わかる力第 1 回 / 「力」という言葉に、だまされないために

姉妹編「わかる宇宙論」の続き ── 今度は“力”の正体を、一枚ずつ剥がしていく

F=ma は、法則か定義か 誰もが知る \(F=ma\)。でもこの式、よく見ると力と質量が互いを定義し合う円環になっている。
ではこの式の“中身”はどこにあるのか。剥がすと、力は「モノ」ではなく「関係」だと見えてくる。

必要な道具:割り算、比、\(F=ma\) 相互作用がくれるのは、質量の「比」だけ

「力」と聞けば、押す・引く・重い ── 手に伝わるあの感覚を思い浮かべます。物理はそれを \(F=ma\) の一本で表す。あまりに有名で、疑う気も起きない。でも今回、最初の一歩として、この式を疑ってみます。\(F=ma\) は、自然が従う法則なのか、それとも力という言葉の定義にすぎないのか。ここを突くと、力という概念の足元がぐらつき、このシリーズがずっと追う問い ── 「力」とは実体ではなく、関係の名前ではないか ── の入口が開きます。

01F=ma を、記号ごとに分解する

\(F=ma\) の三つの記号を、一つずつ「これは何?」と問い詰めます。

今回の急所 ── 円環

力を知るには質量が要る(\(F=ma\))。質量を知るには力が要る(\(m=F/a\))。
力と質量が、互いを使って定義し合っている。 測れるのは加速度 \(a\) だけで、\(F\) と \(m\) は、この一本の式だけからはどちらも単独では決まらない

だから素朴には、\(F=ma\) は「自然の法則」というより、力という量をこう呼ぶことにする、という約束(定義)に見えてしまう。実際この点は、物理学者マッハ以来くり返し議論されてきた、由緒ある急所です。では ── この円環は、どうやって破るのか。

02円環を破る ── 相互作用は、質量の「比」をくれる

鍵は、力を単独で考えるのをやめること。二つの物体を相互作用させます。ばねを挟んで押し合う、ぶつける ── なんでもいい。ニュートンの第3法則(作用・反作用)で、二つが受ける力は大きさが同じで向きが逆。だから、

力の値を知らなくても、質量の比が出る

二つの物体が受ける力は同じ大きさ \(F\)

$$m_1 a_1 = F = m_2 a_2$$

力 F を消すと

$$\frac{a_1}{a_2}=\frac{m_2}{m_1}$$

\(F\) がいくらかはいっさい知らなくていい。二つの加速度を測って比を取れば、質量の比 \(m_2/m_1\) がそのまま出てくる。軽いほうが余計に加速する、その度合いが質量比です。

これは大きい。\(F\) の絶対値という「決まらないもの」を経由せず、相互作用させて加速度の比を見るだけで、質量の比という単位の消えた数が測れてしまう。姉妹編「わかる宇宙論」でくり返した合言葉 ── 絶対値は約束、比が物理 ── が、力学のいちばん最初の一歩から効いています。下の図で、質量比を変えて、加速度の比が裏返しに動くのを見てください。

図:ばねで押し合う二つの台車。手を離すと、軽いほうが大きく加速する。力 F の値は不明でも、加速度の比 a₁:a₂ は質量比 m₂:m₁ で決まる
台車1(基準 m₁=1) 台車2(m₂)
つなぐ声 ── では kg はどこから来た? 相互作用がくれるのは質量のだけ。「1 kg」という絶対値は、比べる基準を一つ人間が約束して初めて決まります(かつては金属の原器、2019年からはプランク定数 \(h\) を固定して定義)。これは姉妹編・番外編②「なぜ光速を固定したのか」と同じ話 ── 絶対値は帳簿(約束)、物理は比の側にある。力学も、その例外ではありませんでした。

03では F=ma の“中身”は、どこにあるのか

円環の話だけ聞くと「\(F=ma\) は空っぽの定義なの?」と思えます。でも、そうではない。経験的な中身は、\(F=ma\) の外 ── 個別の「力の法則」の側にあるのです。

力の中身は「力の法則」が運ぶ

万有引力 \(F=\dfrac{G m_1 m_2}{r^2}\)、クーロン力 \(F=\dfrac{1}{4\pi\varepsilon_0}\dfrac{q_1 q_2}{r^2}\)、ばね \(F=kx\) …
これらが「どんな配置で、どれだけの力が出るか」を独立に決める。\(F=ma\) は、その力を「運動」へ翻訳する接続板。中身(物理)は力の法則、\(F=ma\) は翻訳の枠組み

つまり \(F=ma\) 単体は定義に近く、物理の中身は「どんな力の法則があるか」に宿る。そして自然界の力の法則は、突き詰めると四種類しかありません ── このシリーズを通して何度も出てくる、登場人物です。

力の“正体”の登場人物(四つの力)

重力(万物を引く。いちばん弱いのに宇宙を支配)/電磁気力(電気と磁気。原子・分子・光)/強い力(原子核を束ねる)/弱い力(放射性崩壊を起こす)。

そして ── あなたが日常で感じる力(押す・摩擦・張力・抗力)は、この四つのうちほぼ全部が電磁気力の化粧違い。第2回・第3回で、その正体を剥がします。「たくさんの力の名前」は、じつは数種類の顔にすぎません。

