第10回:逆二乗は3次元の指紋 → 第11回:その常識を唯一破る力がある
第10回で、力のかたち \(1/r^2\) は「3次元空間で流線が薄まる」ことの帰結だと見ました。重力も電気も、遠ざかれば弱くなる ── 当たり前に思えます。ところが、四つの力のうち強い力だけが、この当たり前を根こそぎ裏返します。近づくとほとんど自由になり、離すほど強くなる。だからクォークは、陽子の中に閉じ込められ、単独では宇宙のどこにも取り出せない。逆二乗も湯川も通じない、いちばんの変わり者。第8回で「強い力は近づくと弱くなる」と見た、その裏側の顔を、今回ちゃんと見ます。
第8回で、強い力の結合は高エネルギー(=近距離)で弱くなると見ました。これを漸近的自由といいます。だから陽子の中の、ごく近くにいるクォークたちは、意外にもほとんど自由に動いている。ぎゅうぎゅうに縛られているのではなく、近い者どうしはむしろゆるい。これだけでも常識と逆です(ふつうの力は近いほど強い)。
本当の変わり者ぶりは、引き離そうとしたときに出ます。電磁気なら、離すほど流線が広がって薄まり、力は \(1/r^2\) で弱まりました(第10回)。ところが強い力の流線は ── 広がらずに、一本の“ひも(フラックスチューブ)”に束ねられる。ひもの張力は距離によらずほぼ一定。だから離しても力が落ちない。エネルギーは距離に比例してどんどん溜まる。
強い力の流線は“ひも”に束ねられ、張力ほぼ一定 → 力が落ちない → エネルギー ∝ 距離。
無理に引き離すと、溜まったエネルギーが \(E=mc^2\) で新しいクォーク・反クォークの対に化け、ひもがちぎれる。結果、単独のクォークは取り出せず、いつも対や三つ組(陽子・中間子)になる ── これが閉じ込め。
下の図で、二つのクォークを引き離してみてください。近いうちはゆるい(漸近的自由)。離すとひもが伸び、力は落ちず、やがてちぎれて新しい対ができる。どれだけ強く引いても、手元に残るのは単独クォークではなく、また“対”です。
この異常のもとは、担い手グルーオンの性質にあります。電磁気の担い手・光子は電荷を持たず、光子どうしは力を及ぼし合わない。だから流線は自由に広がり、\(1/r^2\) で薄まった。ところがグルーオンは、自分自身が“色荷”を持っている。担い手どうしが引き合い、流線を広げるどころか一本に束ねてしまう。これがひも(閉じ込め)を生む。第9回の言葉でいえば、強い力は非可換な \(SU(3)\) 対称性のつなぎで、そのつなぎ(グルーオン)が自己相互作用する。だから逆二乗が破れる。
第11回の結論。強い力は、逆二乗も湯川も通じない ── 近いほど自由(漸近的自由)、離すほど強い(閉じ込め)。その結果、クォークという“部品”は、単独では決して取り出せない。私たちは物を分解して部品を取り出せると思っていますが、強い力の世界では、その素朴な前提そのものが崩れる。力のかたちが変われば、「単独で存在できるもの」の意味さえ変わってしまうのです。
漸近的自由は理論的にも実験的にも確立しています(1973年、グロス・ウィルチェック・ポリツァーがβ関数で示し、後にノーベル賞)。いっぽう閉じ込めは、実験・数値計算では強く支持されているのに、数学的な証明はまだありません。「強い力の理論(ヤン=ミルズ)がなぜ質量ギャップを持ち閉じ込めるか」は、100万ドルのミレニアム懸賞問題の一つ。分かっているようで、いちばん基礎のところが未解決 ── 姉妹編でくり返した「正直な線」の、力学における好例です。
図の力は「電磁気 ∝ 1/r²/強い力 ≈ 一定」という模式で、実際の強い力は近距離にクーロン的な項も持ちます(コーネル・ポテンシャル \(V\approx -a/r + b\,r\))。ちぎれる距離や張力の値も概念的なものです。
強い力は四つの力の変わり者。近距離では弱く(漸近的自由)、陽子の中のクォークはむしろ自由。ところが引き離すと、流線が広がらずひも(フラックスチューブ)に束ねられ、張力一定で力が落ちない。エネルギーは距離に比例して溜まり、無理に引くとちぎれて新しいクォーク対ができる ── だからクォークは単独では取り出せない(閉じ込め)。逆二乗も湯川も通じない。
もとは担い手グルーオンが色荷を持ち、担い手どうしが引き合って流線を束ねるから(第9回の非可換SU(3)の自己相互作用)。力のかたちは、空間の次元(第10回)と担い手の性質、その両方の刻印だった。閉じ込めの数学的証明は今なお未解決(ミレニアム問題)。── これで四つの力の個性を出そろえました。次回、いよいよ四つを一つにできるか、統一へ。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、クォークを引き離すとひもが伸び、やがてちぎれて新しい対ができる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。