第1回:力は関係の名前だった → 第2回:日常の「押す」を剥がすと、電磁気が出てくる
第1回で「力は物体が握るモノではなく、二者の関係の名前」と言いました。今回から、その“関係”の正体を一枚ずつ剥がします。最初の獲物は、いちばん身近な「押す」。机を手で押すと、確かに押し返される。その手ごたえは、いったい何が生んでいるのか。答えは意外で、しかもこのシリーズの登場人物・電磁気力の初登場になります ── あなたの手のひらは、机の表面に一度も触れていない。
手も机も、原子でできています。原子は中心の小さな原子核と、まわりに広がる電子の雲。原子の大きさのほとんどは、この電子雲が占める“すかすかの空間”です。だから物が硬いのは「中身が詰まっているから」ではありません。
手を机に近づけていくと、手の表面の原子の電子雲と、机の表面の原子の電子雲が、だんだん重なろうとする。ここで、電子どうしが強烈に反発する。マイナスの電気を帯びた電子雲どうしが近づくのだから電磁気的に反発するし、さらに量子力学のルール(同じ状態に電子は入れない)も重なりを強く拒む。この反発が、あなたの感じる「手ごたえ」の正体です。
手と机の原子は、電子雲の反発でナノメートル手前で止まる。原子核どうしはもちろん、電子雲どうしも“接触”しない。
「触れた」という感覚の実体は、電子雲どうしの電磁気的な反発。接触は幻で、あなたはいつも、ごくわずかに浮いている。
この反発には、はっきりした特徴があります。遠いとほとんど効かないのに、ある距離まで近づくと急激に強くなる。二つの原子の間の「位置エネルギー」を距離の関数で描くと、谷(安定な間隔)があり、そこより近づくと壁のように立ち上がる。力は、この位置エネルギーの坂の急さ(傾き)です ── \(F=-\dfrac{dV}{dr}\)。
近づけるほど坂が急になり、押し返す力がぐんと増える ── これが「硬い」という感覚。逆に、谷より少し離すと今度は弱く引き合う(この引力が、次回の“くっつく力”=張力や粘着の芽になります)。一枚の位置エネルギーの谷が、押す力も引く力も両方生んでいる。
第1回の背骨がさっそく効きます。「押す」という力は、手が机に対して単独で持つモノではなく、二つの電子雲のあいだの電磁気的な関係でした。「触れる」という言葉は、その関係の日常語の言い換えにすぎない。剥がすと、接触という素朴な描像は消え、電磁気の場を介した相互作用だけが残ります。
「手が机を押す」 → 実体は「手の表面の電子雲と、机の表面の電子雲が、電磁気で反発し合う関係」。
力=モノ、から、力=場を介した関係へ。第6回では、この「場を介する」をもっと深く(力=粒子のやりとり)掘ります。
「電子はマイナスどうしだから反発する」は入口の説明で、厳密には少し足りません。原子は全体として電気的に中性なので、単純な静電反発だけでは強い斥力になりにくい。至近距離の強い反発の主役は、量子力学のパウリの排他原理(電子が同じ状態に重なれず、無理に近づけるとエネルギーが跳ね上がる)で、それが電磁気の枠組みの中で働いています。だから正確には「電磁気+量子のルール」。ただし四つの力でいえば電磁気の領分である、という今回の結論は変わりません。
図の位置エネルギー曲線(谷+反発の壁)は、分子間ポテンシャルの典型的な形をなぞった模式で、特定の物質の実測値ではありません。
手も机も原子ででき、原子は電子雲が広がるすかすかの空間。近づけると電子雲どうしが電磁気で強く反発し(+パウリの排他原理)、ナノメートル手前で止まる。「触れた」という手ごたえの正体は、この反発 ── 誰も何にも触れていない。力は位置エネルギーの傾き \(F=-dV/dr\) で、谷より近いと壁のように反発する。
第1回の背骨どおり、「押す」は手が単独で持つモノではなく、二つの電子雲のあいだの電磁気的な関係だった。四つの力のうち、日常の接触・支持をぜんぶ担うのは電磁気ひとつ。次回は、摩擦も張力も抗力も ── 名前のちがう日常の力が、じつは全部この電磁気の化粧違いだと見ます。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、近づけたときに反発が急に立ち上がる様子が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。