計算①力で解く/②力でも解けない → ③証明できない力を、計算で確かめる
「力と計算」クラスタの締め、そしてわかる力・全番外の最後です。第11回で、強い力の閉じ込め(クォークは単独で取り出せない)を見ました。そしてその数学的な証明は、いまも存在しない── ヤン=ミルズの質量ギャップとして、100万ドルのミレニアム懸賞問題に残っています。では、なぜ物理学者は閉じ込めを信じているのか。答えは計算。時空そのものを格子に刻み、スーパーコンピュータで強い力を丸ごと計算すると ── 閉じ込めが、ハドロンの質量が、ちゃんと出てくる。証明はできないが、計算が語る。力と計算の、最後の顔です。
電磁気は結合 \(\alpha\approx1/137\) が小さいので、近似(摂動論)で紙と鉛筆でも高精度に計算できました(第6回の \(g-2\) など)。ところが強い力は、低エネルギーで結合 \(\alpha_s\sim1\) と大きすぎて、近似が使えない(第8回の走り)。しかも閉じ込め(第11回)は、まさにこの“強く効く”領域の現象。近似も効かず、証明もない ── 強い力は、手計算では歯が立たないのです。
そこで発想を変えます。連続の時空を、細かい格子(グリッド)に置き換える。クォークは格子の点に、強い力を伝えるグルーオン場(数学③のゲージ場)は点と点をつなぐリンクに住まわせる。すると、無限次元だった場の理論が有限個の変数になり、コンピュータで扱える。あとは、すべての場の配置についての巨大な足し合わせ(経路積分)を、モンテカルロ法(賢いサイコロ)でスパコンに計算させる ── これが格子QCDです。数学③で「力=格子リンク上のゲージ場の曲率」と見た、あの構造を、そのまま数値に載せる。
連続の時空 → 格子(有限の点とリンク)。ゲージ場はリンクに乗る(数学③)。
無限の経路積分 → モンテカルロで近似(賢いサイコロを大量に振る)。
近似(摂動)が効かない強い力を、第一原理から丸ごと数値計算できる。
格子QCDで、クォークと反クォークを距離 \(r\) 離したときのエネルギー(ポテンシャル)\(V(r)\) を計算すると ── 遠ざけるほど直線的に増え続ける(\(V(r)\approx -a/r+\sigma r\)、\(\sigma\) は弦の張力)。エネルギーが無限に増えるから、クォークは引き離せない = 閉じ込めが再現された(第11回の“ちぎれるひも”)。さらに、陽子や中性子の質量も、クォークの性質だけを入力して第一原理から計算でき、実測と数%で一致する。下の図で、格子上で計算した \(V(r)\) が、電磁気的な \(-a/r\)(頭打ち)を振り切って直線的に登っていく様子を見てください。
力と計算③の結論。数学的に証明できない力(閉じ込め)でも、時空を格子に刻んで計算すれば、その姿を確かめられる。格子QCDは、閉じ込めを再現し、ハドロン質量を第一原理から出し、実測と一致させた。証明(ミレニアム問題)は未解決のまま ── でも計算は、証明の手前で、力が確かにそう振る舞うことを、圧倒的な精度で語っている。分かる(証明)と、確かめる(計算)は違う。そして計算は、分からないことの縁まで、私たちを連れて行ってくれる。
格子QCDは強力な数値的証拠ですが、数学的証明ではありません。閉じ込め(ヤン=ミルズの質量ギャップの存在)は依然ミレニアム懸賞問題として未解決。また格子計算には固有の難しさがあります ── 時間を虚数にする(ユークリッド化)、格子間隔をゼロに近づける連続極限、有限体積の補正、そして密度を入れると計算が破綻する「符号問題」など。それでも、閉じ込めやハドロン質量の再現は、実験と合う確立した成果です。
図の \(V(r)=-a/r+\sigma r\)(コーネル・ポテンシャル)と“計算点”は、格子QCDが与える定性的な振る舞いを示す模式で、実際の格子データの数値ではありません。左の格子・フラックスチューブも概念図です。
強い力の閉じ込め(第11回)は、結合が大きく近似が効かず、数学的証明もない(ミレニアム問題)。そこで時空を格子に刻み、ゲージ場をリンクに乗せ(数学③)、モンテカルロで巨大な積分をスパコンに計算させる=格子QCD。結果、クォーク間ポテンシャルは直線的に登り(閉じ込め再現)、ハドロン質量も第一原理から実測と一致。証明はできないが、計算が力の姿を語る。
力と計算①(自然は力で解く)②(力でも解けない・予測に地平線)③(計算が証明の手前を照らす)── 計算は、力を解く道具であり、解けなさの証人であり、証明の代役でもあった。分かる(証明)と確かめる(計算)は違い、計算は分からないことの縁まで連れて行く。これで「力と計算」を、そしてわかる力の全番外を、閉じます。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、格子上のポテンシャルが直線的に登り続ける(閉じ込め)様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。