒子は一つの道でなく全ての道を通り、作用が経路の重みを決める(ファインマンの経路積分)── 古典の「一本の停留する道」は、その特別な場合です。
図の作用 \(S\) は簡単な放物運動で数値計算した値で、単位や大きさは表示用に規格化しています。ずらし方も一例(両端固定の一山)です。
投げたボールの道は、「力に押されて一歩ずつ」とも、「作用 \(S=\int(T-V)dt\) を停留させる道を選ぶ」とも語れる。両者は等価で、停留条件から \(F=ma\)(=F=−∇V)が導ける。だから力は、もっと静かで大域的な停留原理の派生とも見える。光(フェルマー)も自由落下(測地線・第5回)も、同じ「何かを停留させる道」を選んでいた。
本編で剥がした「力は関係」の、さらに裏に、「自然は作用を停留させる」という一枚があった。そしてこの作用こそ、次回のネーターの定理(対称性→保存則)や、第9回のゲージ対称性が、最も自然に語れる土壌。力は主役を作用に譲る ── 「力と数学」は、そこから始まります。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、本物の道から外すと作用が増えることが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。