◇ ◇ ◇

04剥がして見えたもの ── 力は「関係」の名前

第1回の結論です。\(F=ma\) を分解して見えたのは、「力」は物体が単独で持つモノではないということ。力は、二つのものが相互作用する関係として現れる。第3法則が象徴的で、力はつねにペアで現れ、単独の力は存在しない。単独の絶対値が決まらなかったのも、力が本来「関係」だから ── 関係は、二者の間にしかない。

このシリーズの背骨

「力」は名詞(モノ)ではなく、関係の名前である。
「AがBに力を及ぼす」の正体は、この先の回で、場・幾何・座標の付け替え・対称性の局所化 ── といった“関係”に一枚ずつ置き換わっていく。剥がしの終着点は、姉妹編で見たゲージ場の曲がり(第9回)。

力を「物体が握っているモノ」だと思うと、単独の値を測ろうとして \(F=ma\) の円環にはまる。「二者の関係」だと思えば、比・相互作用・場という、測れるものだけで話が回る。このシリーズは、身のまわりの押す力から始めて、この関係への置き換えを、四つの力ぜんぶについて最後までやり切ります。

正直な線 ── 「ただの定義」と言い切るのも過剰

\(F=ma\) を「空っぽの定義」と決めつけるのは行き過ぎです。この式には、\(F=ma\) が単純な形で成り立つ特別な座標系(慣性系)が存在すること、力がベクトルとして足し合わさること、第3法則が成り立つこと ── といった、れっきとした経験的な中身が含まれています。だから正確には「\(F=ma\) は定義と法則が混ざった枠組み」。今回の主張は、\(F\) の絶対値の意味が円環的で、物理は比と力の法則の側にある、という一点です。

また第4回で見るように、慣性系という前提が崩れると「慣性力」という“力じゃない力”が湧きます。\(F=ma\) の足場そのものが、実は選び方(座標)に依っている ── その話は、そこで。

練習問題(今回の式だけで解けます)
  1. 台車1(\(m_1=1\))と台車2をばねで押し合わせたら、加速度が \(a_1:a_2 = 3:1\) だった。\(m_2\) は?
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    \(a_1/a_2=m_2/m_1\) より \(m_2/m_1=3\)。\(m_1=1\) なので \(m_2=3\)。加速度が小さいほう(台車2)が重い。力Fの値は知らなくても出る。
  2. 「\(F=ma\) は円環的だ」とは、どういう意味か。一文で。
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    力を定義するのに質量が要り(\(F=ma\))、質量を定義するのに力が要る(\(m=F/a\))ので、この一本の式だけでは \(F\) も \(m\) も単独では決まらない、という意味。
  3. \(F=ma\) が「空っぽの定義」ではない、と言える経験的な中身を一つ挙げよ。
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    例:慣性系という特別な座標系が存在すること/力がベクトルとして重ね合わさること/作用・反作用(第3法則)が成り立つこと。これらは自然についての本当の主張で、定義ではない。

まとめ力は、モノではなく関係だった

\(F=ma\) は、力と質量が互いを定義し合う円環を含む。測れるのは加速度だけ。だが二つの物体を相互作用させ、作用・反作用を使えば、\(F\) の値を知らずとも \(a_1/a_2=m_2/m_1\) ── 質量のが測れる。絶対値は約束(kg はプランク定数で定義)、物理は比の側。姉妹編の「絶対値は帳簿、比が物理」が、力学の初手から効いていた。

そして \(F=ma\) の経験的な中身は、式の外の「力の法則」(重力・電磁・強・弱)に宿る。日常の力はほぼ電磁気の化粧違い。剥がして見えたのは ── 力は物体が握るモノではなく、二者の関係の名前だということ。単独の力は存在せず、つねにペア。このシリーズは、この“関係への置き換え”を、四つの力ぜんぶで最後までやり切ります。

この文書は「わかる力」シリーズ第1回、物理好きの高校生・大学生向け読み物です。\(F=ma\) における力と(慣性)質量の定義の循環性は、マッハ以来くり返し論じられてきた実在の論点で、相互作用(作用・反作用と運動量保存)から質量比が単位に依らず得られること \(a_1/a_2=m_2/m_1\) は標準的な操作的定義です。質量の絶対単位 kg は2019年のSI改定でプランク定数 \(h\) を定義値に固定して定められています。\(F=ma\) は慣性系の存在・力のベクトル的重ね合わせ・第3法則などの経験的内容を含み、「定義と法則が混ざった枠組み」と表現するのが正確です。自然界の基本相互作用は重力・電磁・強い・弱いの四つで、日常的な接触力・摩擦・張力・抗力は本質的に電磁気力に由来します。 ── 印刷する場合はブラウザの「印刷」から「PDF に保存」を(印刷版ではスライダーと解答は静止・非表示になります)。

印刷 / PDF 化:⌘+P(Windows は Ctrl+P)。画面ではスライダーで、質量比と加速度比の裏返しの関係が見えます。「答えを見る」で解答が開きます。