姉妹編「わかる宇宙論」の続き ── 今度は“力”の正体を、一枚ずつ剥がしていく
「力」と聞けば、押す・引く・重い ── 手に伝わるあの感覚を思い浮かべます。物理はそれを \(F=ma\) の一本で表す。あまりに有名で、疑う気も起きない。でも今回、最初の一歩として、この式を疑ってみます。\(F=ma\) は、自然が従う法則なのか、それとも力という言葉の定義にすぎないのか。ここを突くと、力という概念の足元がぐらつき、このシリーズがずっと追う問い ── 「力」とは実体ではなく、関係の名前ではないか ── の入口が開きます。
\(F=ma\) の三つの記号を、一つずつ「これは何?」と問い詰めます。
力を知るには質量が要る(\(F=ma\))。質量を知るには力が要る(\(m=F/a\))。
力と質量が、互いを使って定義し合っている。 測れるのは加速度 \(a\) だけで、\(F\) と \(m\) は、この一本の式だけからはどちらも単独では決まらない。
だから素朴には、\(F=ma\) は「自然の法則」というより、力という量をこう呼ぶことにする、という約束(定義)に見えてしまう。実際この点は、物理学者マッハ以来くり返し議論されてきた、由緒ある急所です。では ── この円環は、どうやって破るのか。
鍵は、力を単独で考えるのをやめること。二つの物体を相互作用させます。ばねを挟んで押し合う、ぶつける ── なんでもいい。ニュートンの第3法則(作用・反作用)で、二つが受ける力は大きさが同じで向きが逆。だから、
二つの物体が受ける力は同じ大きさ \(F\)
$$m_1 a_1 = F = m_2 a_2$$力 F を消すと
$$\frac{a_1}{a_2}=\frac{m_2}{m_1}$$\(F\) がいくらかはいっさい知らなくていい。二つの加速度を測って比を取れば、質量の比 \(m_2/m_1\) がそのまま出てくる。軽いほうが余計に加速する、その度合いが質量比です。
これは大きい。\(F\) の絶対値という「決まらないもの」を経由せず、相互作用させて加速度の比を見るだけで、質量の比という単位の消えた数が測れてしまう。姉妹編「わかる宇宙論」でくり返した合言葉 ── 絶対値は約束、比が物理 ── が、力学のいちばん最初の一歩から効いています。下の図で、質量比を変えて、加速度の比が裏返しに動くのを見てください。
円環の話だけ聞くと「\(F=ma\) は空っぽの定義なの?」と思えます。でも、そうではない。経験的な中身は、\(F=ma\) の外 ── 個別の「力の法則」の側にあるのです。
万有引力 \(F=\dfrac{G m_1 m_2}{r^2}\)、クーロン力 \(F=\dfrac{1}{4\pi\varepsilon_0}\dfrac{q_1 q_2}{r^2}\)、ばね \(F=kx\) …
これらが「どんな配置で、どれだけの力が出るか」を独立に決める。\(F=ma\) は、その力を「運動」へ翻訳する接続板。中身(物理)は力の法則、\(F=ma\) は翻訳の枠組み。
つまり \(F=ma\) 単体は定義に近く、物理の中身は「どんな力の法則があるか」に宿る。そして自然界の力の法則は、突き詰めると四種類しかありません ── このシリーズを通して何度も出てくる、登場人物です。
重力(万物を引く。いちばん弱いのに宇宙を支配)/電磁気力(電気と磁気。原子・分子・光)/強い力(原子核を束ねる)/弱い力(放射性崩壊を起こす)。
そして ── あなたが日常で感じる力(押す・摩擦・張力・抗力)は、この四つのうちほぼ全部が電磁気力の化粧違い。第2回・第3回で、その正体を剥がします。「たくさんの力の名前」は、じつは数種類の顔にすぎません。
第1回の結論です。\(F=ma\) を分解して見えたのは、「力」は物体が単独で持つモノではないということ。力は、二つのものが相互作用する関係として現れる。第3法則が象徴的で、力はつねにペアで現れ、単独の力は存在しない。単独の絶対値が決まらなかったのも、力が本来「関係」だから ── 関係は、二者の間にしかない。
「力」は名詞(モノ)ではなく、関係の名前である。
「AがBに力を及ぼす」の正体は、この先の回で、場・幾何・座標の付け替え・対称性の局所化 ── といった“関係”に一枚ずつ置き換わっていく。剥がしの終着点は、姉妹編で見たゲージ場の曲がり(第9回)。
力を「物体が握っているモノ」だと思うと、単独の値を測ろうとして \(F=ma\) の円環にはまる。「二者の関係」だと思えば、比・相互作用・場という、測れるものだけで話が回る。このシリーズは、身のまわりの押す力から始めて、この関係への置き換えを、四つの力ぜんぶについて最後までやり切ります。
\(F=ma\) を「空っぽの定義」と決めつけるのは行き過ぎです。この式には、\(F=ma\) が単純な形で成り立つ特別な座標系(慣性系)が存在すること、力がベクトルとして足し合わさること、第3法則が成り立つこと ── といった、れっきとした経験的な中身が含まれています。だから正確には「\(F=ma\) は定義と法則が混ざった枠組み」。今回の主張は、\(F\) の絶対値の意味が円環的で、物理は比と力の法則の側にある、という一点です。
また第4回で見るように、慣性系という前提が崩れると「慣性力」という“力じゃない力”が湧きます。\(F=ma\) の足場そのものが、実は選び方(座標)に依っている ── その話は、そこで。
\(F=ma\) は、力と質量が互いを定義し合う円環を含む。測れるのは加速度だけ。だが二つの物体を相互作用させ、作用・反作用を使えば、\(F\) の値を知らずとも \(a_1/a_2=m_2/m_1\) ── 質量の比が測れる。絶対値は約束(kg はプランク定数で定義)、物理は比の側。姉妹編の「絶対値は帳簿、比が物理」が、力学の初手から効いていた。
そして \(F=ma\) の経験的な中身は、式の外の「力の法則」(重力・電磁・強・弱)に宿る。日常の力はほぼ電磁気の化粧違い。剥がして見えたのは ── 力は物体が握るモノではなく、二者の関係の名前だということ。単独の力は存在せず、つねにペア。このシリーズは、この“関係への置き換え”を、四つの力ぜんぶで最後までやり切ります。
印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、質量比と加速度比の裏返しの関係が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。