わかる力番外編・力と数学 ①(三部作その1)

力の裏には、もっと静かな原理がある ── 力は主役ではなかった

最小作用の原理 ボールはなぜその道を飛ぶのか。「力に押されて一歩ずつ」が第1回の答え。
でも自然には、もう一つの顔がある ── 全部の道のうち「作用」を停留させる道を選ぶ。F=ma は、その派生だった。

必要な道具:第1回 F=ma、第5回 測地線、積分のイメージ 自然は S=∫L dt を停留させる

本編で、力は「関係・幾何・ゲージ」まで剥がれました。番外クラスタ「力と数学」では、そのさらに裏を照らします。一本目は、物理でいちばん美しい発想の一つ ── 最小作用の原理。ボールを投げると放物線を描く。第1回では「各瞬間、重力に押されて \(F=ma\) で少しずつ曲がる」と説明しました。でも自然には、まったく違う語り方がある ── 出発点と到着点を結ぶ無数の道のうち、「作用」という一つの量を停留させる道だけが実現する。しかもこの語りから \(F=ma\) が導ける。つまり力は、もっと静かな「停留原理」の派生だったのです。

01作用 ── 道ごとに決まる、一つの数

ある道(時間ごとの位置の記録)に対して、作用 \(S\) という一つの数を割り当てます。作り方は ── 各瞬間の「運動エネルギー \(T\) から位置エネルギー \(V\) を引いたもの」を、道にそって時間で足し合わせる(積分する)。

作用の定義
$$S=\int_{t_1}^{t_2}\!\!\big(T-V\big)\,dt \qquad (T:\text{運動エネルギー},\ V:\text{位置エネルギー})$$

出発点と到着点を決め、その間をどう通るか(道)を変えると、\(S\) の値が変わる。自然が選ぶのは、\(S\) が停留する(少しずらしても変わらない)道 ── これが最小作用の原理(ハミルトンの原理)。

「停留」とは、その道をほんの少しずらしても \(S\) が一次では変わらない、ということ(谷の底や峠のように、傾きゼロ)。多くの場合それは \(S\) の最小なので「最小作用」と呼ばれます。下の図で、本物の道(放物線)から少しずらすと、作用 \(S\) が必ず増えることを確かめてください。本物の道が、\(S\) の谷の底にいます。

図:投げたボールの道。本物の道(藍)から試しの道(橙)へずらすと、作用 S は増える(右下のバー)。本物の道は S を最小にする ── だから自然はその道を選ぶ
本物の道(S 最小) 試しの道(ずらした)

02そこから F=ma が出る ── 力は派生

「\(S\) を停留させる道」という条件を数学的に書き下すと(オイラー=ラグランジュ方程式)、出てくるのは ── なんと \(F=ma\)。正確には \(m\ddot{x}=-\dfrac{dV}{dx}\)、つまり第6回の \(F=-\nabla V\) そのもの。最小作用の原理と、\(F=ma\) は、完全に同じ内容の言い換えなのです。だからどちらが「より根源的か」は視点の問題ですが、多くの物理学者は作用のほうを主役に置きます。理由は次です。

今回の核心 ── 力は停留原理の顔

「各瞬間、力に押されて動く」(\(F=ma\)・局所的・第1回)
=「全体として作用 \(S\) を停留させる道を選ぶ」(最小作用・大域的)。
同じ運動の、二つの語り方。力は、作用という一つの量から導かれる派生量とも見える。

作用を主役にする利点は絶大です。座標を変えても形が変わらない(相対論と相性がいい)、光にも場にも同じ枠組みが使える、そして ── 次回の主役対称性と保存則(ネーターの定理)が、作用の言葉でこそ最も自然に語れる。第9回で「力の起源はゲージ対称性」と見ましたが、その対称性は作用の対称性のこと。作用は、このシリーズの背骨がいちばん深く根を張る土壌なのです。

