計算①:力で解ける → 計算②:力の法則は単純なのに、解けない
計算①では「自然は力で問題を解く」と見ました。今回はその裏返し ── 力の法則がどんなに単純でも、解こうとすると解けないことがある。万有引力の法則は \(F=Gm_1m_2/r^2\)、たった一行。二つの天体なら、ケプラーの楕円軌道としてきれいに解けます。ところが三つになると、もう閉じた式(公式)では書けない。しかも「三体問題」はただ難しいだけでなく、初期条件のごくわずかな差が、時間とともに爆発的に開く(カオス)。だから遠い未来は、原理的に予測できず、一歩ずつ計算するしかない。単純な力から、計算不能な複雑さが生まれるのです。
二体問題 ── 太陽と惑星だけ ── は、ニュートンが解きました。答えは楕円(ケプラーの法則)。式一本で、100万年後の位置も計算できる。ところが三体(太陽・地球・月、あるいは三つの星)になると、状況が一変します。19世紀末、ポアンカレが示したのは ── 三体問題には、二体のような一般公式(初等関数で書ける解)が存在しない。力の法則は同じ一行なのに、三つ集まっただけで、閉じた答えが消えてしまう。
力の法則:\(F=Gm_1m_2/r^2\)(一行、完全に決定論的)。
二体:解ける(楕円・公式あり)。三体:一般には閉じた式で解けない(ポアンカレ)。
法則がどれだけ単純でも、その帰結(運動)は、途方もなく複雑になりうる。
「解けない」の本当の恐ろしさはカオスです。カオスとは、初期条件のごくわずかな違いが、時間とともに指数関数的に開いていくこと(バタフライ効果)。最初はそっくりだった二つの運動が、しばらくするとまったく別物になる。決定論的(法則は完全に決まっている)のに、初期条件を無限の精度で知ることは不可能なので、遠い未来は原理的に予測できない。下の図は、ほとんど同じ初期角度で放した二つの振り子(二重振り子=重力による、身近なカオス)。最初は重なって動くのに、やがて完全に散らばります。
公式がなく、しかもカオスなら、どうするか。答えは ── 一歩ずつ数値計算する。力から加速度を出し(\(F=ma\)、第1回)、少し時間を進め、また力を計算し…をコンピュータで膨大に繰り返す。惑星探査機の軌道、天気予報、銀河の衝突 ── どれもこの数値計算です。ただしカオスがある以上、予測できる期間には限界(リアプノフ時間)がある。天気が数日先までしか当たらないのは、まさにこれ。計算①「力で解ける」と対をなす、計算②「力は単純でも、計算しないと分からず、しかも予測に地平線がある」。
力と計算②の結論。力の法則の単純さと、その帰結の複雑さは、まったく別のこと。一行の万有引力から、三体の解けなさと、カオスの予測不能性が生まれる。だから私たちは、力を知っていてもなお、未来を知るには計算するしかなく、しかもその計算にも予測の地平線がある。計算①(力で解ける)と計算②(力でも解けない・予測に限界)── 力と計算は、両方の顔を持っていました。
「三体問題は解けない」は正確には「一般解を初等関数(や有限の公式)で書けない」の意味です。特別な初期条件での厳密解(ラグランジュ点・8の字軌道など)は存在し、サンドマンは1912年に収束する級数解を与えました(ただし収束が絶望的に遅く実用不能)。カオスは乱数ではなく決定論的で、初期条件が同じなら結果も必ず同じ ── 違うのは「わずかな差が急拡大する」点です。予測可能な期間(リアプノフ時間)は系によります。
図は二重振り子(重力による代表的カオス系)を数値積分した模式で、三体問題そのものではありません(身近で見やすいカオスの例として用いています)。数値誤差のため、長時間では表示も真の解からずれます ── それ自体がカオスの難しさの現れです。
万有引力は一行。二体は楕円と解けるが、三体は一般に閉じた式で解けない(ポアンカレ)。さらにカオス ── 初期条件のわずかな差が指数的に開くため、決定論的なのに遠い未来は予測不能。だから力を知っていても、未来を知るには一歩ずつ数値計算するしかなく、その予測にも地平線(リアプノフ時間)がある。天気が数日先までなのも、これ。
計算①「自然は力で解く」と、計算②「力でも解けない・予測に限界」。力の法則の単純さと、帰結の複雑さは別物だった。次回(計算③)は、力と計算クラスタの締め ── 証明できない力を、計算で確かめる。第11回の「閉じ込め」(数学的証明は未解決=ミレニアム問題)を、時空を格子に刻んでスパコンで計算する「格子QCD」の話。姉妹編「わかる宇宙計算機」とも握手します。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、そっくりな二つの振り子がやがて全く違う動きに散る様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。