つなぐ声 ── 光も、自由落下も、同じ原理 停留原理は力学だけのものではありません。は「最短時間の道」を通る(フェルマーの原理)── これも停留原理。自由落下(第5回)は、曲がった時空の中で「固有時が停留する道(測地線)」を通る。投げたボール、光線、自由落下する宇宙船 ── みな「何かを停留させる道」を選んでいる。自然は、いたるところで停留原理に従っている。力は、その一つの現れでした。

◇ ◇ ◇

03剥がして見えたもの ── 力の裏の、停留原理

力と数学①の結論。力は、自然の最も根っこにある原理ではなかった。もっと静かで大域的な「自然は作用 \(S\) を停留させる道を選ぶ」という原理があり、\(F=ma\) はそこから導かれる。本編で「力は名詞でなく関係」と剥がしましたが、その関係すら、「作用を停留させる」という一つの変分原理の現れだった。力は主役の座を、作用に譲ります。

正直な線

「最小作用」は通称で、正確には停留作用(最小とは限らず、極値や鞍点のこともある)です。また作用の原理と \(F=ma\) は等価で、「どちらが根源的か」は解釈の問題(作用のほうが対称性・場・量子論に自然につながる、という実利で好まれます)。摩擦のある力など、単純な作用で書けない力もあります(散逸系)。量子力学では、粒子は一つの道でなく全ての道を通り、作用が経路の重みを決める(ファインマンの経路積分)── 古典の「一本の停留する道」は、その特別な場合です。

図の作用 \(S\) は簡単な放物運動で数値計算した値で、単位や大きさは表示用に規格化しています。ずらし方も一例(両端固定の一山)です。

練習問題
  1. 作用 \(S\) はどう作るか。自然はどの道を選ぶか。
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    各瞬間の (運動エネルギー T − 位置エネルギー V) を、道にそって時間で積分したものが作用 S=∫(T−V)dt。自然は、両端を固定したとき S が停留する(少しずらしても変わらない)道を選ぶ。
  2. 最小作用の原理と \(F=ma\) の関係は。
    答えを見る
    等価。S を停留させる条件(オイラー=ラグランジュ方程式)から \(m\ddot x=-dV/dx\)=F=ma(第6回のF=−∇V)が導ける。力は作用の停留から導かれる派生量とも見える。
  3. 停留原理に従う例を、力学以外から一つ。
    答えを見る
    光の進み方(フェルマーの原理=最短時間の道)。または自由落下=時空の測地線(固有時が停留する道・第5回)。自然はいたるところで停留原理に従う。

まとめ力は、作用の派生だった

投げたボールの道は、「力に押されて一歩ずつ」とも、「作用 \(S=\int(T-V)dt\) を停留させる道を選ぶ」とも語れる。両者は等価で、停留条件から \(F=ma\)(=F=−∇V)が導ける。だから力は、もっと静かで大域的な停留原理の派生とも見える。光(フェルマー)も自由落下(測地線・第5回)も、同じ「何かを停留させる道」を選んでいた。

本編で剥がした「力は関係」の、さらに裏に、「自然は作用を停留させる」という一枚があった。そしてこの作用こそ、次回のネーターの定理(対称性→保存則)や、第9回のゲージ対称性が、最も自然に語れる土壌。力は主役を作用に譲る ── 「力と数学」は、そこから始まります。

この文書は「わかる力」シリーズ番外編「力と数学」①、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。ハミルトンの原理(作用 \(S=\int(T-V)\,dt=\int L\,dt\) の停留)とオイラー=ラグランジュ方程式から \(m\ddot x=-dV/dx\)(ニュートンの運動方程式)が導かれること、これがニュートン力学と等価であること、フェルマーの原理や一般相対論の測地線原理も変分原理であること、量子力学ではファインマンの経路積分が古典の停留経路を特別な場合として含むことは、確立した内容です。「最小」作用は正確には停留(極値・鞍点を含む)作用です。散逸系など単純な作用で表せない場合もあります。図の作用値は放物運動の数値積分を表示用に規格化した概念モデルです。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、本物の道から外すと作用が増えることが見えます。「答えを見る」で解答が開きます。